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 虎の獣人の女の子を肩に担いで、急いで家に戻る。


 少し奥まで行ったので余分に時間はかかったが、予想通り、湖の一番近いほとりから家まではおおよそ15分ほどだった。

 その間にもどんどん女の子は力を失っていく。それでもまだ、ぬくもりが失われていく感じはないから、ギリギリで間に合ってくれると信じたい。


 家について一旦そっと女の子を下ろし、鍵を開けて扉を開放する。作業場の方からくぐもってはいるが派手めにカランコロンと鳴子の音が聞こえる。

 俺は急いで中に入ると、寝室に向かう。寝室の中をあさると、戸棚にシーツがあったので、それを2枚引っ張り出して、リビングのテーブルの上に置く。


 そのまま作業場へ向かい、また探しものを始める。今度は針と糸と刃物だ。少し時間がかかったが、なんとか両方とも見つけることができた。

 針と糸は本来は剣の鞘の細工に使うもののようだが、今はそんなことも言っていられない。刃物は売り物のナイフだ。こっちもそんなこと言ってる場合ではないので持ち出す。


 次にキッチンに移動し鍋に水を張って中に針を入れて火にかける。

 湯が沸くまでの間に、リビングに戻ってテーブルの上にシーツを1枚広げ、外に寝かせっぱなしになっていた女の子をそこに横たえた。

 ないとは思うが処置中に誰か、あるいは何かが入ってきても面倒なのでかんぬきをかける。


 さて、ひとまず革鎧を脱がせたいのだが、ベルトが血か何かで固まっていて外れないので、持ってきたナイフで切ってしまう。

 それで革鎧を脱がせるかと思ったら、下に着込んでいるシャツにも血がついていて張り付いてしまっている。

 こっちもナイフで(ベルトを切るときよりはだいぶ慎重に)切ってしまう。外れた革鎧を傍らに置き、次にシャツを真ん中から切り裂いて一旦脱がし、脇腹の他に大きな怪我をしていないか確認する。


 全体が毛に覆われていて分かりにくいが、逆にこれですぐに分かるようなら大きな怪我ということだ。結局、あちこちに切り傷はあるものの、とりあえず処置したほうがいいのは、脇腹の大怪我だけなことがわかった。

 そこからはジワジワと血が滲んでいる。この間ずっと、女の子は苦しそうではあるが気がつく様子はなかった。


 怪我の様子を確認したところで、鍋の湯が沸いた。適当な大きさに切ったシーツを沸いた湯に浸して少し待ってから、切ったシーツと一緒に針と糸を取り出す。


「こういうときは"インストール"さまさまだな……」


 さっきまで行なっていたことも、"インストール"のおかげで手際良くできたが、それでもそれなりに知識のあったことではある。これから行うことは"インストール"の知識と経験なしでは全くと言っていいほどできない。


 湯から取り出したものをテーブルに持っていき、濡れたシーツで脇腹の傷口を拭う。


「グゥっ」


 女の子が顔を歪めて唸るが、それでも気がつく様子はない。拭った傷口にまたうっすらと血がにじむ。

 その傷口を針と糸で縫い合わせていく。麻酔無しだからこれもかなり痛いはずだ。

 一針入れるごとに女の子が顔を歪める。罪悪感が胸を苛むが、これもこの子を助けるための処置だ。我慢してもらうしかない。


 "インストール"のサバイバル技術のおかげで、到底外科医並みとはいかないが、とりあえず大きな傷の縫合ができた。

 本来は自分が助かればそれでいいような技術なので、見栄えは良くないかも知れない。そこは気がついたら謝ろう。


 縫合した傷口にさっき採取した化膿止めの薬草を磨り潰して、湯を加えたものを冷ましてから塗りつける。

 その上からガーゼ代わりの切ったシーツを当てて、更に包帯代わりの細く切ったシーツを巻き付ければ、一番大きな怪我の処置は完了だ。


 後はさっき傷口を拭ったシーツをまた湯に浸して、それで体全体を拭きながら、本当に他に怪我はないか確認する。

 もちろん裸の女の子なので気恥ずかしさは少しあるが、今はそんな場合でもないことは身体も頭も承知していて、なに一つ反応させずに一通りの処置をした。


 鍋の湯がまだ沸いているので、一旦火を落とす。まだ十分に熱い湯を木の椀の中ほどまで取って、今度はそこにさっき取った解熱の薬草を入れる。


 少し経つと、爽やかな香りが立ち上ってきた。前の世界にあったミントに似ている。この薬湯を木さじですくって冷ましながら、女の子に飲ませる。

 完全に何にも反応しないような気絶状態であれば飲ませることはできないが、幸いにも唇に木さじを近づけるとコクリと飲み込んでくれたので、椀の中身はすべて飲ませる。これで少しは鎮痛にもなるだろう。


 容態が急変しないか、テーブルの上に横たえたまま小一時間ほど様子をうかがっていたが、徐々に呼吸が落ち着いたものになってきたので、再び彼女を移動させることにした。


 いくらなんでもテーブルの上で寝たままでは治るまい。俺は彼女をお姫様抱っこの体勢で抱きかかえると、開けっ放しにしていた寝室のドアから中に運び込んで、ベッドに寝かせた。

 もちろん掛け布団(洋式なので布団と言っていいかはともかく)をかけてあげることは忘れない。


「ふう……」


 やたら疲れた。適当とは言え、大きな怪我の処置を行なったのだから当たり前だが、それよりも処置中は張っていた気が完全に抜けたのが大きい。

 今日は外も出歩いたし、なんだか盛り沢山な一日だった。今から飯を食うにしても、一旦休憩したい。サイドテーブルのところにある丸椅子に腰を下ろして体を休めよう。


「とりあえず明日は水汲んできたら、作業場で作業をはじめようかな……でも時々はこの子の様子も見ないとだし、どうしようかな……」


 腰を落ち着けて、今後の事を考えていると更に疲れが、と言うか、眠気が襲ってきた。この眠気の感じは前の世界でも何度か経験がある。"寝落ち"するやつだ。


「いかん、寝ちゃったら飯……が……」


 抗ってはみたものの、抵抗虚しく、"インストール"でない経験の通り、俺の意識は心地よい暗闇の中に沈んでいった。

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