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第6話 これはかなり好条件

「あの竜神王ジークリートを召喚した、だって……?」

「はい。なんか、黙っててすみません」


 気が付いたら俺は謝っていた。


「ほぉ。その召喚したジークリートは何処に」

「ここです」


 俺は自分の体を指差しながら言った。

 すると次の刹那、マスターから発せられていた殺気が更に濃く鋭くなり、俺に向けられた。

 おいおいおい、 何故そうなる。やっぱ何か面倒な事なのか? 俺はただ普通にクエスト受けてモンスター討伐したいだけだぞ。


「いや、ちょっと待って下さい! 一旦落ち着いて話を整理させてもらってもいいですか?」

「……うむ、確かにそうだな。一度事態を把握しようか」


 危ない人だなぁ。なんとか話を聞いてくれるみたいだけど、まずその殺気を向けないでくれ。


「ありがとうございます。えーと、じゃあ俺から説明させてもらいますね。事の始まりは、三年前のモンスター軍襲撃の日です――」


 俺は当時の事をマスターに話した。母が死んだ事、自分が死にかけた事、そしてジークを召喚した事からさっきの追放まで……。思い出したくない事も多々あったが、嘘を付いてしまったお詫び代わりに俺は全てをマスターに話した。


**


「――成程。アッシュ君、話はよく分かった。先ずは一言謝らせてくれ。あのモンスター軍の襲撃、当時私にもっと力があれば、被害を抑えられたに違いない……。私の実力不足で辛い思いをさせてしまったようだ。誠に申し訳ない」


 話を聞き終えたマスターは、さっきまでの殺意が嘘かの如く俺に深く頭を下げた。


 三年前。確かにあの戦いで全ての指揮を取っていたのはマスターであるゼインさんだ。そんな事は俺も当たり前に知っている。だがマスターのせいだなんて微塵も思った事はない。


「え!? いや、止めて下さいよ。マスターは何も悪くないですから! 寧ろあんな数のモンスターの侵略なんて誰も止めきれません。その中でも貴方は多くの人を守ったじゃないですか」


 この人が頭を下げるなど以ての外だ。王国中の人々に調査したって誰一人マスターを責める人なんていない。それにマスターだってあの時奥さんを亡くしてる筈……。確か娘さんを守る為に犠牲になったとか。

 あのモンスター軍の侵略で被害に遭わなかった人の方が少ないって言うのに。


 憎むべきはどう考えてもモンスターなんだ。


「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ。でもまさか本当にあのジークリートを召喚するとはな。しかも体の中に」

「ええ、初めは俺も驚きました」

「話を聞いた限り、どうやらジークリートの力を上手くコントロールしているようだが、私も冒険者を最低限管理するマスターとして、王国等に報告する際の確かな“証明”が欲しいところだ」

「と、言いますと」

「試すような事をして悪いが、君が確実にジークリートの力をものにしているか証明してもらいたい。だからその為のクエストを一つ受けてくれんか?」


 そりゃマスターも大変な仕事だよな。それで証明代わりになるなら、俺にとっても都合のいい話だ。


「分かりました。勿論お受けします。ただ……」

「どうした?」

「言いづらいんですけど、その、お恥ずかしながら生活費が底をついてまして、そのクエストって報酬貰えます……?」

「ああ、それは勿論さ。グレイのパーティから追い出されてしまった事も聞いていたからね。今回のクエストは先に前金で三割渡すつもりだ。残りは成功してからでどうかな?」


 おっと、思いがけない破格の条件。前金自体珍しいのに、三割も貰えるのか。


「前金で三割も? それってもし失敗しても前金は……」

「返す必要はない」


 マジか! なんと素晴らしい条件だ! こんな好待遇初めてだ。


「もし失敗した場合は、君とジークリートを葬らねばならんからね」


 怖っっわ。急に寒気がしてきた。


「それは当然さ。主が操れない竜神王の魔力など、王国にとっても人々にとっても危険極まりないからね。それなりの対応は取るさ」


 凄い優しい顔して言う事じゃないですよマスター。この人本当に恐ろしいな。


<我を殺すとな? たかが人間の分際で小癪な>


 マスターには聞こえないのが功を奏したな。


「分かりました。そのクエスト受けます」

「そうか。期待しているよ」


 こうして、俺はマスターからのクエストを受ける事にした。流石と言うべきか、マスターの力によってもう今回のクエストの手続きは済んでいるらしい。

 俺はギルドの受付でクエストの内容が記された紙と、前金3,000,000ギルを受け取った。


「嘘っそ、これで前金!?」


 三割で三百万。一般的な年収分ぐらいあるぞ。

 急に怖くなった俺は、渡されたクエスト内容を慌てて確認した。すると、その内容はモンスターの討伐。しかもSランク指定の危険モンスターだった。

 ちょっと待て。確かにランクも内容も確認しなかった俺が悪い。だけどコレは酷くないか。いきなり一人ででSランクのクエストなんて、前代未聞じゃあ……。


「って、今更もうしょうがない。一応薬草も多めに、非常用の食料も多めに用意しておこう」


 俺はクエストの準備の為、ギルドを出て買い出しに向かった。


**


 俺がギルドを後にした数分後、マスターはギルドで働くある一人の女性と話していた――。


「お疲れ様」

「あ、マスター、 お疲れ様です! アッシュさんはどうなりました?」

「ああ、彼かい? 彼にはSランクのクエスト受けてもらったが、彼の実力なら問題ない。私だって大事な冒険者に無理をさせるつもりはないからね」

「そうですよね、安心しました」

「君は確か以前、アッシュ君に助けてもらったと言っていたね」

「はい! もうかれこれ四年程前になりますが、モンスターに襲われていたところを助けてもらいました」

「そうかそうか。成程、それが四年前の話しか。じゃあやはり、ジークリートを召喚する“前”の事だな――」

「え、何か言いました?」

「いやいや、私の独り言だ。ハハハハ、ジークリートの力か……。君はその力に頼らなくても、こうして人を救っている強い人間だよ、アッシュ君」


(グレイのパーティの報告内容を良く見れば、彼らではない別の力が働いていたことは明らか。彼らの実力だけではSランクなど到底不可能だからな。

恐らくグレイ本人達に悟られる事なく、アッシュ君は三年という僅かな歳月でパーティーランクをSまで上げた。しかも前線ではなく、サポートとしてだからなお驚きだ。

己を犠牲に出来る強さや危険察知能力に判断力。そして常に動くメンバー達を相手に的確なバックアップをする魔力コントロールや洞察力に観察力。これら全てが紛れもない彼自身の強さであり、努力の賜物――。

幾らジークリートの魔力を持っているからと言って、同じSSSランクの私でもそこまで出来るかな?)


「どうしたんですかマスター? 急に黙り込んでしまって」

「いやいや、何でもない。年を取ると独り言も増えるし、考え事も増えてしまっていかん。それよりも、アッシュ君が戻ってきた時の為に、新しい冒険者タグを用意しておいてくれ。勿論“黒色”のな――」

「分かりました!」

「それと、ジークリートの件は君しか知らない。だからねマリア君、この件は絶対に他言してはならない。分かってくれるね?」

「はい、勿論です! ルカさんにご迷惑が掛かるなら尚更言うつもりはありません!」

「ハハハハ、ありがとう。では私は部屋に戻るよ」

「お疲れ様です!」


 部屋に戻ったマスターは一人、当時の事を思い出していた。


(そうか……。やはりあの時空に現れた“黒龍”。あれがアッシュ君であったか。突如響き渡ったあの雄叫びによって、私もまた“彼に救われた”――。

あの瞬間、雄叫びでモンスターの意識が逸らされていなかったら、間違いなく私も殺されていただろう。

同じ冒険者の私には直ぐに分かった。あれが単なるモンスターの雄叫びではないと。そしてあの正体が竜神王ジークリートだと分かり、大聖堂の封印が解かれている痕跡を見つけた時はまさか、と思っていた。あれから行方を追っていたが、まさかこんな近くにいるとはな。本部や国王への報告は、彼が戻ってきてからにしなくてはならん。

それまでにどう報告するか手を打たねばな。正直に伝えたら、アッシュ君に及ぶ危険は計り知れない。それはだけは絶対に避けなければいかん。

マスターとしては当然間違っている。だが私もまた、あの三年前の悲劇で彼に命を救われた一人だからね。

彼は命の恩人。私は出来る限り、彼に恩を返したい――)


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