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第2話 竜の王

「あーは言ったけど、やっぱちょっとショックだなぁ」


 今しがたパーティから追放されギルドを後にした俺は、少しずつ時間が経つにつれ胸の奥がズキズキと痛み出していた。

 さっきは突然の出来事にアドレナリンが出て麻痺していたみたいだけど、あそこまで明らかに拒絶されるとは正直ショックだ。


 俺はこうして気分が落ち込んだ時、大抵無意識に何時も此処に向かっている。              



―――――――――――――――――――――――――     

 『X.X.X ~エミリオ・リルガーデン永眠~ 』

―――――――――――――――――――――――――   



「母さん、今日はいい天気だな。これさっきそこに咲いてた花。結構綺麗だろ?」


 新しい花の一本も備えられなくてごめん。今回の報酬も貰えなくて生活が厳しいんだ。

 思い返してみりゃ、俺の人生ずっとダメだな。冒険者になると決めたあの時からずっと――。



**


~五年前・王都~


 物心着いた時から、俺は母さんと二人で暮らしていた。父さんは冒険者だったらしいが、俺がまだ赤ちゃんの頃にモンスター討伐のクエストで命を落としてしまったとの事だ。

 全然父さんの事は記憶にない。母さんは一人になってからというもの、俺を育てる為に毎日夜遅くまで働いていた。それこそいつ倒れてもおかしくないぐらいに。

 だから俺は絶対に冒険者となって富も名声も手に入れ、母さんを楽させてやると決めたんだ。


 冒険者は確かに危険な職であるが、例え最低ランクの冒険者であっても、その収入は一般家庭より余裕がある。最初に伝えた時母さんは困った様な顔をしていたけど、俺がしっかり気持ちを伝えたら優しく微笑んで許してくれた。

 父さんの事があったんだから、俺の事を余計に心配するのも十分理解出来るよ。でも絶対に心配させないから。


 そうして、冒険者になると決めた俺はこの日十三歳となり、ジョブの適性を診断してもらう為に冒険者ギルドを訪れた。


『アッシュ・リルガーデン 魔力値:Fランク 適性:召喚士』


 結果はコレ。

 期待していたが、魔力値のランクは最低のF。適性ジョブは召喚士と出た。安易に思い描いていたAランクの勇者とかではなかったけど、これで少しは母さんを楽に出来ると思っただけで嬉しかった。


 ランクは一番下だが、努力すればきっと大丈夫。Fランクだから召喚出来るのもきっと強くはないだろうけど、しっかり特訓すればそこそこの冒険者にはなれる筈だ。

 それから俺は召喚魔法を使える様に特訓した。毎日毎日汗水垂らして必死で特訓した。


「召喚魔法は凄いけど、Fランクじゃな』

「基礎魔法も全然出せてないぞアイツ……」

「そりゃFランクじゃ無理だろ。魔力ほぼ無いに等しいもん」

「努力しても誰もパーティー入れてくれないなアレは」


 ぶっちゃけFランクが出た時は自分でも驚いた。逆に珍しいからな。皆低くてもEランクが一般の平均。周りでも唯一俺だけFランクだったから、余計に悪目立ちした。

 だかそんな外野の声は関係ない。俺でも受けられるクエストで生活費を最低限稼げた。クエストが終わった後も毎日毎日地道に特訓した甲斐もあり、魔力も本当に少しずつだが増えていった。

 その他にも身につけられる魔法や薬草やモンスターの知識も勉強した。何でも無いよりマシ。出来て損する事なんてないからな。


 冒険者としてはランクが低い。でも、小さな商売ぐらいならやれそうな気もしていた。兎に角少しでも母さんの助けになるなら何でも良かったんだ。

 そしてその頃、幼馴染のグレイも冒険者となった。まだ誰ともパーティーを組む予定が無いからとFランクの俺なんかを誘ってくれた。その後ブラハムとラミアとゴウケンもパーティに加わったんだ。

 母さんに話したら凄い喜んでくれていたな。今日グレイから言われた事を思い出すとまた胸が痛む。


 パーティを組んでニ年が経ったある日、俺達が住んでいた王都が突如襲来したモンスター軍に襲われた。王都は壊滅的被害を受け、冒険者だった俺達も緊急要請でそのモンスター軍の討伐に参戦していた。

 まだ一体も召喚出来ていない俺だったが、同時に特訓していた剣だけで何とか弱いモンスターを倒していた。


 だが、逃げ遅れた人を助けたその一瞬の隙を突かれた俺は、背後からモンスターの攻撃を食らい致命傷を負ってしまった。素人でも分かるヤバいダメージ。死ぬのは時間の問題だった。

 人々が逃げ惑い王都が混乱に包まれた中、死期を悟った俺は最後に母さんに会おうと避難先の大聖堂へと向かった。


 なのに。


 辿り着いた大聖堂には、血に塗れて横たわる母さんの亡骸があった──。

 母さんは逃げる途中、モンスターに襲われ殺されてしまったそうだ。


「う、嘘だろッ……!?」


 たった一人の家族。こんな俺の唯一の理解者で、世界で最もかけがえのない存在。そんな母さんがいなくなった。もう目を覚ます事も、話す事もない。

 怒り、虚無、絶望、憎悪。一瞬にして体中が様々な感情に涙を流しながら、ただ母さんの亡骸を抱きしめていた。


「クソッ、モンスター共めッ──、」


 俺に力さえあれば一体残らず駆逐してやるのに。

 儚い思いの中、腕の中にはこれでもかと冷たい母さん。そして体からは血が流れ、傷口が燃えるように熱い。もう言葉にならない雄叫びを上げる事しか出来なかった。


「うあ゛ァァァァァ……!!」


 だが、コレがすべての“始まり”。


<――今のは主か?>


 何処からともなく聞こえてきた声。ふと顔を上げると、辺りは何時しか暗闇に包まれており、俺の目の前に何故かドラゴンがいた。


「は……? なんだ、これ」


 ああ、ひょっとして俺も死んだのか。だから幻覚を。


<どうやら主で間違いないようだな。ヌハハハ、まさか“封印”が解かれる日が来るとは――>


 全く理解不能の状況だ。きっと怪我のせいでいつの間にか死んだんだな俺はやっぱり。そう考えればこの状況に全て合点がいく。


<覇気のない人間だが仕方ない。我はジークリート。全ドラゴンの頂点となる存在である>

「ジークリート……? それにドラゴンって……。まさかあの……?」


 古より、長きに渡って語り継がれている伝説のドラゴン。またの名を“竜神王ジークリート”。それが目の前のコイツ?


「お、お前が竜神王、ジークリート? 本物か?」

<主は我を知っているのか。何を思っているか知らぬが、我は本物のジークリートである>


 へー。どうやら本物らしい。

 今起きている事が余りに非現実的で実感もないからか、驚く事も出来ない。ただ呆然とする事しか。

 だって言い伝えられてきた通りなら、もう“二千年”以上前に滅んだとされる伝説のジークリートが何故ここにいるんだろう。


「で、何でドラゴンの王が急に? 俺もう死んでると思うんだけど。それに、俺の記憶が正しければ、確かジークリートって既に滅んでいる筈じゃ……?」

<面白い事を言う奴だ。主は生きておる。そして我もまたな。人間達にどう伝わっているのかは知らぬが、我は他のモンスター共の裏切りによって封印されたに過ぎぬ。事実まだこうして生きておる。だから我の封印が解かれたのだ>

「全然意味が分からん。まぁもうどうでもいいや。封印とやらが解かれたなら、当然裏切ったモンスター達殺すんだよね? 丁度いい。だったら俺の代わりにこの世界のモンスター全部食い殺してよ。俺も恨みあるんだよ」


 そう。もうどうでもいいんだ。母さんが死んじゃったんだから。


<そうか。主の事は知らぬが、よほど奴らを殺したいようだな>

「本当はな。でももう死ぬし、悔しいけど実力もない」

<潔い。ならば我が“力を貸して”やろう。主はモンスターを駆逐したいのだろう。それは我とて同じ。だが主は確かに相当弱いとみた。だが何故か我の封印を解いた。かれこれ“二千年も解かれなかった、我のこの封印をな>


 さっきから封印解いたとか言ってるけど、そもそもそれ、本当に俺がやったとは思えないんだが。


<しかし封印が解かれたと言っても、我は最早肉体を持たぬ魂の存在。主の力を貸してくれるならば、我も主に力を与えてやろう。一緒にモンスターを消し去ってやろうではないか――>


 こうして、夢か現か。俺は伝説の竜神王ジークリートを召喚した。


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