「グルルル……」
黒い部屋に、圧倒的に存在感を放つ一つの魔物が――ドラゴンがいた。
かつてシルフィアが魔法一つで消し飛ばした存在が今、目の前にいる。
「伶くん、ここは一旦引いて私に――」
「やらせてください」
「ん? 今、なんて……」
「俺に、やらせてください。ここにはいない仲間のシルフィアが、かつて一撃で倒した『ドラゴン』を、今度は俺が倒してみたいんです」
「伶さん! そんなの無茶ですよっ! 私だって死んだ人はたぶん蘇生できないんですよ!? たぶん!」
「そうだ! 奏手ちゃんにだって無理なことはある! たぶん!」
なんだろうこの二人、本当に仲がいいんだな。うん。それ以上は何も言うまい。
「でもまぁ、いいよ。若き少年の熱い心は止められないって私は知ってるから」
「アルマさん……!」
「グラアアアアアッ!」
痺れを切らしてか、ドラゴンが小手調べの如く爪で攻撃してくる。
「くっ――!」
それを剣で受け止める。
やはり、あのロボットとは比べ物にならないほど力だ。素の俺であれば一撃で腕がもってかれているに違いない。
五体満足でいられるのも、スキルのおかげと言える。
だが……
「ルナイル! これから攻撃は全て受け止めてくれ!」
「分かったわ! あたしも本気で行くわよ! 〈
すると、剣が触れていた爪が金に変化した。次の瞬間にはそれを切断していた。
なるほど、この硬さならば金の方が柔らかいということか……!
これなら行ける!
「ティア! 援護を! 俺は翼を落とす!」
「ガオッ!」
空中を蹴って飛び上がり、意識を向けさせるために雷の魔法を上から落とす。まるで雷神のようだ。
タッ――と俺も地上を飛び上がり、大きく開かれた翼の付け根へとたどり着いた。剣に魔力を込め、炎を燃え上がらせ思い切り右翼を切っていく。
重力も組み合わさってかハサミで髪を切るかの如く刃が通り、一拍遅れて血の雨が降り注ぐ。
「グアアアアアアア!」
「ティア! もっとだ!!」
「ガオ!」
「私も協力する! 《|氷極弾幕《アイサーバレッズ》》!」
痛みを叫んだ口腔に、雷と氷の弾幕が豪雨のように降り注ぐ。
「――!?」
口の中という肉の部分を攻撃され、さらなる痛みにもがくドラゴン。
声にならない声を出し、ジタバタと暴れている。
「次は右腕ごと! 〈
ドラゴンの右腕がゆっくりと、しかし着実に金色に染まっていく。
同時に、重心がそちらに偏っていくのも分かる。
「グッ、ルルッッ……」
ドラゴンの主要な攻撃手段たる「ブレス」は、口の中で生成する。その口の中が口内炎の上位互換みたいな苦痛ともなれば、上手く作れないのは当然だろう。
「今なら左翼も切れるはず――!」
「グルッ……!」
ドラゴンが油断していると思って飛び立った直後、過ちに気がついた。
――あぁ、やけにその眼が鋭いと思ったら。
俺が飲み込めるギリギリの大きさに口を開き、空中にいる俺を口でキャッチしようとしているではないか。
あいにく、空中でジャンプできるチートスキルは持ってねぇです。
俺が口を物理的に封じる壁になれば魔法も打てない。偶然なのか策略なのかは分からないが、ともかく大ピンチだ。今度こそ遺書だ。
目を閉じれば、今までの思い出が蘇る。
走馬灯というのはやけに簡単に流れるものなんだなぁ……こんなところで死ぬとは情けない!
「レイッ!」
足元がぬめりを帯びた場所になったとき、ガギン、と音がした。
不思議に思い目を開けると、ルナイルの盾が口を塞がないように差し込んであった。なるほどこれなら問題はない。
「レイ! 早く出てきて!」
「助かったよ……ありがと……!」
死にかけたお礼ということで、今俺が立っている地面――もとい舌を燃える剣で切って口の中を出る。
「……ワタシを乗り物扱いするのなんてキミたちしかいないんだからね?」
「そうしないと俺たちが死ぬんでね。感謝はしてる」
「……っ!! は、早く乗りなさいよ!」
「へいへい」
空中に足場を作っているのか、四足で無を踏みしめるティアに二人で乗り、高くまで登っていく。
ドラゴンが見下ろせる位置まで来るとティアは止まった。
地上からどんくらいあるんだこれ……100メートルってのが冗談に思えん高さだ。
「《高天の加護》……これで問題ないはずよ」
「なるほど、言いたいことは理解したぞルナイル。ティアがここまで来た理由が分かった」
「さすが、賢しいわね。ワタシの上に乗るだけはある」
「関係ねぇだろ――んじゃ、行くか」
一言だけツッコミを入れ、次に気合を入れる。
そして、飛び降りた。
「――死ねッ!」