無理がある。シルフィアとならともかく、初対面の悪魔とキスをするだなんて。
「……ねぇアスナ、それ以上私の伶に迷惑かけたら魂ごと
「おっと、悪ふざけが過ぎたな。妾としてはキスしてほしいが……まぁよい。実際は触れるだけでも構わないのだ。ほれ、触っておくれ」
アスナが渋々、黒い肌の右腕を差し出してきた。
そっと右手で触れると、相手に流し込むようなイメージで魔力を動かした。
「おほぉ……! そう、そんな感じだっ……!」
恍惚とした表情で、身体をくねらせ喜びの声――と言っていいのか疑問は残るが――をあげている。
「確かに魔力が減っているような気がするな。ほんのちょっとだけなんだけど……」
「伶、気づいていないと思うけどさ。既に上級魔法が数発撃てる分の魔力を渡してるよ」
「え? いやいやまさかぁ……え、マジ?」
「ガチのマジ」
俺の魔力量ってとんでもねぇんだなと思う。だがそんだけ流しても嬌声を出し続けるアスナも大概である。
ずっと「おほっ……!」なんて声聞いてたら健康な青年にとっては毒でしかない。
「もういいか?」
「むぅ、あともう少しぃ……!」
「くっ、その声マジでやめてくれぇっ!」
下半身に血が流れるのを感じ、秒速で心を無にした。深呼吸だ、深呼吸……
そこで、シルフィアが「だったらさ」といたずらっぽく笑いながら呟いた。
「あそこに隠れてるやつらの魔力吸わない? 一度死んだせいで魔力が枯渇している悪魔たちもそれで叩き起こしなよ」
「かかっ、それは名案。それでは早速――」
「ど、どわーはっは! み、見破られては仕方ないな!」
何もない壁と思っていた場所から声がした。
そちらを見ると、白衣を着たちっこい女の子――「ララちゃん」なのだろう、焦ったような表情だ――と、他に女子が二名。見た目だけで言えば中高生くらいに見える。
それに加え、隣には見覚えのあるおっさんの顔があった。同じおっさんでも悪いほうのおっさんだ。
「
「また会ったな少年少女諸君。魔将の腕、主腕たるラヒトだ」
「どうしてお前らがここにいる!」
「面白いこというんだね、【
「万花……? 俺の事言ってる?」
「ありゃ、知らないんすかゃ? 最近ネットで万花と呼ばれる有名探索者に成り上がったってのに。ララと同じ有名人だよ!? すごいね!」
一つ分かるのは、こいつと話してるとめっちゃ疲れるということ。
振り回されるのが嫌いなので負担がかかる。もう慣れたもんだがな。
にしても、俺に二つ名がついたのか。最初は俺がそんな風に呼ばれるとは思ってもいなかったけど……
「二つ名ってやつ? やったね伶!」
「あぁ。実感はあんまりないが嬉しいもんだな」
「二つ名って、本人が広めるか誰かが言い出したのが広まってつけられるってやつかしら。冒険者がそんなような事言ってた気がするけど」
「それで合ってるよ。ネットなんて便利なものがあるから二つ名がつくのも早いもんだ」
「……ごちゃごちゃうるさいガキ共め。総員、戦闘用意!」
「お、ラヒト殿いっちゃう? いいねぇ! それじゃ、ララちゃんたちが頑張って作った『興奮剤』の威力をとくとご覧あれ!」
二人が割って入ってきて、いきなり戦う用意をし始めた。
というか、この前見たような魔物やら戦車やらがある。魔物はしっかり血走った目をしている。
……こいつら、天使と同じ技術力があるってのか? これはとんでもない奴らだったのかもしれない。ちょっとだけ見直した。
――そして、向こうに並ぶ敵軍が侵攻を開始する。
「とんでもない数だな……」
「ほらアスナ、愛しの君が困ってるよ。どうにかしてあげなよ」
「もちろん! さっきの魔力で充分動けるはず。皆の者、彼奴らの魔力を吸い尽くせッ――!!」
「「「オォォォ!!!!!」」」
空中にあふれる悪魔と、魔物たち。どちらが勝つのか、最初は全くもって予想できなかった。
しかし。
「あ、あわわわ……! ラヒト、きみたちの魔物弱すぎない!?」
「バカ娘が! 上級悪魔なぞまともに戦っていい相手じゃないわ!」
仲良く喧嘩をし始めた。このまま同士討ちとかしてくんねぇかな。んなことねぇか。残念。
「くっ、こうなったら! ラヒト、あれ出してよ! あのでっかくて一番強いの!」
「ちっ、どこで知った! たまたま捕まえたあれをこんなところで使うわけにはいかぬ!」
「でも使わないと死ぬでしょこれ!?」
「……ララ、少し落ち着け」
「ラン! この頑固爺を説得してよ!」
「誰が頑固爺じゃ!」
「ラヒト殿、一度頭を冷やすといい。この状況は絶望的だ。我々の有利は完全に覆った。聡明なあなたなら、きっと理解できているはずだ」
子どもの争いに、冷静さと理性のみで構成されたような大人が入ってくる。背丈はやはり中高生だが、理知的な雰囲気は年齢を倍ほどに感じる。
冷静な、しかし的確な意見と世辞を言われ、ラヒトは咳払いを一つした。
「ふむ、そうだ。間違いないだろう。さすがはラン殿だ。して、どうすればいいだろうか」
取り繕った、大人ぶるような口調。
あのときに見た、偉大さを覚えるような「リーダー」はもういない。そこにいるのは、大きな子ども――つまりは、俺たちと同程度――でしかなかった。
「仕方ないけど、やはり“あれ”を出すしかないかと。最終兵器を使わずしてどうここを切り抜けるおつもりか?」
「……仕方あるまい。副腕、召喚してくれ」
「はっ」
さっと指示を出すと、よく見た召喚陣が現れる。
一際大きなそれは、数秒の回転の後輝き、大きな何かを召喚した。
「あれは――虎、いや……!」
一言で表すならば、それは白虎だった。
ティアと対を成すような真っ白な毛並みに獰猛な瞳。雌雄の違いというものを感じ取った。
「
「ティアより上、ってことなのか」
「そうだよ。……ティア、どうする――」
シルフィアが珍しく言葉を切った。
追従するようにティアを見る。
「あぁ……! これこそ私の王子様……! よし決めた! ボコボコにしてあげる!」
「んんんんん???」
「伶、これが彼女たちのやり方なのよ……勝った方が勝ち。シンプルなの」
「おでにはわがんね……」
あとは二人――二匹?――の戦いだった。
ティアが紫電を自在に操り、あらゆる角度から攻撃するのに対し、白虎はどんと構え、地面から生えてきた岩を操作し盾として使っている。
その姿からは強者の余裕というものを感じた。攻撃をさせてあげているようにも思える。
「ちっ、中々やるわね! 《|雷々落烙《ボルトアウト》》!」
「……」
無言で、ひたすら攻撃をいなす。雷爪も、電撃の雨も、有効なものはなかった。ティアも試行錯誤するためか、四方八方に動いては止まり、魔法を撃ったり爪で攻撃している。
「……!」
そして、ついに白虎が動き出す。
まず岩をより高く作り、空中の動きを制限した。
次に大きな鉄の針を作り、ティアを貫かんとそれを放つ。
遮蔽物の岩に隠れたティアだが、その岩に穴がいきなり現れたことで一気に状況は変化する。
「くっ!」
ギリギリで身体をよじり、掠めるだけに留めた。赤い毛に異なる赤が滲んだ。
「じゃあ終わりにしてあげる!」
何を言っているのか——そんな様子の白虎。しかし次の瞬間に、四方からの爆発に巻き込まれてしまった。
「ふん! 油断するからよ!」
白虎に完全なダメージを与え、幾許か獣の言葉で会話を交わしたティア。
「結婚成立よ!」
満面の笑みで——獣とはいえ表情はわかる——尻尾を振ってそう言ったティアは、どこか美少女だと感じさせるには充分すぎるくらいにヒロインだった。