「どうかしましたか?」
考え込みながら身を起こしたナインに、大神官が優しく声をかけた。
前の少年と同じく、聞き慣れない『スキル』に戸惑っているのだろうと思いながら。
長らくこの儀式を担当していると、子どもの態度で察することができる。きっと不安も大きいのだろう。さもありなん。
そんな子どもを教え導くのが自分の役目とばかりに本に指を添えて、少年に微笑みかけた。
周囲の人々も、珍しい『スキル』なのかと期待の目を向けている。
100人子どもが集まれば、変わった『スキル』を授かる子も数人はいるものだ。
授けの儀式は話のネタ集めに格好の場でもある。
宙を見つめて思案していたナインは、お手上げとばかりに大神官に問いかけた。
「あの、『スキル』を2つとか合わせてもらえるとかってあるのかな? あ、あるんですか?」
「え? 『スキル』を2つですか? いえ、そのようなことは聞いたことがありませんが───」
「そうなんだ」と首をひねったナインは、さっき見た現象を話すことにした。
神の手を触り、まばゆい光で全身を覆われたあと、男女の声で告げられたのは───。
『あなたの『スキル』は───』
「……はい?」
ナインが尻上がりな声を出したのも仕方がない。
男女の声は別々のスキルを言ったらしく、よく聞こえなかったのだ。
まぶたの裏の文字も重なっていて見えづらいし、すぐに消えてしまった。
(なんて言ったんだろう? 聞き返していいのかな?)
ナインが目を開けてみると、まばゆい光の空間に一柱の神の姿が見えた。
光の輪郭だけだが、レリーフと同じスキルの神だと感じられる。
ほけ~っと見とれていると、向かって左の女神がふいっと右側に顔を向けた。
《ちょっと、この子の『スキル』は『直感』でしょ? どうして『ひらめき』なんて言ったのよ。違ったことを告げたら、混乱するでしょう?》
《きみこそ、どうして『直感』なのかな? 『ひらめき』がこの子の願いにぴったりじゃないか。豊かになりたいという真剣な想いをうけて、まさにひらめいたのさ》
向かって右の男神が左側を向きながら熱弁するのを、ナインは呆けて見ていた。神様もケンカとかするんだな~とか、話すほうがこちらに顔を向けるんだな~とか思いながら。
《そうかしら? でも待って。わたしたち、こんな風に意見がわかれたのは初めてね。どうしたのかしら?》
《そうだね。いつもはひとつの『スキル』しか浮かばないのに、この子は違ったね》
《まさか2つの『スキル』を与えることになるの?》
《いや、子どものうちは『スキル』はひとつまで、と決まっているから2つは授けられないね》
《そうよね、まだ身体が未成熟だから、負担になるものね》
《それじゃあ、どうしようか?》
《う~ん、そうねぇ》
会話をかわすたびに、ぶんぶん左右を向いていた神が言葉を切って考え込む。
沈黙した神を前にして、ナインは(もしかして、ひとつももらえないとかはないよね?)と冷や汗がじわり。ごくりとツバを飲み込み、待つ時間のなんと長いことか。
輪郭だけで神の表情がわからないので、なおさら不安がつのる。
(『スキル』ください! お願いします!)と何度か心のなかで拝んでいると、ようやく神が口を開いた。
《あなたは引く気はないようね》
《きみもね。頑固なのはお互い様だ》
《ええ、それじゃあ合わせてみましょうか》
《初めての共同作業だね》
《やめてよ。いくわよ》
《ああ、合わせよう》
男女の優しい声がナインの耳に届けられた。
『あなたの『スキル』は『インスピレーション』!』
その声と同時に光の文字が現れ、ナインの額に吸収された。光が全身に行き渡り、満たされる不思議な感覚とともに、『スキル』を得たと理解する。
(『インスピレーション』───それが、おれの『スキル』)
ナインはゆっくりと目を開けて考え込んだ。
(それってどういう『スキル』なんだ?)
ナインが戸惑っていたのは、そういうことだった。
話を聞いていた大神官も驚きつつも、なぜかうなずきを繰り返す。前例のない現象を受け入れようとするかのように。
「なるほど、スキル神が会話をしていた、とは希少ですね。私も初めて聞きました」
大神官の感心したような口調に、まわりの大人もざわめき出した。
「なんだ? そのインスピなんちゃらってのは?」
「聞いたことのない『スキル』よね」
「2つ、いや3つの『スキル』をもらったってことなのか?」
「いや、合わせるってことだからひとつなんじゃないの?」
憶測がとまらない大人たちの声に、オグルとティントもこれが普通ではないことだと武者震いした。
「すげぇな~! ナインは特別な『スキル』をもらっちゃったのか?」
「そうだね~、大神官が本をめくってるけど見つからないみたいだよ~」
『インスピレーション』の『スキル』名がないことを確認した大神官は、咳払いをしてまわりを静めるとナインに告げた。
「どうやらこの本には載っていない『スキル』のようです。神殿には古い文献もありますから、明日にでも神官に尋ねにくるといいでしょう」
「あ、はい。そうします」
(大神官にもわからない『スキル』なのかぁ。まいったなぁ)
頭をかきながら戻ってきたナインの肩をオグルはバシバシ叩き、ティントはへにゃりと眉を下げた。
「ボクの『楽師』よりすごい『スキル』もらっちゃったね~、おめでとう~?」
「いんすぴなんちゃら、なんかかっこいいなぁ!」
「『インスピレーション』ね。はぁぁ、母さんになんて言ったらいいんだろう」
(「稼げる『スキル』だよ!」って言いたかったのになぁ)
帰る足取りの重いナインに、ティントがのほほんと声をかける。
「ボクは明日神殿に行こうと思うけど、一緒に行く~?」
「ああ、うん、一緒に行こう」
「オレはおじさんとこだな、まずは見習いだ。がんばろうぜ!」
「うん」
「がんばろう~、おぉ~!」
ティントの気の抜けた声に、ナインの頬もゆるんだ。
授けの儀式の翌日からは、それぞれ『スキル』に合った仕事を探して見習いになるのが普通だ。オグルは、特になにもなければ、おじさんの工房での見習いが決まるだろう。
しかし、ナインとティントはできる仕事と見習うべき師匠を決めなければ始まらない。そのために神殿で教えてもらう必要がある。
(まあ、ちゃんと『スキル』はもらえたから、とにかく神殿に行ってからだ。うん、だいじょうぶ)
『スキル』がよくわからない不安はあるが、ナインは帰宅して母親に今日あったことを伝えることにした。
母親はちょっと驚いていたが、「よかったね」と喜んで、ごちそうを作ってくれた。主食の黄芋にちょこっと載ったバターが贅沢なごちそう。にこりんぱの妹の笑顔に、ナインの不安も山の向こうに吹っ飛んだのだった。