「では、今日はこの活用を覚えていきましょう。この単元で重要なとこなので、しっかり覚えるように」
俺は文系だが、古文は苦手だ。暗記はでき、小テストではなんとかなっても考査で死ぬタイプの男だ。つまり、今は終焉なる時ということだ。
まったく頭に入ってこん。あーやばい、寝そう……
「……はっ!?」
いかんいかん、と思ってなんとか目を覚ます。
しかし、音が全く鳴っていない。もしや、俺当てられてたりする!? うわやばい――
「って、皆寝てる……?」
いきなりとんでもない状況だ。皆が机に突っ伏してる。先生ですらもだ。
まさか、これが噂の明晰夢ってやつだったりして。もしそうだったらちょっと嬉しいな、体験したことないから!
……と、その時。
「ここは夢ではない。そして、紛れもない現実」
「誰だ!」
足音と共に、教室の外から声が聞こえてきた。可憐な少女の声だ。
もしや、天使だろうか。最近ご無沙汰だと思ったら、まさかこんな大規模な攻撃を仕掛けてくるとは。ちっ、本当に厄介な相手だ。
俺は席から立ち上がると、懐にこっそりしまってあった魔道具――シルフィアにもらったやつだ――を起動した。手の中に現れた蒼剣を構え、きたる敵の姿をじっと待つ。
そして、現れたのは――
「じゃじゃ~ん! 咲月ちゃんでした~!」
「なんやねんっっっっ!!!!!!」
警戒して損したわ! ちくしょう!
「それじゃ行くよん。状況は最悪だからね」
「は……? ちょっと腕引っ張らないで――って力つっよ!?」
「A級舐めると痛い目見るぞ~?」
「わかりました! わかりましたから! 行きますから歩きながら説明をしてください!」
それから、種明かしをしてもらった。
「私の二つ名は覚えてる?」
「【
「そう! そうとも! そして、君に使った魔法——《絶魔《エクスマナ》》を今回も使ったんだよ」
「……というと?」
「知っての通り、魔力は今や人間の重要な要素。水や栄養と同等。では、魔力がなくなるとどうなるか」
「気絶する……あぁ、魔力欠乏症ですか!」
「
知ってる知識の応用編、だったというわけだ。すいませんねバカで!
「それで、こっからどうするんです?」
「私の持ってる
「ないですね。ちょっと楽しみです!」
「ふっふっふ、じゃあ楽しんでくれるだろうね! 何せ私の運転だもの!」
◇
……そんなことを言ったのが、運の尽きだった。
「うわああああああああ!?」
「やっふー! きーもちー!」
どうも、平日真っ昼間から高速道路をバイク二人乗りで爆走している高校生、朝宮です。現在は喉を枯らすタイムトライアルに挑戦しています。
「これ時速どんくらい!?」
「ん、安全考慮でセーブしてるから300くらいかな?」
「目的地まで高校から!?」
「30キロメートル!」
「ってことは……6分で到着する!? 体感10分経ってるよ!?」
魔物と戦った経験はあっても高速ジェットコースター安全バー抜きみたいな死の瀬戸際バイクは経験ないのだ。時間、長いっす。
そこから芽生える「死にたくない」という心からの祈りを叶えるため〈天空眼〉を使っていた。そのおかげで景色が綺麗に見えるのはいいとして、一瞬で計算ができてしまったのはなぜだろうか。もしや、この前感じたように思考速度上昇の能力でもあるのかもしれない。
「おぉ! 計算早いねぇ! でもまだ3分! あと半分だよおめでとう!」
――瞬間。俺の眼は、海上に浮かぶ臨界区域を見つけた。ただ、それが明らかに普通ではなかった。
「お、見えた見えた、目的地だ。伶! あれを見ろ!」
「え~!!!!!!!!」
お祭り男みたいな反応になったが、咲月さんが指し示した場所は紛れもなくその臨界区域だ。
では、何が普通ではないのか。
「魔物が……臨界区域いっぱいに溢れてる――!?」
「今なんとか色々なクランが止めてるけどね。私たちはあれの救援と鎮静が目的だよ」
ふと思い出す。
スタンピード。俺たちが、数週間前に解決したはずの現象。
それが、今あの場所で起きている。規模をさらに大きくした上で、だ。
「さっ、着くよ。シルフィアちゃんたちは脩吾が連れてきてくれるから安心してね。もしかしたら着いてるかも……あっ、あれは」
「ん?」
咲月さんがぼーっと見た方向を見ていると――刹那、天空から剣のような光が降り注いだ。大きな円形の臨界区域をすっぽりと覆っている。
「なっ……!?」
「あれこそ脩吾の『聖剣』の力だよ。シルフィアちゃんにボッコボコにされてたけど。きゃはっ、思い出したら笑えてきた!」
いきなり爆笑し始める咲月さん。
いくらこのバイクが大きいからってそんなに揺れると転げ落ちそうなんですけど!
あと俺はそれどころではない。
これが……A級の力なのか、と戦慄していた。
たった一人で教室にいる40人近くを眠らせたり、数百数千の魔物を一撃で滅ぼしたり。
「A級は化け物、人外だ」――その言葉の意味をここで理解した。実感した。肌で感じたのだ。
では、親父はどうなのだろうか。〈設計〉と〈建築〉以外に、何か能力があるのだろうか。
それに――シルフィアも。異世界とはいえS級。というか、あっちが本場なのだからもっとすごいに違いない。
果たして、あの可憐な少女の真の力はどれほどなのだろうか。
「じゃ、あそこまでひとっ飛びじゃーい!」
「ふぁっ!?」
あれこれ考えていると、視界は高速道路ではなくなっていた。じゃあどこか、って聞かれると、こう答えるしか無い。
「空中」だ、と。
……あぁ、紐なしバイクバンジー(?)をすると知っていたら遺書を書いたのに!!!
「いつまで目閉じてんのさ。ほら、着いたよ」
あまりの強さに目をぎゅっと閉じていても、戦闘音が鳴り響いていればあらかた想像はつく。
「……これは」
魔物と人の死体がそこら辺にある。もちろん、人のほうが少ないが、それでも十数人のものが一目で確認できた。さきほどの聖剣による攻撃で魔物は消し飛んでいたが、それでもまだまだ溢れてきいている。
「えっと……! すみません、お名前聞いてもいいですか?」
「私は……【
「あぁ! はい、知ってますよ! なるほど、聞いていた情報と合致します!」
いきなり声をかけてきたのは、ふんわりとした雰囲気をまとった少女だった。儚げで、しかし美しさを感じる。服装はシスターっぽさがある。宗教的な感じだろうか。
「こんな有名人と会えるなんて嬉しいです!」
「君も相当有名人でしょ……【聖女】ちゃん」
「せい……じょ……!?」
えへへ、と照れてなのか恥ずかしそうに笑っている。
「男性の方、お名前お聞きしても?」
「えっと、伶っていいます」
「伶さんですね。じゃあ、治癒魔法かけていいですか? というかかけさせてください!」
少し顔を赤らめ、切迫した表情でいきなり頼み込んできた聖女。
あぁ、これは……また大変なことになりそうな予感がするなぁ……