街の外壁が見えたら、後はもうそんなに距離はない。
"外"壁とは言っても、それはあくまで「最初に街が造られたときの外壁」で、今は柵が更にその周りを囲んでおり、その中にも市街がある。今回、俺たちが用があるのはそっちの方だ。
市街とは言うが、ここはそもそもは壁外
住んだり、店を構えたりしなければ、かかる金は最小限。その代わり、税を納めない者は領主の庇護の全てを受けることは出来ない。
とは言え、治安が悪くなって困るのは、税を納める者も同じだから、犯罪があれば衛兵は取り締まってくれる。
しかし、それはあくまでも
新市街の外からの入り口の方に近づくと、入口の近くで街道に目を光らせている衛兵の姿が見えた。基本的に誰でも入れるとは言え、この街や、他の街でも問題を起こした者は当然入れない。そうした者が入ってこないか、見張っているのだ。
「ちょっと良いかい?」
街に入ろうとした俺たちに、衛兵が声をかける。若い男だ。身につけているのは革鎧だが、使い込んだ跡が窺える。
ダラッとして見えるのに、短槍を持った身のこなしにも油断がない。年齢によらずなかなか出来る男らしい。
「はい、なんでしょう?」
努めて朗らかに俺は答えた。視界の端で、サーミャが笑いをこらえているのが見える。お前後で覚えとけよ。
「ちょっとここ最近じゃ見ない顔だからね、この街に来た目的を教えてくれ」
「
「他には?」
「今日はありません。確認します?」
「おっ、話が早いな。助かるよ」
禁制品とか持ち込もうとしてたら厄介だろうからな。前の世界にいた頃から、こういうときは協力的に振る舞うに限る、と思っている。
まぁ、見た目のせいか、却って怪しまれたことも、一度や二度ではないが。
「よし、大丈夫だな」
俺たちの荷物を探っていた衛兵が言う。俺とサーミャが持っていたナイフを見られたときは少し焦ったが、特に何も言われなかった。
多分、売り物の方と同じようなものと思ったんだろうな。
「くれぐれも、問題を起こさないようにな」
「もちろんです」
これで俺たちは、晴れて町に入れる。少しワクワクしてきた。
道行く人に場所を訪ね、自由市を目指す。自由市は決まったお金を払えば、そこで物を売ってもよい、となっている場所で、逆に言えばここ以外で勝手に物を売ってはいけない、ということでもある。
こっちの世界では、のんびりとモノづくりをして暮らしていきたい俺であるので、積極的にルールには従っていきたい。
街に入って程なくして、俺とサーミャは自由市に着いた。入り口のところで銀貨を支払い、販売許可の木札と販売台を受け取ったら、空いているところを探す。
一番いい場所は俺たちよりもっと早くに着いている商人や、地元の工房の人間に取られているので、少しでもマシっぽいところを探して陣取る。
陣取ったところで、販売台の上に売り物のナイフと鎌を並べ、クワと斧は立てかけておいて、これで販売準備は完了だ。
「それじゃ今日は頼むな」
サーミャに声を掛ける。今日の大事な用心棒だ。
「おう、つっても立ってるだけだと思うけどなぁ」
サーミャは肩をすくめて言うが、まぁ何があるか分からんからな。
そして2時間ほどが何事もなく過ぎた。悪いことが起きないのは良いことなのだが、物も売れない。近くを通る人に声をかけたりしても、なかなか買ってくれない。
こういった製品は、耐久性が高いので、そうそう買い換えるものでもないのは確かだが……。
とは言っても、他に作って気軽に売れそうなものはない。根気よく通って売れるのを待つしかないかも知れないが、そうなると手持ちの金が心もとなくなっていくな……。
そうしてジリジリとした気分で顔は険しくなり、サーミャをちょっとオロオロさせ、客足を遠ざけてしまいながら客を待っていると、数少ない知った顔が現れた。俺たちが街に入る時にチェックをした衛兵だ。
「やあ、売れてるかい?」
「いや、全然ですね」
「あれ、そうなのかい?」
「ええ」
「じゃ、ちょうど良かった。ナイフを一本売ってくれないか?」
「え?」
「君たちをチェックした時に、こりゃ業物だなぁと思ってさ。今のがもう研ぎにも直しにも出せないから、新しいの欲しいと思ってたんだ。交代の時間までに売れちゃってたら、がっかりするところだよ」
「それはどうも。ありがたい話です」
そう言いながら、俺は並べてあるナイフのうちの一本を渡す。
「どうぞ、抜いてみてもいいですよ」
「お、いいのかい?」
ウキウキとナイフを抜いてみせる衛兵。
「やっぱりいいな、これ。いくらだい?」
「銀貨で5枚になります」
この値段はここに来る前に、サーミャと相談して決めた。街の人間でもギリギリ買える値段、がこの辺らしい。
「そんな安くでいいのかい?」
「もちろんですとも」
数打ちだし、だいぶ手を抜いてるやつだしな……。
「それじゃ、これ」
「はい、確かに。ありがとうございます」
俺は衛兵から銀貨5枚を受け取った。これが俺が自分で作ったもので直接手に入れた金、ということになる。結構感動するな、これ。
「これの切れ味が良かったら、同じ衛兵隊の連中にも勧めとくよ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
俺は喜色満面の笑みで衛兵に言った。衛兵はひらひらと手を振って去っていく。
結局、この日はこの一本だけが、俺の売上ということになった。次に続くといいな、そんなことを話しながら、俺とサーミャは家路についた。