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4:拳と魔法の世界

 陽彩を仲間に加えた、その日の夜。


「(……うあぁああああーーなんでーー!)」


 心の中で、俺はひたすらに疑問の言葉を叫んでいた。


「すぅ……すぅ……」

「(っ……)」

「……もぅ……れ……ったら……」


 鼻腔をくすぐるい匂い。

 それが、身体中を駆け巡るような感覚。


 両隣から伝わる柔らかな体温。

 それが、心の中まで伝播するような感覚。


 どう考えても男子高校生が経験していいものではない。


 右を見る。

 整った顔立ちの白い肌と、純白の髪。それらを持ち合わせる少女がいる。


 左を見る。

 小さな顔には可愛さと冷静さが詰め込まれており、同い年には見えない幼さを持つ少女がいる。


 ――要するに、シルフィアと陽彩である。


 なんでこうなったのか、簡単にまとめると……


 ・孤独という悩みを持つ陽彩を一人にはできない→なら伶の家もとい門に泊まれば良いじゃん、とシルフィアが言う。

 ・陽彩は構わないと同意する。

 ・断りきれず流れで同衾する。


 素晴らしい。今北産業今来たから三行で説明してと言われてもこれで説明できるに違いない。完璧に意味不明だからな! はーっはっはっは!


「……心よ、無になれ……」


 そう念じながらなんとか眠りにつくのだった。


 ◇


「んん……朝か……」

「《|感情操作《エモート》:賢者クラリティ》」

「おはよう陽彩。とても良い朝だね」


 世界が美しい。動物や自然を守りたいという気持ちが湧いてくる。

 あぁ、この世はなんて綺麗なんだろうか!


「あぁ……伶にかけた魔法が切れてたのか……まぁ、こういうのも良いのかも」

「おはようシルフィア。今日は土曜日。学校はないからなんだってできるぞ」

「そ、そうだね。何しよっか」

「ここで帰るのも変だろう。今日はぼくも同行させて欲しい」

「当然だとも! 陽彩はもう俺たちの仲間だからね!」


 仲間は家族と同義。受け入れない理由がないのだ。


 すると、スマホに一件の通知が届く。


「咲月さんからか。『シルフィアちゃんの知り合いを自称する幼女がクランを襲撃してきて大変なので来てくんなまし』……なんで花魁みたいな……まぁいい。皆、クランが大変な事になってるっぽいから行くよ」

「了解! 私ルルちゃんとティアちゃん起こしてくるね!」

「ん、そうだな。ぼくは魔法で着替えるし手伝おう」

「……おう」


 ◇


 なんやかんやあったが、パーティーメンバー全員が揃った状態で無事にクランに到着した。


 皆はいつも通りの戦闘衣装、陽彩は【無窮の魔女】、というか魔女らしい服装をしている。どうやらこれもスキルで作れるようで、相手の魂に干渉して顔を偽って見せる能力があるようだ。


 すんげぇ便利。俺にもこれがあればなぁとか少し思った。


 ちなみに皆へ陽彩の紹介は済んでいる。


「……若造、お前毎回新しいのを連れてくるとかどんな女たらしなんじゃ」

「数奇な運命ですいません!」


 正直、人生で一番意味不明な謝罪をしている自覚がある。

 ただシルフィアは運命がどうのと言っていたので、本当に数奇な運命なのかもしれない。しらんけど。


臥瀧がたつさん。咲月ちゃんはどこですか?」

「嬢ちゃんか。毎度とんでもないオーラを纏っておるの……こっちじゃ」


 辺りを見ると、明らかに襲撃があったとしか思えない――実際そうなのだろうが――有り様だった。

 そのおかげか、俺たちへの注目は薄い。しかし無窮の魔女がいることに気づく者もいるようで、俺に、というよりは陽彩が見られている。


 シルフィアの知り合い……なんだかとても嫌な予感がする。


「シルフィア、こんなことをする知り合いに心当たりは?」

「大有りで困ってる」

「おーまいがー……」


 ない、ときっぱり断言してほしかった!!!

 あるかも、とかの次元じゃない。これは確信だ。つまりとんでもねぇことが起こるという証拠。なんか面倒になってきた。お布団が恋しい。


「あとは百波瀬に任せる。老体なのに忙しいからの」

「あ、了解です……」


 臥瀧がたつさんはいつも何をやっているんだろうか。俺たちの出迎えと案内だけやってどこかへ姿を眩ませているんだが……


「伶くんっ! おひさ!」

「案内あくしろよ」

「ひどい! 久しぶりにあった友達には歓声を上げて抱きつくもんでしょー!?」

「それやるの女子だけだろうに」

「ぎくっ」


 男でやるやつあんま見たこと無いんだよな。偶然会ったならともかく、会うと分かってると久しぶりに会っても不思議と冷静になる。


「こ、こほん。ともかく、件の子はなんとか私と脩吾で無力化して拘束済みだよ。A級以上の探索者に与えられる特別私人逮捕の権利を使ってるから法律的にも問題なっしんぐね」


 私人逮捕とは、現行犯を見つけた一般人が可能な逮捕のことだ。

 その場合は警察に引き渡さなければならないが、覚醒者には数日間限定での拘束が認められている。もちろん拘束以外の違法行為はそのまま逮捕されるが、事情聴取などは許されているのだ。


「ここだよ」


 地下に降りて連れてこられたのは、よくある刑務所にしか見えんような場所だった。多分これは禁錮だな、やってること。


「魔法師対策に口と手足は動かせないようにしてあるし、魔力も封じてる。傷はないよ。異変があれば脩吾が突入して対処する。おっけい?」

「問題ない」


 内心「えっぐいなぁ」と思いつつ、施錠を解除してもらい中に入る。


「これ大丈夫? 幼女拘束とか特権でも犯罪じゃないのか??」


 なんとか「ぅゎょぅι゛ょ」と言いたくなるのをこらえ、心配を口にする。


「……やっぱりグルナちゃんだったかぁ。もう、色々聞きたいことはあるけど……とりあえず拘束全部解除していいよ」

「ガチ? この子『拳で語る』を体現した存在だったよ?」

「ガチ。拳があれば会話できると信じてる子なの……」


 人間、拳で語ることはできても会話はできません。

 幼いから気づいていないだけなのか、あるいはぶっ飛んでるだけなのか。これもうわかんねぇな。


 咲月さんによって拘束が全て解除され、その姿があらわになった。


 白い服、赤い瞳と髪。拳には白と赤が混じったグローブをつけている。その赤は塗料じゃない気がするのは無視しよう。


「……っ! シルフィアお姉ちゃん!」

「色々と言いたいことはあるけど……“あっち”で反省部屋に10日ね」

「うあぁああああーーなんでーー!」


 すごい! 昨夜の俺と同じこと言ってる!

 顔も囧って感じの顔! もしかしたら気が合う……訳ないな。うん。


 反省部屋とかいう禁錮みたいな言葉は忘れることにします。


「それじゃ、私はこの子を引き取らせてもらうから。弁償費用は……伶、お願い」

「……あいよ」

「伶くんがやってくれるなら助かるけど……まいっか。気にしたらダメネ」

「なんで外国人みたいになった」


 ――そうして、俺は童顔少女のみならず本物の幼女まで手に入れてしまうのでした。おしまい。


「それじゃ皆、次の目的地は【第一歩の境界線ファースト・ボーダー】。さっさと行くよ」

「ちょっとシルフィアさん!?」


 どうやら終わらんらしいです!!!

 何が起こるんだよもおおおお!!!




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