――そこは、奇妙な世界だった。
足元には空のような草原が、上には草原のような空が広がっている。色がそのまま入れ替わってしまったかのようだった。
そして、先には空を突き抜けるような高塔が――摩天楼があった。
といっても、観光気分ではいられない。辺りは魔物の海だ。
今が睨み合いになっているだけで、多分一歩動いた瞬間多種多様な魔物が俺たちに襲いかかってくる。
「それじゃあ、一番槍は私が」
一言。それだけで魔物はスイッチがオンになったように動き出す。
全方向から襲い来る魔物。それに対し、S級の探索者は魔法を放つ。
「――《|零氷波濤《ウェーブゼロ》》 」
その瞬間、世界は凍りついた。
ゴブリンも、オークも、オーガも、ミノタウロスも、スライムも、下級龍も。
俺たちを除き、皆等しく氷と化したのだ。
「おぉ……!」
思わずため息が漏れる。
まるで芸術作品のようだった。
「この氷は溶けたところで中の魔物が生き返ることはないよ。だから安心して進める。伶くん、炎をお願いね」
「了解」
剣を構え、そこに〈龍炎〉をまとわせる。
ふっふっふ。ここ最近練習していた技を、ついにお披露目することができるようだ。
さぁ、刮目せよっ!
「蒼剣流剣術――
上に構えた剣を、勢いよく振り下ろす。
すると、炎の剣戟が眼前にある――そして、遠くまで伸びる氷壁までをも真っ二つに斬り、一本の道を作り出した。
氷の破片が、陽光に当たって美しくきらめいている。
「さっすがレイね!」
「伶さん、すごいですっ!」
「いやいや、それほどでもないよ」
え、女の子に褒められて頬が緩んでる、だって?
ははは、そんなわけないじゃないか嫌だなーもー……ねぇ?
「さっ、行くよ皆。あの塔まで真っ直ぐに!」
◇
真っ白で無機質な——近未来的な印象を覚える――その塔は、やはり近くに来ても異質さが際立つ。
一歩入ると、中はまたダンジョンおいて珍しい景色だった。
「ようこそ、探索者の皆様。私はこの塔の案内役を任されております、コルーと申します」
目の前に現れたのは、平坦な表情の――真顔、というには人間らしさが薄いが――人間だった。
「このダンジョンはこういう感じなんだよ。このコルーはダンジョンによって生み出された人間ではないもの――魔物でもないから機械と呼んで区別してるんだ」
「機械、ですか……」
「そう。ま、魔物も後で出てくるけど、少なくともここは機械のいる場所ってこと。探索者の中じゃ有名な話だよ」
今までファンタジーなものばっかりだった中で、いきなり機械が現れるとは驚きだ。知識はネットで共有されているものも多いが、難易度が高いところは攻略する人も少なくなる。だから俺もあまりよく知らない。
「そういえばアルマちゃん、先に入った人たちはどこに?」
「それについては私から」
コルーが遮って続ける。
「このダンジョンにおいて、攻略者の皆様はそれぞれ別の次元に転送されています。同じ内容ですが、ほとんどの階層においてはそういった方式になっているのです。既にここも第108セクター――つまりは共有されていない場所なのです」
なるほど、だから大規模な攻略作戦を遂行しているにも関わらずスタンピードが起こっているのか。魔物をいくら倒しても、どこかのセクターで溢れれば外に出てしまう。
「本日は“コア様”のご機嫌が斜めなので難易度が高いです。なぜか攻略者も多いですが……ともかくお気をつけてください」
「分かった。案内ありがとね」
そう言って微笑んだ後、アルマさんはコルーを一瞬で斬り伏せた。
「「「っ!?」」」
「こいつ、結構いろいろできるから邪魔なんだよ。S級の知識を侮らないことね。じゃ、行くよ」
「はっ、はい!」
奏手さんがついていくので、俺たちもそれに追従する。
白い部屋の奥にあった階段を登ると、そこにはまた白い部屋があった。体育館くらいの大きさはあるだろう。かなり広い。
そして、そこには先程のコルーと違い、明らかな「機械」がいた。たった1体、ぽつんと。大きくはあるが、丸いフォルムは可愛らしさもある。
『敵性反応、検知』
「なるほど、ロボットか……」
まぁ、最初の肩慣らしといったところか。言うなればチュートリアル? なかなかどうして親切な設計である。
「……ルナイルちゃん。盾をお願い」
「分かったわ。〈
アルマさんの指示によってでっかい見慣れた盾が現れ、それを構えたルナイルが俺らの前に立つ。
「皆、戦闘準備」
緊張が滲む声でアルマさんがつぶやく。そして、ルナイルの後ろに立って臨戦態勢になった。
『攻撃――開始』
刹那、爆音が鼓膜をつんざく。次いで視界は黒煙に覆われた。
盾に何か爆発するものが激突したようだ。
「《氷爆》ッ!」
それは、かつてシルフィアが使った魔法。その勢いで黒煙が吹き飛び、ロボットまで届き、氷の中に封印してしまう。
だが、効力は薄かった。
『対処』
それだけで、封印するかのように身体を覆っていた氷は弾け飛ぶ。
ルナイルは無事なようだが、あの攻撃が何回も来れば怪我をする可能性が高いだろう。かなり心配だ。
「治療しますねっ」
そして、変態――じゃなかった、奏手さんが治癒をかける。体力が大いに越したことはないだろう。
「伶くん、あれを見て」
「アームが三本……うわ、先端に刃物っ」
「あれはかなり自由に動くアームだよ。それぞれ一人一本ずつ担当して、全部壊したら本体に全力を叩き込む。分かった?」
「了解!」「ガオッ」
さっきチュートリアルとか言ったやつ誰だよ!
祝砲みたいに爆発物を——ミサイルをぶち込む奴のどこが親切なんだよ!
「すぅ――はぁ。ルナイル、盾を頼む」
「この前みたいにやるのね。おっけい」
追従式の盾が現れる。
あのミサイルを耐えるんだ、きっと大丈夫なはず。
「この前もらった
すると、俺の腕が変化し、大樹のような見た目と質感になった。
これはこの前のスタンピード攻略報酬でもらったものだ。
急流の皆はすでに充分スキルを持っていると断られ、イラードくんには謝罪されながら譲られ、他の皆もいらないとのことで俺が使った。売るメリットも特になかったから妥当ではある。
「それじゃ、改めて始めようか。《|氷魔王装《フロステスト》》」
アルマさんの剣が、身体が、鎧のような氷に包まれる。
「ガオッ――」
何らかの魔法を使ったのだろう、ティアの四肢から紫電がほとばしる。
「〈神獣脚〉〈天空眼〉〈龍炎〉」
足に獣を、眼に天空を、剣に龍炎を。そして、腕に大樹を。
それぞれ全ての用意が整い、ロボットと相対する。
『戦闘再開』
その言葉と共に、再び戦の火蓋は切って落とされた。