「ギッ……!」
一匹の悪魔は全力をもって飛んでいた。何かに追われているわけではない。ただ、その目で見た化け物たちの事を伝えるために。
数十分ほど姿を隠しながら街を飛翔し、町外れの廃墟へと辿り着いた。
そこには禍々しい「影」があり、悪魔は臆すること無くそこに入った。
それはゲートだった。本来召喚者の影か、召喚魔法陣から行けるはずの、悪魔の世界――魔界へと繋がる、外部のゲートだ。
「早く……長に伝えないと……!」
悪魔は人と契約し好き勝手暴れる種族。
しかし、会話ができると知られると悪いように利用される恐れがあるため、彼らは虫のような音を出しているだけに過ぎないのだ。見た目も人のようには見えないので疑われない。
「通してくれ! 長に奏上すべきことがある!」
「中級ごときが長に? 笑わせるな」
彼は城のような場所にいた。魔界には規則などほとんどないが、最も強い悪魔が長を務め、支配する権力を持っている。
だが、別に敬意はない。ただ面倒事やら倒せない敵やらは長やその部下の
だが、中級の実力で長を呼ぶのは馬鹿げていると判断されたのだろう、門番には鼻で笑われてしまった。
「
「……なるほど。それは面白い。通れ」
門番を説得することに成功した悪魔は急いで城の中へ入り、長のいる場所へ向かう。
天使と違って、悪魔の社会形態は「魔力さえ得られればそれでいい」からこそ成り立っている。強いやつはいっぱい魔力を持っている、当たり前のことだ。
「長! あなたのお力を借りたい!」
「ほう、申してみよ」
広い中庭にいた長に声をかけ、彼は再び同じ事を説明した。しかし、より詳細な情報も交えている。
それを聞いた長はふむ、と鼻を鳴らし、思案顔になった。
「……なるほど。
「えぇ! あの白い髪、まとう雰囲気――以前に感じたものと同じでした! 視線で射抜かれた途端に震えが止まらなかった……」
彼が白の剣鬼と出会ったのは数年前、まだ下級だった頃。
つまりは白の剣鬼の反抗期だ。
技術を磨くため、強くなるため――と口にしながら、一心に魔物の種類も問わず斬り伏せていたあの姿は、魔力の多さと強さから「いつか喰らいたいランキングNo.1」を毎年獲得し、多くの悪魔から憧れを抱かれている。もはやアイドルだ。
「分かった。後日、それらを喰らいたい者共を集めよう。それでいいか?」
「もちろん! あいつらを喰えれば上級悪魔にだって……!」
悪魔の階級は、喰らった魔力量に比例する。最も強いということは、最も多く魔力を喰らった者。当然である。
「では、下がってくれ」
「はっ!」
そうして一人になった部屋で、長は呟く。
「魔力が多き男……ふふっ、我の結婚相手に実に相応しい……嗚呼、この子宮が疼いておる……」
恍惚とした表情でまだ見ぬ相手に思いを馳せ、下腹部をそっと撫でる。
「白の剣鬼を贄とし、さらなる高みを……!」
その言葉は誰にも聞こえていない。
しかし、全ての悪魔の目指すところであるのは、疑いようのないことだろう。