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幕間:聖人たち

 「では、これより席次会議を開会する」


 世界でも有数の巨大国家であり、無数の信者を誇るセレステル教の総本山たるグライディア皇国、その大聖堂。

 セレステル教関係者の中でもごく限られた者しか入れない大聖堂深部に存在する円卓の間には、八人の男女がいた。


 奥側に座った壮年の男が会議の開会を宣言すると、場の空気が引き締まった。


 それは、この会議が重要かつ格式の高いものであることの証左。


 事実、この場にいるのはセレステル教の上位者たち――聖人と呼ばれる、信仰に篤く武力に秀でた者が四人、巫女が二人、そして教皇――のみである。


「では、まず千変の巫女殿。預言は変わっていないことを確認したい」

「もちろん変わっていない。神の言葉は変わらない」


 壮年の男――教皇の言葉に、巫女のうちの一人、空色の髪をした【千変の巫女】が答える。

 その表情にはまるで感情がこもっていなかった。ただ事実神の言葉を述べているだけだからだ。


「そうなのねぇ……なんだか寂しくなっちゃうわ」


 ライラックのような髪色の妖艶な女性が、黄金色の液体ビールが入ったジョッキを揺らしながら気だるげに呟いた。


 その服装はまともな宗教の上位者とは到底思えないほどに乱れており、開いた襟元から覗く大きな胸を見せつけているようだった。

 しかしそれに誘惑される者はいない。この場の者はそんな低い程度の次元にいない。


 ……無論、注意する人は大勢いたが、それらを全て無視しているからなのは言うまでもないだろう。


「僕も同感。シルフィアともっと遊びたかったのになぁ」


 十歳ほどの見た目の少年がふてくされたように言う。

 だが、その纏う風格はあどけない少年のようにはとても思えない。もし敵対行動を一瞬でも見せれば、次の瞬間にはきっと意識を失っていることだろう。


「俺としては、なぜこの俺ではなくシルフィア――【千聖宣理ケイオス】なのか理解できない。代わるものなら代わりたい」


 不満げに話すのは青髪の青年。

 顔は優しい感じだが、威張ったような態度がそれを相殺している悲しき男。彼は第一席次セイントオブファースト――つまり聖人の中で最も高い実力を誇る。そして【剣聖法界ブレイブ】の二つ名を持つ男でもある。


「ノルギアお兄ちゃんは出しゃばりたいだけなのー! シルフィアお姉ちゃんの方が適任なの!」

「俺はあくまで意見を述べただけだ。そして出しゃばってない」


 そんな男に臆せずツッコミを入れた少女――もとい幼女は第五席次セイントオブフィフス。可愛らしい喋り方をしているが、剣聖法界ブレイブがシルフィアを侮辱した瞬間にその拳を全力で振り抜く気でいる。


「二人とも落ち着きなよ。ノルギアは勇者のくせにみっともない」

「俺に対してみっともないとはなんだ。酷いだろう」

「僕は事実を言ったまでだよ。だよね、グルナちゃん」

「そうなの! レンドお兄ちゃんの言う通りなの!」


 聖人ともあろう者のくだらない喧嘩を、当事者は苦笑いしながら見つめていた。


「まぁ、しょうがないよ。私はそういう運命なんだもの。皆も分かってるでしょ? 私が一番『運命の理』が強く働いてるってこと」

「……それはそうだ。正直、異世界というものがどういう場所かを俺が実際に見たかったのもある」

「でしょ? 私だって皆のところを離れたくはないよ。でも仕方ない。悪い男の人に召喚されたりしなければいいけど」

「シルフィアお姉ちゃんなら全部ぶっ飛ばせるの! きっと大丈夫なの!」

「ま、一番は仲良くなることだけどね。もし恋人にでもなったらどうする? 僕は面白いと思うけど」

「あはは、そうなったらいいよね。恋愛なんかほとんどしたことない私が異世界で――なんて、物語みたいな事だけどさ」


 そう言ってシルフィアは儚げに笑った。

 それは、異世界に――全く知らない場所に、強制的に送られるのが「予言」されているからこその感情。

 気持ちの整理を今終わらせなければ、二度と会えないかもしれない仲間がより恋しくなってしまう。寂しくなってしまう。


 いくら第二席次セイントオブセカンドといえども、伯爵家の令嬢だろうとも、S級冒険者であっても、18歳の少女に他ならないのだから。


 シルフィアは席を立ち、太陽の浮かぶ空を見た。

 少し先には色とりどりの花が咲き誇る花畑があった。


 まるで、新たな門出を祝うかのような光景だった。


「皆、今までありがとね。私はすっごく楽しかった。あっちにもどうやら魔法があるみたいだし、もしかしたら帰ってこれるかもね!」


 ――その時、シルフィアの足元に輝く魔法陣が出現した。


第二席次セイントオブセカンド。健闘を祈る」

「ありがとうございます、教皇猊下」

「シルフィアちゃん、頑張ってね」

「使命を果たせ、千聖宣理ケイオス

「応援してるよっ!」

「いってらっしゃい!」

「うんっ、行ってくる!」


 皇都の中心に存在する大聖堂の広場。

 そこに集まった聖教会の席次聖人セイント――同僚たちに送りだされ、まばゆい光の中に消えていく一人の少女がいた。


 その現象は、足元に輝く魔法陣によるもの。

 つい先程出現したそれは、異世界から開かれた召喚門ゲートだ。


 この場の者が普通の人間なら、慌てふためいただろう。

 しかし彼らには、絶対なる預言をする巫女がついている。


 預言と一分一秒違わぬ時刻に現れた召喚門ゲートの光と、魔力の奔流が最高点に達したとき、その世界から一人の少女が消え去った。


 ――次に彼女が見た景色は、世界各地を冒険した彼女のよく知るものだった。





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