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 試しに作ったナイフで、試しに麦藁の束を切ったら、台にしてた木ごと切れた。


 事実だけを端的に述べたらそうなるのだが、すこし、いやかなり受け入れがたい状況だ。

 だって試作品だぞ。"インストール"の恩恵があるし、試作品でも初めて作るものだから、かなり真剣には作ったが、こんな魔法でもかかってるみたいな切れ味は、ちょっと求めてない。切れすぎて危ない。


 もしかしたら、剣の才能かなんかのチートでも与えられたのかと思って、昨日サーミャの服を切るのに使ったナイフで同じことをしてみたが、藁束はきれいに切れるものの、さすがに台にしたものまで切れることはなかった。


 つまり、この結果は剣(ナイフか?)の腕前もいくらかは関与してるかも知れないが、基本的にはナイフそのものの性能だ。

 しかし、前の世界でも「牛刀をもって鶏を割く」って言葉があるが、このナイフはまさにそれだ。肉を切ろうと思って、まな板まで切ってしまうような包丁を使いたい人は、あんまりいない。


 ただし、このナイフは武器としては有能かも知れない。通常、ナイフは装甲を持たない相手には有効だが、革の腕甲でもつけられていたら、威力は大きく減じることになる。

 だがこのナイフなら金属製はともかく、革製なら貫通も切断もできそうだ。


 どのみち、これを売り物にするわけにはいかないな。幸い試作だからと小さく作ったし、俺の護身用にしよう。


 さっき叩き切ってしまった木を、ナイフの厚みと同じ厚さに割って、ナイフの形に切り抜く。ニカワを塗って板を両側に貼り、形を整え、抜けドメの革帯を、刀の鞘で言うところの鯉口に取り付けたら、簡単な鞘の完成だ。とりあえずこれで持ち運びはできる。


 しかし、製作物が全てこのクオリティで出来上がってしまうと困るな。俺は急いで今回作ったナイフと同じくらいの大きさの板金を3つ用意して、火床を準備する。


 今からこの3つを鍛造するわけだが、先ほど以上に力を込めたもの、やや手を抜いたもの、完全に手を抜いたものの3つに作り分ける。大きさはほぼ同じにした。

 俺の護身用よりはちょっと大きい、前の世界で言うところのサバイバルナイフくらいの大きさになる。


 そうやって3つ打ち終わったところで、ちょうど日が暮れてきた。残りは明日の朝こなそう。傷を癒やすために寝ていたサーミャを一旦起こさなければ。


「おい、そろそろ晩飯だぞ。起きろ」

「うぅーん」


 サーミャはゴソゴソと寝返りを打つ。ええい、妙に色っぽい声出しやがって。


「寝るのも大事だが、飯食わねぇと治るもんも治らねぇぞ。ほれほれ起きろ」


 俺が掛け布団を引っ剥がすと、それでようやく起きた。引っ剥がしてから気がついたが、これサーミャが寝るときは何も着ない派だったら、結構ヤバかったな。今後は気をつけよう。


「もうこんな時間か。結構寝たのに寝ても寝ても眠いぜ」

「大怪我をした後だからな。体が血を作ったりするために、動かさないようにしようとしてるんじゃないか」

「へぇ、エイゾウって物知りだな」

「そうでもないさ」


 昨日は真っ暗になる前に寝落ちしてしまったので、出番が無かったが、寝室には魔法で明かりを灯すランタンがある。"インストール"の最低限に含めてくれていたらしく、俺にも使える。

 もうだいぶ暗いので、早速使ってみたら


「エイゾウって魔法も使えるのか!?」

「簡単なやつだけな」

「やっぱ家名持ちはすごいな……」


 と、サーミャに感心された。最低限でも使えない人、いっぱいいるんだなこの世界。


 居間に移動して晩飯を食う。朝昼食べたスープに根菜を入れて火を入れ直す。二人分なので食糧の消費は増えたが、それでもまだ結構もちそうだ。


 とは言え、このまま2ヶ月や3ヶ月もつ量ではない。それまでの間にこちらで金銭を稼ぐ方法を見つけなければいけない。

 基本的には街に行ってここの物を売ったり、修理を受け付けたり、といったことになるだろう。


 ただ、とりあえずはサーミャが満足に動けるようになるまでは、あまりこの家から動かないようにしたい。流石に自分のいない間に、せっかく助けた子の身になにか起きては寝覚めが悪すぎる。


 晩飯の間に、とりとめもない話をする。生まれの話なんかはお互いに察して避けているが、サーミャは普段の暮らしのことや、俺は元いた世界の自然の話だ。

 すごく高い山があって、その頂上では雪が溶けないのを見て感動した、とかそういう話であれば話しても問題はないだろう。


 飯を食ったら、ふたりとも寝ることにする。俺は書斎の机で寝ることにした。前の世界で慣れてるからな。

 サーミャがそこに寝るといったのだが、少なくとも傷が塞がるまではそれはさせられない、と強く言って渋々ながらも納得してもらう。こうして2日目が過ぎた。


 翌朝、前日と同じように起きて同じように朝飯を作り、同じようにサーミャを起こして飯を食わせる。飯とは別に湯を沸かして、サーミャにはそれで体を拭くように言いつけてから、俺は水を汲みに出る。水を汲むついでに、俺は水浴びだ。

 湖だからか、結構水が冷たい。それでもさっぱりした気分になって水とともに戻ってきた。


 さて、これで昨日の3つのテストの続きができる。3つ力の入れ具合を変えたナイフに、3つとも同じように焼入れを行う。研ぎは最低限刃物として切れるようにだけしてみている。終わったら持ち手に革紐を巻いて滑り止めにして完成だ。


 そうこうしていたら、あっという間に昼頃なので、昼飯にする。その時、サーミャにお願いをした。


「サーミャ、すまんが、これ食い終わったらちょっと手伝ってくれ」

「いいけど、アタシは鍛冶のことはわかんないぞ」

「いいんだよ。俺じゃなきゃいいんだから」

「まぁ昨日一日横になって、今日はだいぶ調子もいいし、いいけど」

「それじゃ頼む」


 これを頼んだのは、試し切りの結果に俺の剣術の腕前|(のようなもの)を関与させないためだ。これで一番力を入れたので台まで切れるようなら、おそらくはナイフの性能、ということになる。


 昼飯を食べ終わった後、二人で作業場に移動する。


「ここにあるナイフ3本の切れ味を、右から順に試してほしいんだ。こっちの台に藁束をおいて、それを切る」

「わかった。お安い御用だ」


 サーミャは作業イス(ただの丸太を切ったものだが)に腰掛け、台の代わりの薪に藁束を置き、近くに置いておいたナイフ3本のうち、一番右端のものを取って振り上げると、勢いよく切りつけた。

 バサッ、と音がして、藁束は切れた。だが、ナイフの刃は薪にはほとんど食い込んでいない。藁束だけを切っている。


「すげぇなこのナイフ。エイゾウって腕がいいんだな」

「ありがとうよ。じゃあ次だ」

「おう」


 サーミャは気が乗ってきたのか、ウキウキと次のナイフを手にとって、先ほどと同じように切りつけた。

 再びパサッと音がして、藁束が切れた。ナイフの刃が結構薪に食い込んでいる。だが、薪ごと切れてしまう、というようなことはない。


「ふーむ、切れ味はこの程度か」

「いや何言ってんだよエイゾウ! めちゃくちゃ切れるじゃねーかこのナイフ! すげぇな!!」


 サーミャは大興奮だが、俺は安堵半分だった。つまり恐らくは、かなり真剣に製作しなければ、


「まぁまぁ。じゃあ最後だ」

「お、おう、わかった」


 至って冷静な俺に面食らいながら、サーミャは最後の一本、今回の真打ちと言えるナイフを手にとって、切りつける。


 音はパサッではなかった。音がしなかったのだ。しかし、サーミャの持ったナイフは、薪の中ほどまで食い込んでいる。


「?」


 あまりの事態に、サーミャはついてこられていないようだ。


「腕引いてみろ」

「お、おう……」


 そうしてサーミャが腕を引いた途端、まるで漫画かアニメのように、ズルっと藁束と薪が切れた。


「え、え、なんだこれ」


 サーミャが慌てている。


「落ち着け、その状態で慌てると、めちゃくちゃ危ないぞ」


 俺がサーミャに声をかけると、サーミャはこっちを見て、


「あ、そ、そうだな。ごめん」


 と、少し落ち着きを取り戻した。


「いや、いいんだ。説明してなかった俺が悪い」


 そりゃこんなことが、突然目の前で起きたらビビるよな。俺だってビビる。俺は予想してたから、そうでもないだけだ。


 しかし、これで確定した。俺に与えられたチートで最優先の鍛冶屋、とんでもない性能のものを作れる、というチートだったのだ……。

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