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10:S級の背中

 ――そこは、奇妙な世界だった。


 足元には空のような草原が、上には草原のような空が広がっている。色がそのまま入れ替わってしまったかのようだった。


 そして、先には空を突き抜けるような高塔が――摩天楼があった。


 といっても、観光気分ではいられない。辺りは魔物の海だ。

 今が睨み合いになっているだけで、多分一歩動いた瞬間多種多様な魔物が俺たちに襲いかかってくる。


「それじゃあ、一番槍は私が」


 一言。それだけで魔物はスイッチがオンになったように動き出す。

 全方向から襲い来る魔物。それに対し、S級の探索者は魔法を放つ。


「――《|零氷波濤《ウェーブゼロ》》 」


 その瞬間、世界は凍りついた。

 ゴブリンも、オークも、オーガも、ミノタウロスも、スライムも、下級龍も。


 俺たちを除き、皆等しく氷と化したのだ。


「おぉ……!」


 思わずため息が漏れる。

 まるで芸術作品のようだった。


「この氷は溶けたところで中の魔物が生き返ることはないよ。だから安心して進める。伶くん、炎をお願いね」

「了解」


 剣を構え、そこに〈龍炎〉をまとわせる。


 ふっふっふ。ここ最近練習していた技を、ついにお披露目することができるようだ。 


 さぁ、刮目せよっ!


「蒼剣流剣術――開闢かいびゃく


 上に構えた剣を、勢いよく振り下ろす。


 すると、炎の剣戟が眼前にある――そして、遠くまで伸びる氷壁までをも真っ二つに斬り、一本の道を作り出した。

 氷の破片が、陽光に当たって美しくきらめいている。


「さっすがレイね!」

「伶さん、すごいですっ!」

「いやいや、それほどでもないよ」


 え、女の子に褒められて頬が緩んでる、だって?

 ははは、そんなわけないじゃないか嫌だなーもー……ねぇ?


「さっ、行くよ皆。あの塔まで真っ直ぐに!」


 ◇


 真っ白で無機質な——近未来的な印象を覚える――その塔は、やはり近くに来ても異質さが際立つ。


 一歩入ると、中はまたダンジョンおいて珍しい景色だった。


「ようこそ、探索者の皆様。私はこの塔の案内役を任されております、コルーと申します」


 目の前に現れたのは、平坦な表情の――真顔、というには人間らしさが薄いが――人間だった。


「このダンジョンはこういう感じなんだよ。このコルーはダンジョンによって生み出された人間ではないもの――魔物でもないから機械と呼んで区別してるんだ」

「機械、ですか……」

「そう。ま、魔物も後で出てくるけど、少なくともここは機械のいる場所ってこと。探索者の中じゃ有名な話だよ」


 今までファンタジーなものばっかりだった中で、いきなり機械が現れるとは驚きだ。知識はネットで共有されているものも多いが、難易度が高いところは攻略する人も少なくなる。だから俺もあまりよく知らない。


「そういえばアルマちゃん、先に入った人たちはどこに?」

「それについては私から」


 コルーが遮って続ける。


「このダンジョンにおいて、攻略者の皆様はそれぞれ別の次元に転送されています。同じ内容ですが、ほとんどの階層においてはそういった方式になっているのです。既にここも第108セクター――つまりは共有されていない場所なのです」


 なるほど、だから大規模な攻略作戦を遂行しているにも関わらずスタンピードが起こっているのか。魔物をいくら倒しても、どこかのセクターで溢れれば外に出てしまう。


「本日は“コア様”のご機嫌が斜めなので難易度が高いです。なぜか攻略者も多いですが……ともかくお気をつけてください」

「分かった。案内ありがとね」


 そう言って微笑んだ後、アルマさんはコルーを一瞬で斬り伏せた。


「「「っ!?」」」

「こいつ、結構いろいろできるから邪魔なんだよ。S級の知識を侮らないことね。じゃ、行くよ」

「はっ、はい!」


 奏手さんがついていくので、俺たちもそれに追従する。


 白い部屋の奥にあった階段を登ると、そこにはまた白い部屋があった。体育館くらいの大きさはあるだろう。かなり広い。

 そして、そこには先程のコルーと違い、明らかな「機械」がいた。たった1体、ぽつんと。大きくはあるが、丸いフォルムは可愛らしさもある。


『敵性反応、検知』

「なるほど、ロボットか……」


 まぁ、最初の肩慣らしといったところか。言うなればチュートリアル? なかなかどうして親切な設計である。


「……ルナイルちゃん。盾をお願い」

「分かったわ。〈金守ゴルディース〉」


 アルマさんの指示によってでっかい見慣れた盾が現れ、それを構えたルナイルが俺らの前に立つ。


「皆、戦闘準備」


 緊張が滲む声でアルマさんがつぶやく。そして、ルナイルの後ろに立って臨戦態勢になった。


『攻撃――開始』


 刹那、爆音が鼓膜をつんざく。次いで視界は黒煙に覆われた。

 盾に何か爆発するものが激突したようだ。


「《氷爆》ッ!」


 それは、かつてシルフィアが使った魔法。その勢いで黒煙が吹き飛び、ロボットまで届き、氷の中に封印してしまう。


 だが、効力は薄かった。


『対処』


 それだけで、封印するかのように身体を覆っていた氷は弾け飛ぶ。


 ルナイルは無事なようだが、あの攻撃が何回も来れば怪我をする可能性が高いだろう。かなり心配だ。


「治療しますねっ」


 そして、変態――じゃなかった、奏手さんが治癒をかける。体力が大いに越したことはないだろう。


「伶くん、あれを見て」

「アームが三本……うわ、先端に刃物っ」

「あれはかなり自由に動くアームだよ。それぞれ一人一本ずつ担当して、全部壊したら本体に全力を叩き込む。分かった?」

「了解!」「ガオッ」


 さっきチュートリアルとか言ったやつ誰だよ!

 祝砲みたいに爆発物を——ミサイルをぶち込む奴のどこが親切なんだよ!


「すぅ――はぁ。ルナイル、盾を頼む」

「この前みたいにやるのね。おっけい」


 追従式の盾が現れる。

 あのミサイルを耐えるんだ、きっと大丈夫なはず。


「この前もらった技能種子スキルシードで得たスキルを披露するとしよう。〈大樹腕たいじゅわん〉」


 すると、俺の腕が変化し、大樹のような見た目と質感になった。


 これはこの前のスタンピード攻略報酬でもらったものだ。

 急流の皆はすでに充分スキルを持っていると断られ、イラードくんには謝罪されながら譲られ、他の皆もいらないとのことで俺が使った。売るメリットも特になかったから妥当ではある。


「それじゃ、改めて始めようか。《|氷魔王装《フロステスト》》」


 アルマさんの剣が、身体が、鎧のような氷に包まれる。


「ガオッ――」


 何らかの魔法を使ったのだろう、ティアの四肢から紫電がほとばしる。


「〈神獣脚〉〈天空眼〉〈龍炎〉」


 足に獣を、眼に天空を、剣に龍炎を。そして、腕に大樹を。


 それぞれ全ての用意が整い、ロボットと相対する。


『戦闘再開』


 その言葉と共に、再び戦の火蓋は切って落とされた。








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