「ぼくは独りなんだ。この
死刑を待っている囚人の如く、いっそ清々しいような口調で語り始めた。
「たぶん、昔からこのスキルを持っていた。だから昔から、見えないものが見えた。といってもお化けとか幽霊の類じゃなく、『魂』だ。万物の魂が、友達だった。そのせいで普通の友達を失ったのは言うまでもないだろう。察してくれ」
フィクションだとよくある話だ。皆には見えないものと会話し、恐れられ気味悪がられる。
世界が幻想に包まれた
「母親は家事以外何もしなかった。心配もせず、忌避もせず、言葉も発さず。父親はそもそもいなかった。そのせいで、孤独という問題は解決することなくぼくは小学校を卒業した。小学校で友達ができなければ、中学以降が苦しくなるのは自明の理。ぼくはそれを既に悟っていたんだ」
達観したような喋り方をしていると感じていたが、これはそこから生まれたものだったらしい。
……あぁ、そろそろ日が沈むな。
「中学に入って少し経ち、黒いスーツに身を包んだ怪しい男がぼくに声をかけてきた。『君の抱える問題を解き明かしてあげるよ』と。そいつには、見たこともないような真っ暗な闇がまとわりついていた。彼の魂は、深淵そのものだった。あれは魔王かなにかだとしか思えない。20代くらいの若者だったが、果たしてどんな人生を歩んできたのだろうか……」
20代の怪しいスーツの男……どうも心当たりがある気がするんだよなぁ。可能性は充分にある。
あいつは本当に底が知れない男だ。
次会う時は何を持ってくることやら。
「そしてぼくのスキルを明らかにした。ステータスの存在も教えてくれた。自分が覚醒者だとは思っていなかったから知らなかったんだ」
「それから探索者を始めた、と」
「その通りだ。使える魔法を色々試し、装備を出せる魔法を見つけたことで探索者を始めた。探索者になったのはあの男の入れ知恵だがね」
あとはもう想像に難くない。
無窮の魔女は3年という異例の速さでA級に上り詰めた。歴史に残る、アイドル的な存在だ。
そんな「アイドル」には、当然様々なものが付きまとう。
「探索者になって、お金を稼いで、自分で自由に使えるようになって、世界が広くなったような気がした。でもそれは、寂しい代わりに平和だった場所からのこのこ出てきてしまっただけだった。ランクが上がるにつれ、パーティーの誘いを数え切れないくらい受けた。けれど皆信用できなかった。魂の色が、濁っていたんだ。
そうか。探索者といえど、日本人といえど、皆が優しく慈愛溢れる人間なわけではない。
女子ならば身体も狙われるだろう。低級のならともかく、高いランクのダンジョンにはカメラがついていない。つまり、何をしてもバレない無法地帯なのだ。
何かしら魔導具を使えば身柄の拘束くらい容易いしな。
つまりはまぁ、人の悪意が陽彩を孤独にしたという他ないわけで。
「気づいたら【無窮の魔女】なんて二つ名までついてしまっていた。二つ名は人気と実力の証だというのに、ぼくは一人だなんてよくできた皮肉だ」
ははっ、と陽彩は乾いた笑みを零した。
本当に、残酷なものだ。
何も言わない母と二人で暮らすなど、子どもの育つ環境としては劣悪としか言えない。
「後に引けなくなって、ぼくは人が寄り付かないよう、ここに結界を張った。孤独から逃げていたはずが、自分から追い求めていたんだ。そんなとき――」
「伶が現れた。そういうことだよね、朝永陽彩ちゃん」
「誰だっ!」
「マジですかい……」
陽彩は臨戦態勢になり、声の主を睨みつけている。
俺の方は……警戒なんかするような相手ではないと分かっている。
いや、マジで何やってんだ? 俺は一言もこんなの聞いてないんだけどなぁ。相談くらいしてほしいもんだね。
「えへっ、来ちゃった」
「来ちゃったちゃうんですわ。こう、先に言っておくとかいう概念はないんか?」
「もう、そんな怒らないでよ。私は悪意0%だってのに」
「そりゃシルフィアが悪意持ってるとこは見たこと無いんだけどさ……」
「……伶、知り合いなのか」
「あぁ。相棒だよ」
「あい、ぼう……」
嫌味に聞こえただろうか。孤独な人の前で仲間を見せつけるのはかなりむごい。
胸の中に一気に罪悪感が渦巻いた。
もしかしたら、俺の感情の動きも全て、陽彩には見えているのかもしれない。
「分かってくれると思うけど、シルフィアが来ることなんか俺全く知らなかったからね!?」
「そうだよ! 私は伶に何も言わず来たんだから!」
「開き直るなっ!」
そこでふと、震えている陽彩が目に入った。
傷つけてしまったかと喉が詰まる感覚に襲われる。
「伶、君には見えていないんだろうな……」
「何がだ? 確かに魂は見えないけど」
「シルフィア、と言ったか。周りにまとわりつく、悪夢から助けを求める魂が。光り輝く、希望の象徴のような魂が」
その言葉を聞いて、シルフィアは満足げに頷いた。
今度は試験官のような顔つきだった。つまりこう言いたいのだろう――
「合格だよ」
「――ふぇっ?」
突拍子もない言葉に、気が抜けた返事が漏れた。
「陽彩ちゃん。私たちの仲間にならない? 私は問題を解き明かすだけじゃなく、解決した上で未来へ導くことができる。終わりの始まりから、始まりの始まりへ連れて行ってあげるよ」
「本当に、そんなことができるのか」
「もちろん。伶に魔法をかけたのも私だよ。それに、この場所に入れている時点で私達は陽彩ちゃんより実力が上なわけだし。そうでしょ?」
「確かに、そうなるが……」
「お金にも地位にも困ってない。だから――」
シルフィアがそこで俺をじっと見つめ、何かを伝えようとしている。
はいはい分かったよ。最後は俺にやらせようってわけね。
「陽彩。この手を取れ」
そう言って右手を差し出した。
「っ……! うんっ!」
幼さを感じる、屈託のない笑顔で、陽彩は俺の右手を握りしめていた。
瞳から流れ落ちた涙には、過去の後悔が込められていたように感じた。