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第5話 『スキル』を使うには?

 春の授けの儀式の翌日。

 東向きの窓の鎧戸から漏れる朝陽に、室内がほの明るくなる頃。

 ナインは大きく伸びをしてベッドを抜け出し、窓を開けた。

 少し冷たい春の風が、眠気をゆっくりとさらっていく。


「ふぁ~あ、神殿に行かなきゃな~」


 人生の仕事始め、昨日『スキル』をもらった子どもは、希望を胸にどこの師匠の戸を叩くのか。

 あいさつが終わったら、そのまま見習いとして作業に入る子もいるのかもしれない。

 それを思うと、自分が出遅れた気がしてもどかしい気持ちになるが、大切な人生の選択だ。

 ちゃんと聞いてこよう、とナインは気合を入れながら1階に下りた。


 台所には、さっきまで人のいた気配が残っているが、母親の姿はない。

 納品物を入れた袋を背負って、服飾ギルドに出かけたのだろう。

 いつものように家事と妹の世話をしながら、帰ってくるのを待つことにする。


 裏の井戸で顔を洗うと、冷たい水で洗濯を始めた。

 妹が起きてくるまでに終わらせてしまいたい、と近所のおばさんたちに混じって手を動かしていると、「おやおや~?」と粘っこい声で話しかけてくるやつがいる。

 このダミ声は顔を見なくてもわかる、2軒隣に住むゼッタだ。

 同い年のせいなのかなんなのか、ナインを下に見てからかってくる嫌な相手で、姿を見ると必ずと言っていいほどからんでくる厄介者である。

 どうやら食器を洗いに来たらしいが、手を動かさずにナインを口撃しようとそばに寄ってきた。


「ナインは使えない『スキル』をもらったみたいだけど、なにをするのかなぁ? いつものように走り回ってこづかい稼ぎかなぁ? くふふ」

 いつものことだと、ナインは相手にせずに黙々と洗濯に集中する。反論でもしようものなら、かえって図に乗るから、基本放置するのが常だ。


「オレが兵士になったら、こづかいやるからな。言うこと聞いて働けよ~!」


(まだ『スキル』をもらってないのに、兵士になると言いふらしてだいじょうぶかな、こいつ)


 よく食べるゼッタは身体が大きいから、兵士に向いている『スキル』を授かるかもしれない。だが、こいつの性格で街を守るのはムリなんじゃないかとナインは思う。絡みたくないから言わないけど。

 ナインはさっさと洗濯物を絞ると、しつこく絡んでくるゼッタを置いて家に戻る。

 夏の授けの儀式でゼッタが『スキル』を授かる前に、自分の『スキル』を使いこなさないとな、と気を引き締めるナインだった。




 洗濯を屋上の物干し場に干して、起きてきた妹に食事を食べさせていると、母親が荷物を背負って帰ってきた。いつもより量が少ないようで、仕事がなかったのかと心配するナインの頭を、母親は微笑みながら撫でた。


「刺繍の仕事があったのよ。早い者勝ちだったから、朝早くに行ってきてよかったわ。これでしばらくは、ナインも無理して働かなくていいのよ。自分の仕事をじっくり探してね」

「母さんもムリしないでよ。刺繍は目が疲れるんだろう?」

「だいじょうぶよ。久しぶりに刺せるのが楽しみなの。やりがいのある仕事よ」


 そう話す母親の目は、キラキラと輝いていて確かに仕事が楽しいんだろうな、と思うナイン。自分もそういう仕事を見つけたいな、と思いながら、妹の口を拭いてあげるのだった。




 一通りの家事を終えると、ナインはティントとの待ち合わせ場所に走った。昨日、大神官に勧められたように、神殿で話を聞きに行くのだ。


「緊張するよね~。ドキドキするよ~」

「ティントはいっつも緊張しすぎ。って、おれもドキドキしてるけど」


 ナインの緊張は、意味不明な『スキル』が使い物になるのかわからない不安からくるものだ。正直、授けの儀式を受けたときよりドキドキしている。


 道すがら胸を押さえながら進む2人は、ほどなくして神殿に到着。神官に話しかけると、それぞれ別の神官に案内されることになった。


「ナイン、帰りも一緒に帰る~?」

「いや、おれは話を聞いたら終わりだから、先に帰ると思うよ」

「そっか、じゃあね~」

「ああ、良い師匠が見つかるといいな、どっちも」


 そう言って別れ、長い廊下を歩いた先の小部屋で待つように言われた。小さなテーブルをはさんで向かい合う椅子に座り、担当の神官を待つ。いつもなにかしら動き回っているナインには、ただ待つという時間がすごく長く感じた。

 ジレジレして待っていると、扉が開いて神官が入ってきた。30代くらいの柔和な顔つきの神官だ。


「お待たせしました。きみがナインくんですね。はじめまして」

「はじめまして。よろしくお願いします」

「私は神官のオクトです。話は聞いていますよ。『インスピレーション』という珍しい『スキル』を授かったのですね」

「そうです。それで、なにかわかりましたか?」


 気が急いて被せ気味に訊いたナインに、オクトは穏やかな表情で首を振った。


「古い本や文献も探してみたのですが、そのような『スキル』は見当たりませんでした。どうやら新しい『スキル』のようです」

「新しい、ですか・・・・・・」

「この世にはたくさんの『スキル』がありますが、毎年いくつかの新しい『スキル』が現れるのです。なので、そう落ち込むことはありませんよ。新しいということは、大きな可能性を秘めていると私は思うからです」

「大きなかのうせい?」

「前例、いえ、見本がない分、使いこなすにはいろいろ試したり、失敗を重ねたりすることもあるでしょう。さまざまな経験をすることで、あなたにしかできないことができたり、新しい仕事を生み出したりするかもしれません。そう考えると、とても希望のある『スキル』だと思いませんか?」

「新しい仕事? 希望のある『スキル』・・・・・・」


 神官の優しい声色でそう言われると、ナインもだんだん自分の『スキル』が特別なものに思えてくるから不思議だ。ここに来るまで緊張して不安しかなかったが、それが少し薄くなった気がしてきた。


「ナインくんは、どんな仕事をしたいと思っていますか?」

「仕事、は思いつかないけど、母さんとクイナ、妹がちゃんと食べられるように稼ぎたい、です」

「そうですか、ナインくんはとても家族思いなのですね。私も他の神官たちと話をしたのですが、この仕事が良い、ナインくんに勧めたい仕事はこれだ、という結論は出ませんでした」

「そう、ですか・・・・・・」


 ナインの気分は地の底まで落ちた。なんでも知っていそうな神官がそう言うのなら、自分に合った仕事はないんじゃないか、と絶望しかない。


「ああ、そんなに肩を落とさないでください。『スキル』の神は『直感』と『ひらめき』を告げたとも聞きました。その通り、ナインくんは、自分の『直感』と『ひらめき』を大事に行動すれば良いのだと思います」

「『直感』と『ひらめき』ですか?」

「そうです。勘の良さ、というものでしょうか。なにか選んだり、決断したりするときに『スキル』を意識しながら、決めることにしてみてはどうでしょうか。きっと感覚的にわかってくると思いますよ」


(え~と、つまり、どういうことなんだ?)


 にっこりと微笑む神官を見ながら、ナインは思考の海に沈んでいった。

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