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「どうも、先程助けていただいた鶴です」と美少女が押しかけてきたけど、どう見ても同じクラスの鳩原さんだよね?
「どうも、先程助けていただいた鶴です」と美少女が押しかけてきたけど、どう見ても同じクラスの鳩原さんだよね?
間咲正樹
現実世界ラブコメ
2024年12月25日
公開日
4,073字
連載中
通行人の誰もが思わず振り返る程の美少女である鳩原さんと僕は、とあることがキッカケで毎日一緒に学校から帰るくらいの仲になっている。 そんなある日――。 学校から帰る途中で、何故かトラバサミにかかっている鶴を目撃する僕と鳩原さん! 僕が鶴を助けると、鶴は優雅に飛び立っていった。 そんな鶴を見て、「これで鶴の恩返しにでも来てくれれば儲けものだけどね」と呟いた僕だが、それを聞いた鳩原さんはハッとし、用事を思い出したと先に帰ってしまう。 そしてその夜――。 「どうも、先程助けていただいた鶴です」と美少女が押しかけてきたのだが、それはどう見ても鳩原さんで……!?

「どうも、先程助けていただいた鶴です」と美少女が押しかけてきたけど、どう見ても同じクラスの鳩原さんだよね?

いぬい君、一緒に帰りましょう」

「あ、うん」


 鳩原はとはらさんがいつものように聖母みたいな笑顔を浮かべながら、僕を誘ってくれた。

 僕は慌ててバッグの中に教科書を詰める。


「じゃ、じゃあ、帰ろっか」

「はい」


 今日も鳩原さんは鼻歌でも歌い出すのではないかという程ウキウキしている。

 ただ学校から帰るだけなのに、何がそんなに嬉しいのかな?




「そういえば知ってますか乾君、2月って28日までしかないんですよ」

「うん、知ってる」


 夏の色が濃くなってきた住宅街を並んで歩きながら、僕は鳩原さんの天然ボケに適当に相槌を打った。


「でもですね、でもですね! 何と4年に1度だけ、29日まである年が――」

「閏年だね」

「博識ッ! 乾君は何でも知ってるんですね!」

「むしろ閏年を知らない高校生がいたら是非紹介してほしいね」


 鳩原さんは物腰も柔らかく、いかにも育ちが良いお嬢様といった感じだが、若干――いや、大分天然なところがあり、しょっちゅうこうして僕を困惑させてくれる。


 何故僕みたいな凡人が鳩原さんと仲良くなったかというと、お互いの家庭環境が少し似ていたからだ。

 僕の家は父子家庭で父さんは現在単身赴任中なので、実質僕は高校生にして一人暮らし状態。

 対する鳩原さんのご両親は貿易関係の仕事に従事しているらしく、ご両親共年中海外を飛び回っているそうで、同じく実質一人暮らし。

 今から1ヶ月程前偶然鳩原さんとそんな話になり、僕らは一人暮らしあるあるで大層盛り上がった。

 それ以来、帰りはこうして一緒に帰るくらいの仲になったというわけだ。


 とはいえ、通行人が思わず振り返るくらいの美少女である鳩原さんと、生まれてから一度も通行人に振り返られた経験などない凡人オブ凡人の僕では、一緒にいていたたまれない気持ちにならないと言ったら嘘になるのも事実なのだけれど。


「クエエー、クエエエー」

「「っ!?」」


 その時だった。

 公園の茂みの中から、鳥の鳴き声みたいなものが聴こえてきた。

 何だ!?


「乾君、行ってみましょう!」

「鳩原さん!?」


 鳩原さんは目をキラキラさせながら茂みの中に入っていく。


「あ、危ないよ鳩原さん!」


 もしも危険な野生動物とかだったらどうするつもりなんだい!?

 僕は慌てて後を追った。




「クエエー、クエエエー」

「「――!!!」」


 目の前に広がるあまりの光景に、僕は自分の目を疑った。

 そこには何と、トラバサミにかかった鶴がいたのだ。

 ここは千葉県の住宅街ですけど!?!?!?

 どういうシチュエーションなのこれ!?!?


「まあ可哀想! 乾君、助けてあげられませんか?」

「え? あ、うん」


 状況はよく飲み込めないが、確かにこのままじゃ鶴が可哀想なのは事実だ。


「あ、あまり暴れないでくれよ」

「クエエー、クエエエー」


 僕は恐る恐るトラバサミを外した。

 すると――。


「クエエエー、クエエエエエエー」

「「――!」」


 鶴は優雅に翼を広げ、大空へと羽ばたいていった。

 ……何だったんだろう、いったい。


「ありがとうございます乾君! やっぱり乾君は優しいですね!」

「いや、別に大したことはしてないよ。まあ、これで鶴の恩返しにでも来てくれれば儲けものだけどね」

「――え」

「ん?」


 僕が冗談で言った『鶴の恩返し』というワードを聞いた途端、鳩原さんは青天の霹靂とも言うべき表情になった。

 ど、どうかした?


「それですッ!!」

「っ!?!?」


 何が!?


「あ、すいません! 私、用事を思い出しました! 先に帰らせていただきますねッ!」

「え? あ、うん」

「それではまたー!」

「うん、また……」


 鳩原さんは今飛び立った鶴を彷彿とさせる優雅且つダイナミックな所作で、僕の前から一瞬で走り去った。

 ……えぇ。




「ハァ、何か今日はいろいろあって疲れちゃったな」


 あの後一人でスーパーに寄って晩御飯の材料を買った僕は、家に着くなりリビングのソファに横になった。

 何故鶴があんなところで罠にかかっていたかも謎だが、個人的にはその後の鳩原さんのリアクションのほうが気になっていた。

 急にどうしちゃったんだろう、鳩原さん。


 ――その時だった。

 ピンポーンという無機質なチャイム音が玄関から鳴り響いてきた。

 ん? 誰だろう?

 宅配便かな?


「はーい、今出まーす」


 玄関に向かいドアを開けるとそこには――。


「どうも、先程助けていただいた鶴です」

「…………は?」


 大きな手荷物を持った、私服姿の鳩原さんが佇んでいた。




「……えーと」


 これは何の冗談だ?


「どうも、先程助けていただいた鶴です」

「あ、うん」


 それはさっき聞いた。


「先程助けていただいたお礼をしにまいりました。お邪魔させていただいてもよろしいでしょうか?」

「――えっ」


 上がるの!?

 鳩原さんが僕の家に!?!?

 そ、それは……。


「いや、鳩原さん、いくら何でもそれは……」

「私は鳩原ではありません。――鶴原つるはらです」

「……」


 鳩原さん――もとい鶴原さんは被っている帽子をクイクイと指差した。

 よく見るとその帽子は鶴の顔を模したものだった。

 ――ああ、そういうことか。

 要は鳩原さんは鶴の恩返しごっこをしようってんだな?

 天然の鳩原さんが考えそうなことだ。

 こりゃ、付き合わなかったら僕がノリ悪いやつみたいになっちゃうな。

 ――仕方ない。


「そういうことでしたらどうぞ。散らかってますけど」

「ありがとうございます。失礼します」


 僕はおずおずと鳩原さんを招き入れた。




「ほほう、ここが乾さんのお家ですかあ」

「……」


 まだ鶴原さんあなたの前では僕は名乗ってないと思うんだけど。

 早くも設定ガバガバだね。

 ――あれ!? 待って!?

 勢いで家に上げちゃったけど、超絶美少女の鳩原さんが、一人で僕の家にいるだと!?!?

 うわっ、急に滅茶苦茶緊張してきたッ!

 こんなことならちゃんと掃除とかしておけばよかった!

 そもそもいくらごっこ遊びだからって、うら若き女の子が一人で男の家に上がるかね普通!?


「では早速恩返しのために布を織りたいのですが、はた織り機はございますか?」

「……ないですねえ」


 今の日本にはた織り機が置いてある家なんてどれだけあるかね?

 あと今更だけど、普通鶴の恩返しって鶴ってことは隠しておくものなんじゃないの?


「そうですか、ないものは仕方ありませんね。ではその代わりに、晩御飯を作らせていただきます!」

「その代わりに??」


 布を織る代わりが晩御飯って、僕には理解できない数式が働いてるみたいだね!

 いや、それよりも……。


「そんな、悪いよ」


 たかがごっこ遊びで、晩御飯まで作ってもらうなんて……。


「いいんです! これは恩返しなんですから!」

「……はぁ」


 何だか妙に頑なだな。

 まあ、ここまで言ってくれてるんだから、せっかくだからお世話になるか。


「じゃあ、申し訳ないけどお願いします。一応食材はさっき買ってきたんで」

「はい! お任せあれ!」


 鳩原さんは持参してきた荷物の中からエプロンを取り出し、颯爽と身に着けた。

 ……随分用意いいね!?




「お待たせいたしましたー。ME・SHI・A・GA・RE」

「あ、ありがとうございます」


 今日の鳩原さんはいつも以上にテンションが高い気がするんだけど、気のせいかな?


「冷めないうちに食べてくださいね」

「はい、いただきます。――おぉ」


 鳩原さんが作ってくれたのは、油淋鶏ユーリンチー回鍋肉ホイコーロー、チャーハンと中華風卵スープという、満漢全席とも言うべき何とも豪華なものだった。

 いつも僕が作ってる質素な食事に比べたら、月とスッポンどころか太陽とミジンコだな。

 僕はまず風味が良いタレがタップリとかかった油淋鶏を箸でつまんで口に運んだ。

 すると――。


「――!」


 こ、これは――!


「お味はどうですか?」

「滅茶苦茶美味しいです!!」

「ふふ、それはよかったです」


 外の衣はサクサク、且つ中身の鶏肉はジューシーで、噛む程に濃厚なタレが口の中に広がっていく。

 いつもは天然の鳩原さんだけど、料理の腕は間違いなく一流だな。

 ……いや、そりゃそうか。

 だって鳩原さんは普段から、自分の食事は自分で作ってるんだから。

 面倒くさい時はコンビニ弁当とかで済ませちゃってる僕とは違って、毎日ちゃんと研鑽を積んでたら、自然と上手くもなるか……。


「? どうかされましたか、乾さん?」

「あ、いや、何でもないです」

「そうですか、では私もいただきまーす」


 鳩原さんは洗練された上品な所作で、油淋鶏を一口食べた。


「うん、我ながらなかなか良く出来ました」


 今気付いたけど、鶴が鶏肉食べたら共喰いじゃないかな?


 ……でも、誰かと一緒に晩御飯を食べるのって、思えば随分久しぶりだな。


「デザートには杏仁豆腐もありますからね」

「それはそれは」


 ――幸せ者だな、僕は。




「そういえば知ってますか乾さん、地球って太陽のまわりを回ってるんですよ」

「うん、知ってます」


 シャーロック・ホームズじゃないんだから、地動説くらい知ってるよ。


「博士号ッ! 乾さんは何でも知ってるんですね!」

「博士号は持ってません。――あ、もうこんな時間か」

「え?」


 晩御飯を食べた後二人で洗い物をして、鳩原さんが入れてくれたほうじ茶を飲みながらくだらない話に花を咲かせていたけど、時計を見ればいつの間にか8時を回っている。


「流石にそろそろ帰ったほうがいいですよね。鳩原さん――じゃなかった鶴原さん、家まで送って行きますよ」

「家には帰りませんよ」

「…………ん?」


 今、何と?


「だってまだ恩返しが終わってないですもん」

「っ!? い、いや、でも、晩御飯作っていただけましたから……」

「そんなものじゃ足りませんッ!」

「――!」


 鳩原さん……!?


「私は命を助けていただいたんですから、あれくらいじゃまだまだ恩は返しきれてません」

「そ、そんな」


 たかがごっこ遊びで、そこまでマジにならなくても……。


「と、いうわけで」

「……?」

「今日から暫くこのお家に泊めていただきますね」

「????」


 んんんんんん!?!?


「そのために着替えもタップリ用意してきましたし」


 鳩原さんは大きな手荷物をポフポフと叩いた。

 随分大荷物だと思ってたけど、そういうことだったのか……。


「ふつつかな鶴ですが、末永くよろしくお願いいたします」

「……はぁ」


 鳩原さんは三つ指をついて、僕に向かって深く頭を下げた。


 ……今『末永く』って言った!?

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