ワタシは獣の村の広場で、婚約者たちをぶっ倒し、最強の
「(なのに、どうしていきなり弱そうな男に召喚され、悪魔と戦わせられ、意味不明な力を見せつけられ、逃げる羽目になってるのよ!?)」
内心毒づいたってしょうがない。砂埃が舞う階段は、今にも崩れそうなほどに振動し、ヒビが入っている。
目の前の男がなぜ「獣神の足」をしているのか――いや獣神の足に「成った」のかも気になるし、そこの白い女がいかようにしてあれほどまでの力を身に着けたかも気になる。
「(だけど、『まずは生きて帰る』――間違いないわね。全く、面倒なことに巻き込んでくれちゃってっ!)」
必死に足を動かし、階段を登り、建物の中を疾走する。
白い女に抱きかかえられてる金髪はともかく、二人はこの
強さも、速さもあるなんて、ワタシからすればまさに理想の姿だった。この二人が同じ種族ならばすぐにでも結婚したかったのに、と悔やむことしか出来ない。
――強い者こそ正義、という信条を掲げるワタシたち獣神族にとって、興味が尽きない。それどころか、もっと知りたくてしょうがない!
「(決めたわ。これからワタシはこの二人に従おう! あわよくば、結婚相手を見つけてくれるかもしれない――!)」
◇==シルフィア視点==
敵対したら村ごと滅ぼされるで有名な獣神族、しかもその中のトップに近い存在を召喚するなんて、伶は本当にとんでもない。
なんだか好奇心に満ちたキラキラした目で見てるからいいけど……もし敵対したらすぐにでも切り捨てないと危ない。地域一帯が灰燼に帰す可能性すらある。
私の周りにいる精霊やその他を見たあの神凪って男がいればどうにかなると思うけど、それでも怖いものは怖い。伶が上手いことオトしてくれればいいけど――いやこれ以上敵が増えてどうするのシルフィア!
あーもうどうすればいいのさー!?
「さて……なんとか安全な所まで逃げ切れたな。彼らは生きてると信じよう……南無南無」
「多分生きてるんじゃないかな。魔導具とかたくさんあったし」
「そうだといいわね……」
さすがにどんな魔導具があったか、と全部分かったわけではないが、自分の身を守るものくらいはあるはずだ。あの状況で起動できるかはさておき。
「ね、ねぇ……そろそろワタシについて触れたりしない?」
「おっそうだな。それじゃ、クランまでの道中で自己紹介でもしよう……なんだか見たことあるなこの展開っ」
という伶の提案で、自己紹介をすることになった。
私とルルちゃんと伶はいいとして、問題はこの虎だ。
「ワタシの名前はティア・ヒルドールヴ。見ての通り
「お願い? 言ってみてくれ。何かの最中に召喚しちゃったっぽいし、少し申し訳ない気持ちだから――」
「ワタシの結婚相手を探してほしいの!」
伶がわざとらしくズコーン、とコケた。
そうしたくなる気持ちは私も分かるが、事情を知っている身からすれば仕方ないと同情してしまう。
「け、結婚相手? なにゆえ?」
「……そ、その、ワタシっていくつに見える?」
「その質問怖いやめて怖い! 口裂けるの!?」
「裂けないわよ! いいから答えて!」
「えーっと……10歳とか?」
そうよね、と小さく呟くティア。
「私は知ってるよ。ルルちゃんも聞いたことあると思う」
「うん、あたしも聞いたことあるわ。名前聞いてやっと分かった感じだけど」
「えっ、この子有名人……!? サインとかもらったほうが良いかな」
「そういうのいいから! 10歳なんて若く見てくれてありがとね……残念なことに、実際はその20倍だから」
「に、じゅ……にひゃく!?」
あまりに愕然としたのか、それとも別の感情かは分からないが、しばらく挙動不審になっていた。
「萌え声ババアなんかそそるでごわすなデュフフ……じゃねぇや。そんなに寿命が長いなんてすごいな……とか言ってたら到着したうわ助かった」
どうやら別の感情の方らしかった。
伶は時々よくわからない言葉を発する。なんだかミステリアスでそれもまた良い。秘密がちょっとくらいある方がこういうのはドキドキしたりするものだ。
「さて、あのクラマスに文句の一つでもつけてやらんとな」
そう言って支部に入っていくので、私もそれについていく。
「あの黒髪って……」「白髪と金髪の美少女……!」「あの配信の少年ってあいつじゃね!?」「でもクラン所属かどうかはわからないしな……」
一歩踏み入れた途端、いきなり注目が集まる。
伶を見ると、今度はちゃんと愕然としていた。なんなら青ざめている。
「おぉ、若造。元気にしとったか」
「
「あれ以来会う機会はなかったの。シルフィア、だったか。久しぶりじゃな。最近どうじゃ」
「元気にやってますよ。そちらもお元気そうでなによりです」
気さくに話しかけてきた白髪の老人。
たった数カ月ぶりとはいえ、前と変わらぬ様子だった。
人々が健康に過ごせるのはとてもいいことだと思う。そう思うと、この国は、この世界は素晴らしい。聖教会所属の身として、羨ましく感じる。
「金髪の……ルナイルか。前より強くなったな。儂には分かる」
「そ、そう? まぁ、この二人と一緒にいれば自ずと強くなるわね」
「そこの虎も気になるところではあるが……主らと話をしたいという男がおっての。着いてきてくれ」
――そう言って連れてこられたのは、クランマスターの部屋と似た作りの、しかし違う場所の応接室だった。
向かい側には、柔和な笑みを浮かべた背広姿の男が一人座っている。
「私はダンジョン庁の者です。皆様に少々お伺いしたいことがございまして、この場を設けていただきました。さぁ、おかけください」
私たちは素直に椅子に座った。
二人と一匹は平然と、あるいは緊張しているが、私は違った。
――こいつはまずい。
上手く隠しているが、漏れ出る「魔」が人間を遥かに超えた何かだ。今すぐにでも殺すべきか、いや、敵対行動を見せた瞬間か、あぁもう――!
「答えろッ! お前は何者だ!」
気づけば、私は魔剣【
「ちょっ、シルフィア!?」
「なっ……」
「ワタシは何に巻き込まれちゃったの……」
さすがに三人にはこれを見破れなかったようだ。仕方ない、この眼は特別なのだから。逆に見える方が異常まである。
それほどまでに綺麗な隠蔽技術と言える。
「あーあ。さすがにこうなっちゃうか……でも僕本当に話をしに来た――」
「嘘をつくなッ!」
「いや嘘ついてないから! だってほら、現に僕はまだ『名乗っていない』。そうだろ?」
「っ……確かに」
「じゃあ、改めて名乗ろうか」
すると、男の顔が闇に覆われ、一瞬で変化した。
「うっそだろおい……!?」
伶が驚いたような声を出す。
私にはさっぱりだが、この感じはどうやら日本での有名人らしい。
「改めて。内閣総理大臣の
目の前にいるのは、齢25歳くらいの青年だ。肌も声色もまだまだ若い。そんな男が、一国の主だというのか?
「シルフィアは知らないだろうけど……彼は日本の最高権力者だよ。あと年齢は65歳」
「「「……!?」」」
「まぁ、若く見えるよねぇ。驚くよねぇ。でもしょうがない。事実だもん」
「……65のおっさんがこの口調なのジワる」
「おいコラてめぇ表出ろや!」
「総理が言って良いセリフじゃねぇぞおい!」
……私の杞憂はなんだったんだろうか。本当に。
危うく人生終了まで一歩近づくところだったなんて、伶は知る由もないんだろうなぁ。
でも――伶のためならそれでいい、かな。