夏休みが終わり、ダンジョンに潜る暇もなく文化祭や体育祭を楽しみ、テストに忙殺されているうちに月日は過ぎ、今は10月の半ば。
――その日、俺はいつも通り高校から帰ってきて着替えて椅子に座り、ゲームを楽しんでいた。あ、もちろん日向に手洗いをさせられた後ね。
スマホが振動し、一件の通知を知らせる。
そこには、咲月さんから「明日は土曜日だし暇でしょー? だから昼前くらいにクランに来て! クラマスがお呼びだよん」というメッセージが送られてきていた。
門に入り、シルフィアとルナイルにその旨を伝えて翌日。
俺たちはダンジョンに潜る準備万端の格好でクランに赴いていた。
「皆さんお久しぶりですね。もう1ヶ月半ぶりくらいですか」
「そうですね……神凪さん、その節はどうも」
「いやいや、伶さんが畏まる必要はないですよ。あれはささやかな私からのプレゼントです」
そう言ってはにかむ神凪さん。
いつまでも若さを保つイケメンフェイスには少し嫉妬してしまう。まるで芸能人を見ているみたいだ。
「そろそろ本題に入りたいんですが――話ってなんですか?」
「まぁ、長々と世間話をされても困りますよね。では詳しい説明を」
ごくり、と固唾をのむ。
「伶さん、『
「いえ、寡聞にして……」
「ちなみにシルフィアさんとルナイルにもお聞きたいのですが、どうですか?」
「私もないね」「あたしも」
二人とも、少し困惑が顔に出ている様子で答えた。
神凪さんは小さく「まぁ、そうでしょうね」と呟き、咳払いをして続ける。
「彼らは違法な兵器、危険物の開発を行う裏組織の一つです。皆さんには、これの潰滅をお願いしたい」
「う、裏組織……!?」
普通に生きていれば絶対に縁のない言葉だ。しかも依頼は「潰滅」ときた。本当にとんでもない大仕事すぎる!
「ち、ちなみに拒否権は――」
「ないですね。なにせ依頼主はダンジョン庁ですので」
「……ん?」
「ダンジョン庁――言い換えるなら、国です」
……探索者を始めて2ヶ月。なぜか国から依頼が来てしまいました。
俺も何を言っているかさっぱり分かんねぇ。でも大真面目な顔で言われちゃ困るよね。質の悪い冗談かなんかだと思う。
「あ、そういえばこの前私たちってB級になってたよね。それで『指名依頼が来るかもしれない』って伶が言ってた」
「確かにそんな事言ってたね~。すぐには来ない、とも言ってた。あたしはちゃんと聞いてるわよ」
「……ぬえええええええ?」
あー、この感じは逃げれねぇやつです。一介の高校生が国からの依頼を断れるはずもないけど、けど!!!
俺の胃は既に崩壊を始めてるし! 痛い!
「俺の平穏はどこにあるんだああああ……」
「じゃあ、資料を送っておきますのでお願いしますね。その格好なら今日にでも行けますね?」
◇
不幸なことにダンジョンに潜れる装備だった俺たちは、ドSフェイスな神凪さんに依頼内容と場所だけを教えられて「行ってらっしゃい」とニコニコで送り出された。追い出されたとも言う。
「しっかし、まさか初めての大仕事が『魔物研究施設調査』なんて堅苦しいものになるとはねぇ……」
「そうだよね。私ももうちょっと易しいものだと思ってた。びっくりだよ」
依頼は、魔将の腕が違法かつ出所不明の魔物を入手し、それを使って実験をしているので、それの討伐あるいは保護、そして組織の潰滅をせよ――ということらしい。
普通に難易度高そうで内心ビクビクしまくっている。
本当に俺ができるのか……? と不安になるのも仕方ないだろう。俺の胃をデストロイさせてきた原因の我が国日本を俺は許さない。
「ここかな。そうだよね、伶」
「あぁ。ここだな」
「うわ、すごいわね、これ……」
移動すること1時間近く。
すっかり郊外にいた俺たちの目の前には、いかにもな雰囲気の廃ビルがあった。
土地は広く、遮蔽物も多い。ビルも8階くらいはありそうだ。
まさに、悪党が好んで住み着きそうな場所だと思う。
「……ここ入るのめっちゃ怖いんだが?」
「じゃあ、ここは私が先に行こうかな。レディーファーストってやつだよ」
「元々の意味の方で使うことになるとは思ってなかった……」
シルフィアが平然とした顔で闊歩していく。
ルナイルはどうだと思って顔を見ると、「楽しみね~」と呑気な事を行ってマイペースに歩いていた。
「嘘だろ……?」
と言いつつ、慌てて二人について行く。
◇
明かりのない廃ビルは、昼間ではあるが中々に暗い。雰囲気も薄気味悪く、隙間風が心まで冷やすかのようだった。
俺たちはあくまで「肝試しに来た探索者」で行けばいいと言われている。武装した軍隊やらを出すと警戒されるからだろう。
そんな時、第一村人を発見する。
呑気にタバコを吸っている30代くらいの男だ。
いかにもヤクザ感漂う服装で、近づくなオーラが全開だ。
「……あ゛? 何こっち見てんだよ。つかお前らどっから入ってきた。不法侵入か?」
「不法なのはそっちでしょ。私たちを誰だと思ってんの?」
いきなりガンを飛ばすシルフィア。
可憐な美少女がいきなりこうなるとは思っていなかったのか、少しヤクザは狼狽えた。
「伶、この手の奴らは下手に出たら負けだよ。こっちは大義名分あるんだし、ストレス発散に使っちゃえ!」
そう小さな声で囁いてきた。
言ってることに反論が出来ないのが悔しい。
でも……一度やってみたいよね、そういうの!
「女二人と男一人……お前らいくつだよ。早くママのとこに帰れや。それとも死にてぇのか?」
「おっと、まだギリ犯罪してなかったのに目の前で脅迫かぁ~! さすが魔将の腕、やるぅ~!」
「クソガキィ……! 喧嘩売ってんのか!?」
「はい! 僕たちは喧嘩を購入させていただきたいと考えております!」
俺が満面の笑みで一言いってやると、一瞬でヤクザの顔が沸騰した。
「どっから俺らの名前知ったのかしらねぇけど……ここで殺してやるよぉ!」
懐からいきなり
ためらいもなく引き金を引いて発砲してきた。
パンパンパン――とビル中に音を響かせる。
しかし、その弾丸は俺たちを貫かない。
「ちっ、防ぎやがって……!」
「当たり前でしょう? じゃないとあたしら死んじゃうもん」
ルナイルの手には、いつの間にか大きな盾が握られていた。
「〈
「やっぱりお前ら覚醒者かよ。厄介な相手だな……」
バタバタバタ……と複数人が走る音が聞こえてくる。
「おい! ここで何してる!」
一瞬希望を感じたがしかし、現れたのは、警官――などではなく、数十人にのぼるヤクザたちだった。
紛らわしいなぁもう!
「なぁシルフィア。これ大丈夫?」
「大丈夫だって。大義名分あるから」
「えぇ……」
ダメだ、めっちゃくちゃ不安になってきた。