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#2:【夏休み】一人でまったり魔物討伐したい【B級】


 夏休みのある日、僕はギルドに呼び出されて突然B級になった。


 うんうん分かるよその気持ち。全く理解ができないよね。


 普通はB級になるまで1年か2年はかかるものだ。

 ずっとC級としてやっていて、あと数ヶ月でB級だと言われていたけど……それでも何かを飛ばしたような感じがする。


 ただ、なってしまったものは仕方ないのだ。何ならお得なわけで。


「いやぁ……波の音、癒やされるなぁ……」


 そんな時、次の配信をどうしようかと悩んでいた僕はあるダンジョンを知った。


「じゃ、配信を始めよっかな」


 水着を着ている僕は、眺めていた海から視線を外して護身用の短剣を確認し、デバイスを操作して配信を始めた。


 もちろん、水着は全身を覆っているもので顔も見えないようになっている。素晴らしい。陰キャはこうでなくっちゃ。


「えっと、どうも皆さん、イラードです。今回はB級ダンジョン【常夏の清流】に――ってえぇ!?」


[きたあああああ!]

[待ってました!]

[全裸待機)ぬわーん疲れたもおおおん]

[ktkr!!!]

[枠の時間ぴったりで草]

[こんにちはー!]

[初見です!!!]

[今回も期待してますよ!!!]


 いきなり大量に流れるコメント欄。何かのバグかと思うも、どうやら現実らしかった。


「な、何が起こってるんだ……!?」


[嘘だろ!?]

[大バズ気づいてないはヤバい]

[登録者何人だと思ってるんだ]

[ガチ草]

[開始数十秒で笑い止まらんwww]

[顔見えないのに百面相見えるのなんなんだw]

[マジで声しか聞こえないのエグい]

[存在感無さすぎテラワロス]


 統一されていない話題が激流のように流れてくる。

 僕のスペックでは、これを処理しきるのは無理だ。間違いなく。


 ただ、見た感じ一番多かったのが登録者についてだった。

 何があったのだろうか。そう思いつつ登録者の数を見てみると、そこには――


「と、登録者100万??????」


 え、え、え? ひゃ、ひゃく……? 0から? 100? いや違う100万……!?


[大草原不可避wwwwww]

[声やばwwww]

[冷静さはどこへw]

[トウロクシャヒャクマン!?]

[目玉の人よりたけぇな声w]

[ワイ爆笑により死亡]


 またしてもどっと湧くコメント欄。

 ふと同接者の数を見ると、3万という意味不明な数字があった。しかも毎秒増えている。


「……よし! 全て忘れてダンジョン探索だ! どうせここには誰もいないし! 前みたいなこと絶対起こらないし!!!」


 そう、僕がここに来たのは、このダンジョンが「誰とも会わない」からだ。人がいなければこの前みたいな事故は無くなるに違いない。


[あ、ここ常夏の清流かぁ]

[なるほどなw]

[そりゃビビるわあんな事故あったら……]

[夏休みは人増えるけどここは誰とも会わないもんな]

[しれっとB級なのやばw]

[あの強さならしゃーない]

[アーカイブ再生数500万だしな]


 寄りかかっていた木陰から離れ、山の方へ歩いていく。

 海の方にも魔物は出るようだが、あいにく僕は泳げないので却下だ。


「さて、魔物はどこかなぁ~」


 稀に山のふもとにも魔物が出るようだが、今回はそうじゃないようだ。

 歩くこと数分、やっと森が深くなってきたところでやっと一匹遭遇した。


「あれは……熊か」


 目が血走っていて、口からはよだれが垂れている。

 明らかに普通ではないが、魔物と思えば違和感は少ない……かもしれない。ただ普通に怖い。強さではなく、見た目の問題だけど。


[(・(ェ)・)クマー]

[くまさんだ]

[ここにこんな魔物出たっけ]

[もうちょい普通だったはずだな……ボブは訝しんだ]


「ま、いっか。〈潜影消滅ヴァニシェイド〉」


 僕の持つスキルで攻撃ができるものを使い、一瞬で消し飛ばす。

 魔石がコロン、と落ちた以外に、もう痕跡はない。


[やっっっっっば!!!]

[はぁ????]

[何回見ても意味不明]

[なにこの最強スキルwwww]

[S級でいいよもう]

[バズったのは運命ってか宿命]

[意味がわから)ないです]


「魔石拾って次探そうっと」


 夏休みなので急ぐ必要もない。ゆっくり、呑気に探索すればいいのだ。というか、数万人に見られてる状態での動き方なんてもの一ミリも知らない。分かるはずもない。


 だって、クラスでずっとぼっちな陰キャだからね!


[同接もう10万か]

[配信開始から数十分経てばこんくらいになるわな]

[ひえ~wエグいですわ~w]

[これ切り抜きとかどう思ってんだろ、もう数千個上がってるけど]


 ふとコメントを見ると、切り抜きという言葉をたまたま見つけた。


 切り抜き――配信の一部分を切り抜き、それに字幕やらをつけて投稿する動画のことだ。


「切り抜き、か。僕は別にどうでもいいと思ってますよ。顔もこの通り隠してますし、そもそもの目的が陰キャ克服なので」


[またしても意味不明でフリーズ]

[切り抜きOK→分かる 陰キャ克服→分からない]

[どういう発想なんだそれw]

[ワイ切り抜き師、許可が降りたのありがたすぎて崇拝]


 コメントがまた盛り上がっている。

 それになんだかクラスで感じる疎外感に似たものを覚えつつ、魔石を拾って仕舞ったその瞬間。


「あれっ」


 いきなり視界が変わる。

 なんだかこの前も感じたなぁ~とか思いつつ、前と同じように〈暗澹陽炎シェイズ〉――隠密系で、ある程度の攻撃を無効化できる――を使って衝撃に備える。


[ん?消えた?]

[影の薄さ限界突破した?]

[いや待て穴に落ちてるんだが!?]

[またかよwwwww]


 うん……いやぁ……


「マジで僕、ツイてないなぁぁぁ……」


 そんなに大きくない僕の声は、深い穴の中にこだまするのであった。


 ◇


 地面に降り立ち激突して数分。

 「陰キャの聖地だここ。永住しよ」と言ってしまった結果、視聴者からのコメントが

[早く動け]

[遭難してるやんけ]

[あくしろよ]

[永住したら死にますが?]


 とツッコミの嵐になってしまい、仕方なくゆく宛もなく歩いていた。


 すると突然、男性の声が聞こえた。


[今なんか声が]

[ふははは!みたいなやつが]

[なんかデジャブ]

[進行方向かな]


 視聴者にも聞こえていたらしく、僕はそこに向かうことにした。


「な、なんだこれ……」


 辺りには天使のような見た目の男の死体がいくつかあった。

 目の前にはまた黒髪の少年がいて、天使と戦っている様子。


[!?]

[天使キターーーー!]

[黒髪ショタもいるやんけ]

[実験施設っぽいし状況分からなすぎ]

[今北産業、誰か解説汁!!]

[誰も説明できねぇよJK]


「助ける必要……あるのか? まぁいいや、こいつ気づいてないみたいだし〈潜影消滅ヴァニシェイド〉――っと」


 思い切り僕に背を向けていた天使を一人消し、様子を伺う。


「これ、もしや――暗殺できるのでは」


[発想が鬼]

[悪魔かな?]

[おまわりさんこいつです]

[不審者ですわこれ]


「ちっ、ちがっ! ただの通りすがりの一般配信者だし! 〈現実錯誤ライフエラー〉!」


 攻撃を回避するためのスキル、〈現実錯誤ライフエラー〉を使い、存在感を更に薄くして天使に近づく。


「〈潜影消滅ヴァニシェイド〉ッ」


 これでまた一人。


「〈潜影消滅ヴァニシェイド〉ッ」


 二人目。


「〈潜影消滅ヴァニシェイド〉ッ」


 三人目……


[ガチ暗殺者ヤバい]

[これがおそらく合法ってマジですか?]

[通報しました]

[刑務所で会おう]


 コメントがとんでもないことになってきた辺りで、天使を片付け終わった。


 一息つこうとした刹那、目の前が真っ赤に染まる。


「おぉ……綺麗だな……」


 少年が作り出した可憐に咲く大きな炎の華が、そこにはあった。

 どこか神秘的なものを感じる。


 〈現実錯誤ライフエラー〉が熱さを勝手に存在しないものとしてくれているおかげで熱くないが、相当な熱量なことに間違いはない。

 普通に焦げ臭い匂いがする時点で推して知るべしだろう。


 と思ったのもつかの間。少年は倒れ、進化しそうになっている天使が現れたと思ったら槍が飛んできて刺さって、「ユーフォスさん」が何かするかと思いきや少年が首を切って倒してしまった。


[\(^o^)/]

[何が起きてるのか、この十分で何一つわかんなかったわ]

[呆然としすぎてコメント止まってたの草]


 そんな時、ユーフォスさんがとんでもないことを口走った。


「天使の死体が一定あると生まれる物質のことよ。これは二つの効果があるの。一つは、今持っているスキルを強化すること。もう一つは、新たに強力なスキルを得ることができること。私たちには必要ないからあげるわ」


[【悲報】世の中の常識がひっくり返ってしまう]

[技能種子ですら100個見つかってないくらいだってのに?]

[歴史的資料確定だろこんなん]

[これ大手クランも政府もギルドも見てるんじゃね?同接20万だしw]

[#意味不明がトレンド入りでワロタ]


 その後も「#意味不明」な展開は続き……


[せんまけんげき?かっこよすぎじゃね!?]

[ワイは好き]

[あの白髮美少女のことかな]

[今日いないのか……あれ楽しみだったのにぃ]


 ユーフォスさんが去ったあと、少年が技能魂魄スキルソウルを使った。得たスキルはどうやら〈獣神脚〉というものらしく、使った瞬間足が獣のようなものに変わってしまった。具体的にはライオンとかチーターとか虎とか、そこらへんのように見える。


「うわああああああ!」


[!?]

[何やってんだあいつwww]

[風のように消えてったがw]

[オイオイあいつ死んだわ]


 ……彼はきっと星になったのだ。声が遠のき、聞こえなくなったからにはそうに違いない。


「もう疲れたので配信終わります。ありがとうございました~」

[しゃーなしw乙!]

[乙]

[また楽しみにしてます!]

[乙~!]


 その後、僕は配信を終了し、ため息を三桁つきながら家に帰った。

 ……旅行ってなんだっけ。

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