最終下校時間まで意識を失っていたせいで、先生に心配されつつ怒られつつ学校を出た。
12月の午後6時は真っ暗で、夜中とさほど変わらない。
アホみたいな冬の寒さに凍えつつ、俺は暗い帰路を辿った。
「聞いてくれよシルえも~ん!」
「シル……えっ?」
「学校でかくかくしかじかあって……!」
外の寒さがバカバカしく思えるほど麗らかな門の中で、俺はシルフィアに泣きついていた。
「それは大変だったね……」
「どういう系統の魔法かも分からないから対策取れないし……そういや俺に対魔法防御手段ないし……」
「ふっふっふ。ならばこの私にまっかせなさい!」
「おぉ! さすがシルフィアさんっ! よっ、世界最強!」
「《|魔導増幅《アンプマギカ》》、《|対内結界《インサイドバリア》》!」
体内が魔力で包みこまれるのを感じる。力が湧き上がるというよりは、守られるようなイメージだ。
「すごい……! これで明日も頑張ってみるよ。ありがとうシルフィア!」
「えへへっ、どういたしまして。これくらい簡単だよ!」
そして俺は、そのままシルフィアの横で眠りに就いた。
◇
「ここで会ったが百年目! 今度こそ話をしよう!」
再びやってきた学校の端っこ。奥の方にある暗がりの通路と、そこにある部屋は何に使われているのか全く知らない、そんな場所だ。
「三日目だし話はしないと言っているだろう。また保健室送りにされたいのか?」
「さぁ、どうだろうね?」
「……《|魂震盪《ソウルコーク》》」
――直後、魂が揺さぶられるような衝撃を受けた。
頭ではなく、胸の中にある魂を殴られた感覚。
また同じ魔法だ。消費魔力もそんなに多いようには見えないし、使い勝手がいいのだろう。
「なっ、倒れないだと……!」
「どうだ。今回は対策をしてきたからな。もう同じ手は喰らうまい」
「ならこれはどうする。《|斬魂鎌《ソウルリーパー》》」
陽彩の手元に、大きな鎌が現れた。禍々しいオーラは魂にまで恐怖を伝えてくるようだ。
「おいおい学校でそんな物騒な鎌出すのやばいだろ!?」
誰にも見られていないことを確認し、慌てて俺も蒼剣を取り出す。
「……君も武器を取り出せるんだな」
「俺のは魔法じゃないけどな。ガチガチに強化されてるし、多分斬れないものはないぞ」
「その言葉、覚えておくと良い!」
すると、陽彩は大きな鎌を振りかぶり、俺の首を刈ろうと横に薙いだ。
それを剣で受け止める――はずだった。
「あっ」
「鎌が――!?」
出会ってから一番の動揺だ。
まさか、「鎌が切れる」とは思ってもいなかったのだろう。
そういやこの剣切れ味いいんでしたね……この前の魔剣でもっと強くなってるらしいし。
そうだ。言ってみたかったセリフをここで言ってみるとしよう!
「斬れぬものなど、あんまり無い!」
「あ、あんまりなのか……」
ぬわああ! 通じなかったああああ!
悲しゅうございます……
あのセリフを言うならこの剣の名前斬魄刀にしようかしら……いや、魄を斬るって陽彩のが似合ってね?
なんかもっと悲しい……!
「さぁどうするよ。鎌はぽっきり折れてそこに落ちた。ボンドでくっつけでもするか?」
「《|感情操作《エモート》:
「だから効かないって。増幅させた防御魔法かけてるから。てか攻撃する気もないし。な、平和に話し合おうよ」
途端、陽彩の纏う雰囲気が一気に暗いものに変化した。怒りも感じ取れるようなそれは。心の壁を幻視するには充分すぎるほどだった。
「――何が目的だ」
「ん?」
「君には敵わないようだが、ぼくはこれでもA級。その力が欲しいのか? それとも金か? ぼくは確かに報酬を溜め込んでいる。分け与えれば遊んで暮らせるだろう。あるいはぼくが欲しいのか? 何かの企みのために使いたいのか? 答えろ!」
「……っ」
絶句するしか、なかった。
陽彩の目には明確な敵意が宿っている。俺に、というよりは、今まで会ってきた「敵」に。過去の忌々しい「記憶」に。
「気が変わった。陽彩、君の話を――心の中に溜め込んだ愚痴や闇の全部を聞かせてくれ。俺が受け皿になってやる。全部吐き出してくれ」
「それで見返りに何を要求する気だ」
「そんなことは考えてない。愚痴が終わった後に縁を切る……のは寂しいが、望まれたら俺は首を横には振らない。ま、ただの自己満だよ。人の話を聞きたいっていうさ。それに付き合ってくれるだけでいい」
「…………放課後に」
「あっちょっと!」
なにかを悟ったような声色で一言呟き、陽彩はその場を去った。
「放課後に」ということは、少なくとも会話を続ける意思はあるようだ。なんとか一安心だ。
――そんな安心感を覚えつつ、午後の授業を終え時刻は午後4時。
先程の場所へと逸る気持ちを抑えながら向かった。
「陽彩、早いな。まさか俺のが後だとはね」
「今は……黙って話を聞いて欲しい」
「おっと、悪い。静かにしておくよ」
陽彩は「ふぅ」と深呼吸をしてから、言葉を慎重に紡ぎ始めた。