「お前もう要らねぇぞ──」
これが今日、最初に俺の耳に響いてきた言葉。
何気ない日常。何気ない風景。何気ない仲間。そんな何気ない今日という一日。俺は何時もの様に冒険者ギルドに足を運んでいた。これが何時ものルーティーン。
俺が冒険者ギルドに着くと、今日は珍しく皆の方が早かった。先日クエストを終えた俺達は、今日また新しいクエストを受ける為にギルドに集まっている。これも何時もの流れだ。
ただ唯一違ったのは、何時もは大抵俺が初めにギルドに着くにも関わらず、今日は何故か俺よりも早く仲間がいた。それも俺以外の全員が揃って。つまり俺が最後という事だ。
ここ数年こんな事なかったよな。今日って何か大事なクエストだったか? それとも何か大事な予定?
「皆、おはよう。今日は早いね。何かあった?」
声を掛けても恐らく返事は返ってこないだろう。パーティのお荷物だと思われているであろう俺は、無視されるのが殆どだ。
だが今日は何とも不思議な日だ。全員俺より先に集まっているし、珍しく俺に言葉を返してきた。それも全員がしっかりと俺を見て、だ。
異常と理解するのに、時間はいらない。
「お前、もう要らねぇぞ」
パーティのリーダーであるグレイがそう言った。これが今日一日の始まり。
「え?」
「何だよアッシュ、この距離で聞こえなかったのか。ダルいな」
いや、そうじゃない。今なんて?
余りに唐突過ぎて言葉が理解出来ない。要らない、って何が要らないんだ。
グレイの言葉とこの場の雰囲気に、俺の脳裏には一瞬“まさか”が過っていたが、当然の如くそんなのは信じたくない。突如吐き捨てるかのように言われたその言葉に、俺は胸が締め付けられる思いで聞き返した。
「聞こえたけどさ、その、何が要らないのかなって」とアッシュ。
「本当に鈍い奴だな。要らないって言ったら“お前”しかないだろ。もうこのパーティーには要らねぇって言ってんだよ! 目障りだから消えろ。これからは一人で勝手に生きろや」
続いてそう罵声を浴びさせてきたのは、槍使いのブラハムだった。
冗談だろ。これはつまり、皆が俺をもう不必要だと?
パーティーから出て行け、と言われているのか? 何で?
「え、ちょっと待ってよ、俺一人って──、」
モンスターがそこかしこに蔓延るこの世界でパーティを組まずにソロで生きていくなんてあんまりだ。四、五人でパーティーを組むのが常識なのにさ。
「お前みたいなFランクの最弱冒険者なんて必要ないよ。しかも召喚士のくせにスライム一体も召喚出来ないなんて終わってるね」
「いや、だからそれはッ……「無能は勝手に喋るな! これは皆で話し合った決定事項なのさ、Fランクの召喚士君。ハッハッハッハッ!」
反論も虚しく、皆まで言う前に遮られてしまった。
確かに俺の冒険者ランクは最も低いFランク。冒険者は皆生まれ持った才能やセンスによって魔力値が定められており、この魔力値が高ければ高い程当然ランクも上がって実力も強いのだ。
そして魔力値は余程の事がない限り、上がる事などほぼない。生まれつき体格が良かったり足が速かったりするのと同じ。努力したとしても限界がある。
「確かに俺はFランクだけど、でも、俺だって色々とッ……「はぁ? 色々って何よ。皆の荷物持ちとか旅の支度とか? それとも報酬の勘定の事かしら」
「グハハハ、そんなの戦闘に関係ない無駄な事ばっかじゃねぇか」
また俺の発言は遮られた。嘲笑うように言ったのは魔法使いのラミアと、拳闘士のゴウキン。
「まさかそんな雑用で役に立ってると思ってる訳? キャハハ、有り得ないんだけど!」
「幼馴染だから、とマスターに頼まれていたから今まで仕方なく組んでやってただけに過ぎないのさ」
リーダーであるグレイのダメ押しの言葉。まるでゴミを見るかの様な蔑んだ表情が、心の底からの本心だと感じられた。
そうだったのか。あの時、誰も俺とパーティを組んでくれなかったから、マスターがわざわざ頼んでくれていたのか。
「まぁ無能なFランクのアンタがこのパーティーにいたって経歴だけでも十分過ぎる贈り物じゃない。上手く自慢話しでもして小遣い稼ぎな」
ラミアはヘラヘラしながらそう言った。これは今に始まった事じゃない。何時も俺を見下していたし、馬鹿にしていた。
「何だかんだ、俺達のSランクパーティーに五年もいられたんだ。例え雑用でも出来た事を感謝しろよクソが!」
ブラハムの言葉に、俺はグッと唇を噛み締めていた。
五年――。
そうか、俺はもう五年という歳月をこのパーティーに尽くしてきたのか。皆の対応は確かに良いとは言えなかったけど、結局は俺がFランクだからだ。そんな奴をパーティに入れてくれたからと、俺は俺なりに頑張っていたつもりだったけどな。
「って事だからよ、今回の報酬からもうお前の分ねぇから。役にも立ってないし、そもそも今までが可笑しかったからな」
今までの報酬だって俺は一番低かった。せいぜい皆の五分の一ぐらいだ。パーティに必要な消耗品も俺は自分の取り分から出していた。少しでも役に立とうとな。残った金で生活するのはかなりギリギリだったのに、その報酬すら渡さないだって?
「待ってくれグレイッ、それじゃあ俺は生きていけない」
「人間そう簡単に死なねぇから大丈夫だ。これでも食っとけ」
ゲラゲラと笑いながら、グレイは俺に腐った残飯の塊を投げつけてきたのだった。
「やば、超ウケる!」とラミアが笑う。
「グハハハ! うちのリーダーは寛大だな」とゴウキンも続く。
皆の為にと尽くしてきた五年、その結末がコレか。俺は今、何故こんな気持ちで足元に転がった残飯を見ているんだろう。
元はと言えば、俺はちゃんと伝えた筈だぞグレイ。五年前、俺はあの伝説ドラゴンの王である“竜神王ジークリート”を召喚したんだ──と。
なのに全くお前は信じなかった。いや、今の今だってずっと嘘だと思っているだろう。グレイ、お前も他の奴らも全く信じてくれないから俺は今まで皆のサポートに回ったんだ。
自分がジークリートを召喚出来たと証明するよりも、何よりモンスターを討伐してクエストを達成し、皆で助け合いながら強いパーティを築ければとそう思っていたのに。
俺のこの思いは独り善がりだったのか。
「……そうか。ならもういいや」
俯くアッシュが呟いた。
「ん、何をブツブツ言ってんだ」
「そっちがその気ならもういいよ。本当に俺を捨てるんだな?」
「いちいちそんなの確認してんじゃねぇ、往生際が悪いぞ。 何度も言うが、報酬もやらねぇ!」
「分かった。じゃあこの“薬草”だけ餞別に貰っていくぞ」
俺は自分のバッグから薬草を取り出し、グレイに聞いた。
そう。これはただの薬草。だがこれは、パーティの皆の為になればと俺が作った“オリジナルの薬草”だ。
治癒、回復、状態異常にも対応出来る結構便利な代物だ。自分で言うのもあれだけど。勿論オリジナルレシピだから普通では売っていないし。
「ハッハッハッ、とうとう頭までイカれたか。こんな薬草なんて何処にでもあるだろうが馬鹿が」
俺も薬草も要らないってか。
「じゃあ最後に俺からの餞別だけど。ブラハム、お前は槍の突きが少し甘い。ラミアは魔法に余計な魔力を込め過ぎだ。そしてゴウキン、お前は何時も攻撃が大振りで次の動作が遅れがち。だからこれからは気を付けッ……『──ズガンッ』
皆俺の言葉を遮るのが本当に得意だ。何か癇に障ったのだろうか、皆「お前如きが何をほざいているんだ」と言わんばかりに俺を睨みつけている。
ブラハムに至っては、テーブルを蹴飛ばし胸ぐらまで掴んでいる次第。
「いいのか? 今言ってるのは最後の餞別のつもりだ。皆にここまで嫌われていたのを俺が知らなかったように、皆も俺の“サポート”に助けられていたのを知らないだろ」
雑用だけでなく、俺は皆の戦闘もサポートしていたんだ。ジークリートの力によって。
「この期に及んでごちゃごちゃ言ってんじゃねぇゴミが!」
「やめろブラハム。まともに相手するだけ自分の価値が下がるぞ」
「もうさっさと消えな。被害者面してキモいんだよさっきから」
まさかここまでとは。ハハハ、何か急にどうでもよくなってきたわ。寧ろこんなに嫌ってくれると清々しい。もういい、本当にもういいよ。
あー。面倒くせぇわ。
「今まで世話になった。じゃあな」
そう言い残し、俺は冒険者ギルドを後にした。