噂の聖女に会ったと思ったらいきなり治癒魔法かけていいか聞かれる。うん、意味不明だ。どう反応すればいいのかさっぱり分からん。
「え、いや別に怪我してないですけど……」
「それでもです! お願いします! お金を取るわけじゃないので! かけさせてくださいっ!」
……そういや、噂は「ダンジョンを爆走してなんの対価も要求せずひたすら治癒魔法をかける少女がいる」というものだったか。ここはダンジョンではないが、噂とはほぼ違わない。
まさか、聖女の正体が「治癒魔法フェチ」とか思ってもいなかった。
なんでそう思うかって? 完全にオタクの顔だからだよ。
「分かりましたよ……ご自由にどうぞ」
「ありがとうございます!!!! 感謝を込めて一発おっきいのを! 《|再誕《リバース》》!」
「えっちょっ!?」
聖女の手から放たれた暖かな光が、俺を包み込む。
この癒やしは、いつもの魔法とは違う。
――まるで、治すのではなく作り変えるかのような感覚。
それに加え、使用されている魔力量はとんでもないものだった。この前の【
……つまり、彼女は怪我もしていない人を癒やすのに街が半分吹っ飛ばぶような魔力を使っている、ということになる。
ついでに言えば、魔力はまだ80%残っているようだ。あっちの戦場で回復術士として駆け回っていたはずなのに。
「
「アルマちゃんっ! 久しぶり!」
聖女――名前は奏手というらしい――を呼んだのは、水色、というより氷色のショートヘアの女の子だった。
腰には剣があり、剣士であることが分かる。
「アルマ……あぁ、もしかして、元配信者の……!」
日本三大クランの一つ、【
彼女は10年前にデビューし、その可愛さから注目を集めた。その後相棒となるヴェインという少年の配信に出演し、彼がチート無双したことをきっかけに大バズリ――という経歴がある。
ヴェインとの結婚を機に配信者は引退したものの、今でも人気は根強い。
「あっ、私の事知ってるんだ。じゃあ説明はいらないね。君の名前は?」
「帰宵天結に所属している朝宮伶です。B級の高1です」
「伶くんだね、よろしく。奏手ちゃんも、ほら」
「あっ、奏手といいますっ。
さっきはアレだったが、やはり奏手さんは聖女だ。魔法関係なく、雰囲気がそうなのだ。
それと、
奇しくも、ここにトップクラン所属の三人が集ったのだ。俺はともかく、実力も折り紙付きなのは実績が証明している。S、A、Bとランクも高い。
「伶、私は他のとこいくから。んじゃね~」
「あっ咲月さん!」
そう言って風のように去っていってしまった。
……え、知らない人とパーティー組んで戦えと?
そんな不安に駆られた俺に、救いの手が文字通り差し伸べられる。
「だ~れだっ」
いきなり目を手で隠された。最近誰もやってないやつだ。
ただ、声には聞き覚えがありすぎる。
「――その声はルナイルだな?」
「せーかい! さっすがレイね。話は聞かせてもらったわ。あたしたちがいるから大丈夫よ」
「おぉ! それは心強い!」
「ワタシもいるわ。5人くらいいれば――もごもご……!!」
ティアがいきなり喋りだしたので、慌てて持ち上げ口を塞ぐ。
しまった、人前では喋らないでと言うの忘れてた。
喋る獣――魔物も含め――はかなり珍しい。これ以上注目されたくないのだ。戦闘において必要になるまで喋らせたくはない。
「ティア、頼む。これが終わるまでは動物のフリしといてくれ」
「ふんっ、目的さえ忘れてないなら協力してあげるわ……ガ、ガオー」
「……それでいいや」
動物の鳴き声を文字にした「ガオー」ではない。はっきりと、ガオーと言葉にしている。
なんで出せないんだよ……とは思いつつも、なんとか誤魔化せたようだ。というか、多分何も気にしてなさそう。顔がもふもふを目の前にして蕩けている。それでいいのか探索者。
「れ、伶さん……! その子、名前はなんて言うんですか?」
「ティアです」
「ティアちゃん……! 赤い毛並みと九本の尻尾……可愛い……! もふもふしていいですか!?」
「……どうぞ」
「ガオッ!?」
――彼女は犠牲になったのだ。もふもふの
「ルナイル、そういやどうやって来たんだ?」
と、その間に聞きたかった事を聞いておく。
「それがね――」
曰く、学校にいないシルフィアたちを探して原汐の4人が俺の家に来たそうだ。そこで、学校から帰っていた日向が応対。
知らない人だったので「帰ってください」「気持ち悪いです」「変態」「変質者」「通報しますよ」など恐ろしい発言を繰り返し、雄一さんの
そして、目的と場所を教えられた二人は、ティアの背に乗ってここまで飛んできたという。どうやらネコバスならぬトラエアプレーンなようだ。
え、全然上手くない、だって? 知るか。
「えーっと、アルマさん。実はまだ目的を聞かされていないんですが……」
「そ、そうなの!? それじゃあ説明してあげるね」
説明モードに入ったことにより、ティアは腕の中を脱出、俺の背後に隠れた。
「まず、私たち以外にも三大クランが連合でパーティーを組んでる。相性なども考えて編成されてるらしいよ。そして、その連合軍がそれぞれあそこのダンジョン――【
「「なるほど……」」
俺と奏手さんの声が重なった。
ルナイルも頷いている。
「それで、そろそろ出撃命令が出ると思うから、それまでの間に作戦とか決めておきたいんだよね。だから皆のできることを教えて欲しい」
「えっと、私は見ての通り治療です。死なない限りは大丈夫、です。あと怪我してなくても回復させてください」
死なない限りは治療できる――これは普通ではない。
基本的に治癒魔法は、絆創膏貼っておけば治るような傷をすぐに治せる程度だ。無論それもすごいことだが、例えば腕がなくなった、とかは普通は無理だ。ないものは作れない。
だから血まみれの康太さんを治療したシルフィアは聖女かと驚かれたのだ。あれはかすり傷ではなかった。
「俺は剣で戦います。あと炎魔法が使えたり、自由自在に動けます。目もいいです」
「ほぉ、機動型の剣士か。いいね。期待の新人って聞いてるし、私も期待させてもらうよ」
……嘘は言っていない。炎魔法が龍の炎だったり、獣の足を作って駆け回ったり、体力魔力も見れるのは言っていないから。
「そこの金髪の子――名簿にはルナイルってあったね。は何ができる?」
「自己紹介の手間が省けて助かるわ。私はタンクよ。どんな攻撃でも防げるわね。一応戦う術も持ってるから、心配しないで」
「なるほど、戦えるタンク。素晴らしいね。頼りになりそう」
ルナイルのスキル〈
「最後に……ティアちゃんは何ができるの? 危険だから連れて行くのは良くない気がするんだけど……」
「もちろん戦えますよ。動き回って広範囲に魔法を展開して敵を殲滅できます」
「えっ、戦えるの!? と、とんでもない子だね……」
奏手さんも驚いた顔をしている。「こんな可愛いのに!?」という声が聞こえてきそうだ。
「ちなみに、私は〈氷魔剣王〉ってスキルね。氷魔法と剣術ができるよ。伶くんとティアちゃん、私はアタッカーかな。奏手ちゃんはヒーラー、ルナイルちゃんはタンク。それでいいかな?」
「えぇ」「はいっ!」「いいわよ」
さすがS級。プロだ。かなり手慣れている。
――その時、アルマさんの方からスマホの通知音が聞こえた。
「そろそろ時間だよ。それじゃ……いこっか」
そして俺たちは、まだ争いの音が止まない戦場の中を進み、ダンジョンへと入っていった。