「そういえば、お前なんて名前なんだ?」
「サーミャ」
この子はサーミャと言うのか。
「いい名前じゃないか」
「……」
「どうした?」
「可愛くてあんまり好きじゃない。もっと強そうな名前が良かった」
「……ゴンザレスとか?」
「ぶっ」
吹き出すサーミャ。次の瞬間にはベッドにひっくり返って笑い転げている。
「あはははははは! なんだそれ!! あんたセンスないな!!! あははははは!!!!」
「うるせぇ。このセンスだけは親がくれなかったんだよ」
憮然とした顔で俺は答える。
ネーミングセンスの無さだけは、前の世界で40年ちょい生きても改善されなかった弱点だ。……他の諸々のついでに、ここのチートを貰えばよかったかも知れん。
「まぁ、お前が気に入らないつっても、家族がくれた名前だろ。似合ってるよ」
「うっ、あ、ありがとう……」
泣いたカラスがもう笑った、ならぬ、笑った虎がもう照れた、だな。
「さて、とりあえず水汲んでくるか。少し家を離れるが、大丈夫か?」
「ああ……でもその前に」
「ん? なんだ?」
「アタシはアンタの名前聞いてない」
「ああ。エイゾウ・タンヤだ」
「北方人みたいな名前だな。家名もあんのか」
「……まぁな」
"インストール"の知識によれば、前の世界のアジア人に近い人間の種族は、東ではなく、北に住んでいるらしい。なので北方人という言われかたをする。
「いや悪い、別に詮索するつもりじゃなかったんだ。ここらで家名まであるのはそんなにいないから、珍しくて」
「いや、いい。気にするな。こんな変なところで、鍛冶屋を始めようって理由は分かってもらえたみたいだしな」
「ああ。アンタも大変なんだなぁ」
「そうでもないさ」
今のところは、だが。でも、それは言わずにおく。
「だから、できれば名前だけで呼んでくれると助かる」
「ああ、そうするぜ。エイゾウ」
「ありがとうよ、サーミャ」
中くらいの大きさで、中身が空の水がめ2つを、棒の両端に吊るす。運搬用の水がめみたいで、口のあたりに穴を開けて縄が通してあった。
「重そうだな……」
しかし、これができなければ、今後の生活にも影響が出てくる。サーミャも手伝ってはくれるだろうが、それに頼っていたら、彼女ができない時に往生してしまう。
俺は意を決して棒を肩に担いだ。
予想に反して、2つの
「いや、違うな。これは……」
水がめが軽いの
今そのことについて考えるのはよそう。とりあえずは水だ。俺は湖へ向かった。
往復で30分ほど、俺は湖へ行って2つの水がめに水を満たし、戻ってくる「日課」を終えた。その道中、それなりの容量の水がめだったにも拘らず、重すぎて動けないということはなかった。
やはり俺の筋力は増強されているらしい。
これは何故なのか、気がついてからずっと疑問だったが、サーミャと朝飯(豆と塩漬け肉のスープ)を食べて、傷を癒す必要があるサーミャを寝室に追いやった後、いよいよ鍛冶の仕事に取り掛かったときに理由がわかった。
最初に作るものは何がいいかと考えて、小ぶりのナイフを作ることにした。大物は時間がかかるし、何より"インストール"の知識と技術を身体になじませなければいけない。
そうなると小物でいろんなものをたくさん作ったほうがいいだろう、と思ったのだ。
火床に魔法で火を入れ、木炭に火が回るまで待つ。火が回ってきたら、ふいごを操作して、鉄を入れた時に鍛造できる温度まで上げていく。
サービスなのかなんなのか、資材を置いておくところに、幅4センチ、厚みが1センチほどの鉄板があったので、やっとこで掴んで火床に突っ込む。
再びふいごを操作して、適切な温度まで上げる。ちょうどいい温度になったら取り出して、金槌で叩いて鍛造する。この時にわかった。当たり前すぎる話だが、この時に筋力がいるのだ。
「なるほどね」
ニヤッと笑いながら、ナイフにしたい鉄板を叩いて形を作っていく。叩くたびにキラキラと光が散る。日本刀の工程に近いが、今回はあれほど繊細に作業はしない。そもそもできる気がしない。
ちょうどいい形になったら、一旦冷めるまで置いておく。冷やしてる間に昼飯だ。
ゆっくりと昼飯を食べて、そのあとサーミャに近くに街がないか聞いてみる。ここから四半日ほどのところに、大きくはないが街があるらしい。日帰りはできるだろうが完全に一日仕事になるな……。
再びサーミャを寝室に放り込んだら続きだ。と言っても、工程はほぼ最後の方に近くなっている。火床の火は完全には消えてないが、温度は下がりきっているので、木炭を足して再び上げる。木炭の確保も必要になってくるな。
日本刀だと、この工程では炎の色で温度を見極めるため、夜間にやるのだが、俺の場合は"インストール"にプラスして、鍛冶を最大限にしてもらっている影響か、まだ日が高い状況でも温度がわかった。
適切な温度まで「ナイフのもと」の温度を上げたら、水に入れて急冷する。「焼入れ」だ。今回は焼きを入れない部分は作らないので、土は塗ってない。
焼入れしたナイフを砥石で研いで、この工房初の製作物である「ナイフ」が完成した。
特に実用を目指してはないので、"ヒルト"は作ってない。"ハンドル"も板状の鉄むき出しだが、使う時になったら紐かなにか巻けばいいだろう。
今はとにかく、こいつが完成したことが重要なのだ。
とりあえず、切れ味を試してみなければ。実用を目指してはないとは言え、全く斬れないのでは意味がない。俺は麦わらの束を、割る前の薪の上に置いて、ナイフを振り下ろした。
スパッと麦わらの束が切れた。
……台の代わりにした薪ごと。これはいったい何が起きてるんだ……。