初めて街へ行って、ナイフを1本だけ売った翌日、俺は朝からナイフを作っていた。全然力を込めていない、「数打ち」のやつだ。そして、作りながらつらつらと考える。
街に行った時にわかったのが、自由市で農具はそんなに売れるわけではないということだ。ちょっと考えたら当たり前で、新市街のほうの住人は、商人やそれを当て込んだ職人たちが主だ。彼らは基本的には農具を買わない。
そして、壁の中の旧市街から壁外の畑に出ていく農民たちについては、領主が畑を貸している小作農は、当然領主から農具を借りているし、自分たちの畑を持つ自由農民にしても、領主お抱えである壁内の鍛冶屋(領主が貸す農具の作成や修理も担当している)から農具を買ったり、修理を依頼するだろう。
それで言えば、わざわざ自由市へ来て、農具を買ったりしなくても良いのだ。
今にして思えば、「旅の間の護身に」と、ナイフや長剣、それに長短の槍を売っている店は俺たちの他にもあったが、農具を売っている店は皆無だった。それに気がついていれば無駄に鎌を並べる必要はなかった。
ここが昨日の一番の反省点であり、在庫の鎌とクワをどうするかが、今後の悩みどころだ。まぁ、家の周りの草を刈って、畑を耕せばいいか。“生産系のスキルはついてる”と言ってたし、多分それなりになんとかなる。
とりあえず今後の主力商品はナイフであることは間違いない。その他の武器類が衛兵たちに売れてくれればいいが、領主の私兵としての側面もある衛兵たちが、長剣や槍を買ってくれるとは思えない。基本的には支給品だからだ。
あの衛兵がナイフを買ってくれたのは、ナイフは支給された武器という扱いではなく、作業時の私物兼用ということなのだろう。
とは言え、商人たちや、その護衛のために、いい武器を作っておけば売れるタイミングもあるだろう。ナイフの合間を見て作っておかなくては。
しかし結局、この日は一日中ナイフの製作にかかっていた。目下の稼ぎ頭はこいつになりそうだと思うからだ。そして、夕食の時である。
「なぁ、エイゾウは矢じりは作れるのか?」
「ん? ああ。大丈夫だと思うが、なんでだ?」
「もうちょっとしたら、狩りに戻ろうと思うんだけど、その時にエイゾウの矢じりの矢があったらいいなぁって思って」
「なるほどなぁ。わかった。作っとくよ」
「やりぃ! 頼んだぜ!」
「ああ。あ、それと明日、街に行くから頼むわ」
「おう、任せとけ!」
矢じりを作ってもらえるのが、よほど嬉しいのか、やたら上機嫌なサーミャ。そんだけ喜ばれたら、こっちも作り甲斐があるってもんだ。
翌日、前と同じルートで街へ出た。今回も何事もなく、思ったより安全なのはいいが、完全に一日仕事なのがちょっと困ると言えば困る。
前と違う衛兵のチェックを受け、街に入り、自由市で店を出す。このあたりも一昨日と全く同じだ。違うのは今回扱う商品がナイフのみ、ということである。
あとは品数が減っているので、今回は試し切りした麦藁の束を置いておいた。ナイフ自体は一番手の入ってないものだが、それでも並のナイフよりはだいぶ切れ味がいいことがすぐ分かる。客もやりたがるだろうと思って、切ってない麦藁も用意してある。さあ、今日は前よりも売ってやるぞ。
果たして、試し切り展示の効果なのか、昼過ぎ頃までには2本、行商人風の男に売れていった。この時点で前回超えだ。心の中でガッツポーズをする。
「エイゾウ、今めっちゃ喜んでるだろ」
サーミャにそう突っ込まれたが、それも気にならないくらい嬉しい。
「そりゃあ前より売れてるからな。この調子だともうちょっと売れるぞ」
サーミャは一瞬面食らった顔をしたが、すぐに、
「ああ、そうだといいな」
と朗らかな笑みで返してくるのだった。
しかし、予想に反して、そこからは全く売れなかった。途中でサーミャを一回お使いに出して、売上金の一部で塩漬け肉と麦と豆を買ってきてもらったのだが、サーミャが行って帰ってくるまでのそこそこの時間、俺はまた大層暇な時間を過ごしたのだ。
「今日はもうこんなもんかねぇ」
俺がボヤく。
「まぁ、前は超えてんだし、いいんじゃねぇの」
そう返すサーミャ。
「まぁ、そうなんだけどさ」
そうして、今日は店じまいするか、と思った頃、大きな変化があった。革鎧を着込んだ男が5人ほど現れたのだ。手に武器は持ってないが、着ている革鎧にあるのはこの街の紋章――つまり、衛兵隊だ。その一団がまっすぐこちらに向かってくる。
サーミャが
なるべくならそうはなってほしくない。その俺の心配を他所に、その一団の先頭の男が言ったのは、
「お前んとこか?マリウスにあのナイフ売ったのは」
であった。マリウスと言う名前に心当たりはないが、ナイフを売った人間には心当たりがある。
「はぁ、お名前は存じ上げませんが、あの若い衛兵さんでしょうか? ちょっと優男な感じの」
「そう!そいつだよ!やっぱここであってた。まだ売り物のナイフはあるか?」
「ええ、ありますよ。あれからまた作りましたし、今日もそんなには売れてないので」
「よしよし、じゃあ今ある分全部くれ」
「えっ? 全部ですか?」
言われた言葉がいまいち理解できず、俺が困惑していると、男は、
「そう、全部だよ。昨日と一昨日の2日間、あいつが新品のナイフを見せびらかしてきやがって、見てりゃ切れ味も一級品じゃないか。しかも高くない。俺たちもああいうのが欲しかったとこなんだ。売ってくれよ」
「いや、そりゃ売るのは構いませんけど……」
「なんか問題あるのか?」
「いえいえ、ある分でいいんですね」
俺が心配したのは、いくら私物でも衛兵隊全員に出回るほど売ってしまうと、壁内の鍛冶屋≒領主に目をつけられやしないか、ということだが、とりあえず今ある分は売ってしまおうと考え直した。
「えーと、今残りは8本です。全部で銀貨40枚ですね」
「ほいよ、40枚。数えてくれ」
「はい。1、2、3……39、40。はい、確かにいただきました。ではこちらをどうぞ」
「おっ、抜いてもいいか?」
「どうぞどうぞ」
鞘からナイフを抜く男。"マリウス"くんより、抜き方が更に手慣れている。もしかしたら、衛兵の中でも偉い立場の人間かも知れない。
「そちらの方もどうぞ」
他にいた衛兵の人たちにもナイフを手渡す。みんなそれぞれナイフを抜いて、ためつすがめつしている。しまった、この人数だとちょっと異様だな。
「やっぱり良いものだな、これ」
「ありがとうございます」
男に褒められたので慇懃に返すと、男たちは満足した様子で去っていった。
さっきの様子が異様だったのと、そもそも衛兵の鎧を着た男たちが、ゾロゾロやってきて物々しくなってしまったので、周囲の人たちに詫びておく
。
「どうもお騒がせしてすみませんでした」
「いやいや、ちょっとびっくりしたけど、物が売れるってのは良いことだよ」
俺のスペースの直ぐ側で、織物を売っていた恰幅のいい商人にそう言ってもらえたので、俺はほっと胸をなでおろし、今日の営業を終了したのだった。