と言ったものの。
森を越えねばあの城に辿り着くことはできないだろう。
「ヤーッ!」
「木が動いた……!?」
「伶、あれはトレントだよ。結構厄介な奴だから気をつけて」
ちっ、龍炎はマズい気がするしな……さてどうしたものか——
「んね、ほーくん、やっちゃお?」
「確かにそうですね、ふーちゃん。では——《爆炎華》」
……なんでことでしょう。
森が、目の前で焼かれています。SDGsに真っ向から喧嘩を売ってしまって大丈夫なのでしょうか?
「いっけー!《暴風波》!」
そこに、風の津波が襲いかかり、炎を更に燃え上がらせる。
「「「ヤーッ!?」」」
「まだ動いてなかったトレントまで苦しんでるし……なむなむ」
「……ティアちゃん的にはこれいいのかしら」
ルナイルが引いた声色で問いかける。
「ふん、トレントはワタシたちの敵よ! いつも爪研ぎに使ってたんだから!」
「……猫」
「シャーッ!」
「猫やんけ」
「猫ね」
「猫だね」
「ニャーッ!?」
ティアは虎とは言ったものの、やはりネコ科なようだ。……飼おうかな? いや飼ってるも同然か。
「まだ……トレントがいるなんて……」
「本当じゃないかやーみん! ここは僕の光魔法で――」
「〈龍炎〉」
「うわあああ!?」「ヤーッ!?」
やーみんの言葉にひかるんがキラキラ颯爽と出てきたので、丁重にお邪魔させていただいた。
「……これで片付いただろう。皆、次の目的地は向こうに見える都市だ」
みーくんが先頭に立ち、ダンジョンを――焼けて荒れ果てた森を――ぐんぐんと進んでいく。
「うっわ、完全に西洋だなぁ……」
「なるほど、日本はこういう街ないもんね。あっちだったらそこら中にあるのに……」
「こういう街を――城塞都市を滅ぼすのは結構大変なのよ。ワタシたちに喧嘩を売った蛮族は。大抵あの中に逃げればいいと思ってるし」
「怖すぎる!?」
「伶、気にしないほうがいいよ……私たち教会も注意喚起してるけど、結局魔物として狩ろうとする輩は絶えないんだから……」
「自然界こえーよ……」
もし異世界に行くことがあるならば、絶対に外に出たくない。それこそ目の前にある城塞都市から出たくない。シルフィアの出身地だという帝都は防衛システムがとんでもないらしいし、ぜひそこで安寧を得たい。いやマジで。
「やっと街に入れるんだね。帝都には勝てないだろうけど、どんな感じか気になる」
「って言っても、門は固く閉ざされてるんだが」
「よーし、それじゃあこのシルフィアさんに任せなさいっ!」
「朝宮くん、この子強いのは分かるけど大丈夫なの……?」
「つっちーさん……迷宮の壁を嬉々としてぶっ壊す少女を心配するほうが間違ってます」
「うぇ、迷宮の壁を……!?」
「いっくよー! 《|大きな門って邪魔だよね《アンブレイカブル・ブレイカー》》!」
バゴーン! と、堅牢な門は木っ端微塵に破壊された。
ついでに言えば、皆はドン引きしている。
「この大きさの門を、一撃で……」
「とんでもない人っ……」
って感じでね。二度目だからもう驚かないよ。壁と常識が既に破壊済みだからね。
「それじゃあしゅっぱーつ!」
呑気なシルフィアに続き、街の中に入っていく。
――中は普通の西洋建築だった。ヨーロッパに普遍的にありそうな感じで、もちろん現代っぽくはない。中世の雰囲気が漂う町並みだ。
「ふむ、住人はあんまいないようだな」
「少なくとも活発じゃないねっ! 寂しー!」
「ふーちゃん……そのテンションで言う事じゃ……ないと思う」
「やーみんは暗すぎ! この街まで暗くなっちゃうよ!」
刹那、俺たちを影が覆った。フラグ回収の世界記録に違いない、と思うような速度だ。
「《爆》ッ!」「散華ッ!」
ほーくんとシルフィアが素早く反応し、爆発と見えない速度の斬撃が混じり合う。
一瞬でバラバラになったその影は重力のままに落下し、その姿を露わにする。
「これは……人形か? しかも5体くらいって殺意たっか」
俺の呟きに、ルナイルが何かを思い出したような素振りを見せた。
「この人形、見たことあるわ。あくまでおもちゃという扱いの自律型人形として貴族の間で密かに流行ってたのよ。あたしも一枚噛んでたから利益を享受させてもらったけど……こんなところに出てくるとは」
「なるほど。ということは、ここは人形が襲いかかってくる街という解釈になるのだろうな――ふんっ」
襲いかかってきた人形の首を、みーくんは水で作った腕を使ってへし折った。水なのに脳筋スタイルなの意味不明すぎる。
「みーくん、この街を焼き討ちしてもいいですか?」
「……ダンジョンだから許されるだろう、多分。それが解決策として優秀ではあると俺も思うわ」
「よし、シルフィア、俺と一緒に家を焼こう」
「ま、まぁ……しょうがないよね、うん」
「焼き討ち参加しない組は退避してましょ……あたしタンクだし守るわよ」
「じゃあ私も……」
「ワタシは滅ぼしに行くわ!」
シルフィアの魔法によって一気に街の半分が吹き飛び、ティアの雷で一部が消し去り、他の皆と俺で残りを燃やし尽くした。
そうして数分後、街は焼けて朽ち果てました。もう悲惨すぎて説明する気にもなれない。ドッカーンしてバーンしてパチパチドーン! だよ。
「……すごい、城だけ綺麗に残ってる」
「私、あんまり狙わずに爆破したのに……あそこだけ耐久力が段違いだね」
爆弾少女もといシルフィアさんがさらっととんでもない事を言っている。
一瞬で街の半分がなくなって、人形の残骸が空中を飛び交う地獄絵図だったというのに……雷鳴が鳴り響く天災だったというのに……放火魔の気分を味わってたというのに……
ただ、それで面白いことが起きた。城の周りの抉れた部分に、もう一つの入口があったのだ。ドッカンしないと絶対に入れない入口、入るしかないだろう。
そんなこんなで「耐久力が段違い」な城に入ると――なぜか一面に砂漠が広がっていた。城の構造ガン無視で。
「存在しないオブジェクト、だから壊れない……納得がいくような、いかないような」
「あっくんが何言ってるかわかんないけど、私砂漠とか来たこと無いからテンション上がるー!」
「日差し……つらい」
「はっはっは! やーみんは弱いな!」
元気な奴らが騒いでる中、何かが前からやってきた。
「なぁシルフィア、あれって――」
「虎、だね」
「ってことは……」
「ワタシの出番ね!?」
婚約相手を探してくれとティアに頼まれているのを思い出した。まさか、本当に虎が出てくるとは思わなかった。もしかしたらここで婚約してそのまま連れ帰る、なんてこともあり得る。
「なるほど、目には目を、虎には虎を……か」
「色々事情はありますけど、まぁそんなもんですよ」
「ティアちゃん頑張れー!」
「そこの虎、ワタシに勝てたらワタシと婚約してあげてもいいわよ。どうする?」
「シャーッ!」
「その意気ね。かかってきなさい!」
それ威嚇じゃないんだ……と思った瞬間、紫電が視界を駆け抜けた。
相手の虎もなんとか応戦しているが、かなり苦戦している様子。
「伶、あれ見て。あ、あんまり顔を向けずに」
シルフィアが小さな声で呟く。天空眼を使い、とりあえず言われた通りにその方向をちらと見ると、見覚えのある外套を着た人影が数人分見えた。
「あれって……」
「魔将の腕――今回のスタンピードに一枚噛んでるんだと思う。あの虎も多分彼らに召喚されたものなんじゃないかな。ステータスで名前は覚えたから、次見たら必ず捕まえられるよ」
「ひえっ……」
また恐ろしいところを目撃してしまった。頼もしいとも言えるけど、ステータスで識別するとか変装を一切無効化するのはどう考えてもとんでもないものだと思う。俺なんかせいぜい体力と魔力の残りを見れるくらいだと言うのにね……
「いけティア! そいつの体力はあと50%だ! もう半分とかすごいじゃないか!」
「ふん! 言われなくても分かってるし当然よ! 《|雷爪《エレトクロー》》!」
爪から繰り出される雷の衝撃が虎を襲う。砂を蹴り、頑張って逃げるも、一本に当たって身体が宙に浮く。
追撃はない。しかし、それは戦いが終わったことを示していたのだと気づいた。
「あいつ、自分が最強か何かだと思って調子乗ってたのよ。はー、すっきりした! バカを懲らしめるのは中々楽しいものね~!」
「バトルジャンキーすぎるなティア……あと怖い」
ティアに近づきつつ、こっそり辺りを見回す。しかし、魔将の腕はどこかに消え去っていた。
俺の眼で見えない場所にいるか、眼を欺く方法があるのか。どちらにせよ、追跡は不可能なようだ。まぁ、シルフィアがうまいことやってくれるだろう。勝手に追跡魔法くらいつけてそう。
「む、あそこに転移陣があるな。んじゃ、さっさと入ろうか」
「おー! ダンジョン攻略せいこー!」
「宝箱もあるよ。ね、ふーちゃん一緒に開けない?」
「いいけどつっちー、皆で平等に開けないとじゃない?」
「そ、そうだった。皆さんどうします?」
「ワタシは興味ないわね」
「あたしの魂が宝箱を欲しているのよ!」
「あっ……僕は……い、い……です」
……各々が呑気に会話をしている中、俺とシルフィアだけは中空をずっと見ていた。
「朝宮さん、シルフィアさん、何してるんですか?」
「ほーくん……これ見えないのか?」
「いえ、全く。ひかるん見える?」
「ないな!」
「だそうです」
そこには、魔力で出来た文字が記されていた。
内容は『幸福な民は傲慢になり、全てを欲する。与える王は貧しくなり、全てを奪われる。しかし、与えぬ王は更に奪われる。天は味方などではない。地のみが救いをもたらす』というものだった。
「中身の分配はあとで決めるとして……二人とも、そろそろ帰るぞ」
「あっ、はい!」
――こうして、スタンピードだったのかどうか分からないダンジョン攻略は幕を閉じたのであった。