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7:未来に乾杯?

「こんなとき、ラノベとかだと生け捕りにして情報吐かせるんだろうけど……あいにく俺は尋問技術なんかありゃしないのでね。ここで決めさせてもらう!」

「図に乗るな小僧。全ては我らが神のお導きにあり」


 天使の様子がどうもおかしい。

 言動のみならず、魔力の流れが変化している。突然魔力量が異常に増加するだなんておかしい。


「そんなのまるで進化じゃ――」


 はっ、と思い出した。

 天使には、序列があったことを。


 もしかしたら、彼は上位の天使に生まれ変わろうとしているのかもしれない。


「我こそ、神の子たりえる存在。聖霊を超えた存在」


 背中から一対の翼が生える。

 次に、腰からも生える。


「我こそ、世界の父たりえる存在」


 最後に、肩から生える。


 すべてが純白で、穢れの一切ない――まるで「純真無垢」な姿。


「我こそ――」

「〈龍炎〉、出力最大ッ!!!!」


 言わせるか! と心で叫びながら全力の炎を叩き込む。


 ――目の前に、炎の華が咲いた。


 炎熱耐性があるとはいえ、一歩間違えたら俺が消し炭になりそうな熱さだ。身体中の魔力がどんどん減っていくのが分かる。


「ぇ――ぁ――」


 まだ声が聞こえる。まだ生きている。


「――――」


 それから数分。辺りがついに焦げ臭くなってきたところで炎を止める。


 瞬間、全身の力が抜け落ちる。


「魔力……欠乏症……?」


 魔力が尽きると、人間は全身の力を失う。

 まるで熱中症のような状態になるのだ。


「これで死んでなかったら俺……詰みだけど……」


 心の底から溢れ出た思いを、願いを、希望を、何かに祈るかの如く口に出す。


 そして、なんとか力を振り絞って顔を上げる。


 ――そこにあったのは、黒焦げの何か。

 輪郭だけがかろうじて見える程度で、それが何かと言われても答えることは出来ない。

 しかし、辺りに散乱する黒焦げの魔物の死体とは、確かに違うという違和感があった。


「やったか……?」


 直後、その黒焦げの物体から光が見える。

 それに共鳴するかのように全身にヒビが入り、次第に焦げが落ちていく。


 自分が放った言葉が死亡フラグだと気づくが、時既に遅し。


「ふははは! 貴様ごときに、私は殺せないのだ!!」


 両手を大きく広げ、恍惚とした表情で叫ぶ天使の姿がそこにはあった。


「貴様は今や這いつくばるだけの虫! その状態ではさっきの炎も召喚も使えまい! ……せっかく進化のときに溢れ出た力が炎のせいで削がれたがまぁよい。やっと、やっと主天使ドミニオン様に顔向けできる! この成果をお披露目できるのだ!」


 一人で悦に入っているところをどうにかしたいが、そんな力が残ってればとっくにそうしている。

 更に最悪なのが、正直目の前にいる天使は先程より何倍も力が増しているように見えること。


 なんで毎回俺遺言書くの忘れちゃうかなぁ!?


「さぁ! 惨めにくたばれ! 〈天裁インペリア――


 絶望の中、目を閉じてしまおうかと思ったそのとき――


 視界の端を、闇色の何かが横切った。


「《|闇槍《ガイダース》》」


 次いで飛んでくる何か。しかし、その方向に聞き覚えのある声が聞こえた。


 そう、確かこの声は……


「ユーフォス、さん……!」

「久しぶりね。こんな姿でごめんなさい」


 隣に音もなく降り立った彼女まぞく――ユーフォスさんは、何らかの理由があるのか黒い外套を着て姿を隠していた。


「ぐぎっ、貴様ぁ……!」


 二本の槍を身体に刺したまま、苦しげな声でそう吐き散らす天使。

 どうやら特別な効果があるようだ。属性的な感じだったりするのかもしれない。


「ユーフォス様、いきなり加速しないでください……っ、疲れちゃいますぅ……」


 遅れて息を切らしながらやってきたのは、同じく青肌の魔族の女性。

 こちらはしごできクールなユーフォスさんと違い、可愛げがある感じだ。

 言い方からして、さしずめ部下といったところだろうか。


「仕方ないでしょ。憎き天使が彼を傷つけようとしてたんだもの」

「それ、彼氏を守った彼女みたいなセリフですよ……? 私をどれだけいじめれば気が済むんですかぁ」


 後半はよく聞き取れなかったが、前半は同意だ。シチュエーションがもうちょい違えば、そんなロマンティックな感じになっていたかもしれない。


「黙れ黙れ黙れ! 下賤な身分で天の使者たる我を愚弄しおって!」

「《|滅炎《デザスフレイム》》」


 先ほどまで可愛い雰囲気だった部下さんが一転、冷酷な声色で魔法を放つ。

 それは小さな炎だったが、天使に触れた瞬間に全身を飲み込んだ。


「ぐああああああ! 熱い! 熱い!」

「こんなんで効くってことは、まだ新しい力に順応出来てないということ。良かったですね、ユーフォス様」

「えぇ。こんな羽アリはさっさと駆除するに限るわ」


 えげつねぇこと言ってんな、この人ら……


「さぁ、今のうちにトドメを刺してしまいなさい。私たちはもう行かないとだから」

「そうですよ、人間。私とユーフォス様のデートを邪魔しないでください」

「デートじゃなくて旅行なんだけどね……?」


 非常に仲睦まじいこって……ま、いっか。


「俺に絶望を与えてくれやがりましたお返し、してやらぁよ」


 取り落としていた剣を拾い直し、幾度か力を込めて確認する。


 よし、これなら――いける。


「ふぅ……」


 剣を構え、深呼吸。

 そして、敵の姿を真正面に見据える。


 敵は、ぜぇはぁと肩で息をする天使。それ以外は殲滅されているので、ただ一人。


「さぁ――死ねッ!」


 走り出し、距離を詰め、その首めがけて刃を――下ろす。


「――っ」


 声にならない声が聞こえた。

 首が、ゆっくりと落ちていくように見える。

 その顔は、屈辱に染まって赤くなっている。少しすれば、その赤色は消え去ることだろう。


「これで――終わり、か」

「えぇ。終わりよ。おめでとう」

「おめでとうです、人間」


 二人からの祝福を受け、ふっと肩の力が抜ける。

 倒れ込むことはないが、倒れてしまいたいくらいにどっと疲労が襲いかかってくる。


「ん……あれは何だ」


 ふと視線を下にやると、今までの天使の死体はすべて消えていた。

 そして、その代わりかのようにこの前見た天使の心臓のようなものが落ちていた。形は少し違い、前のものより大きい。


「あら、技能魂塊スキルソウルが出てくるとは流石ね」

「な、なんですか? それ」


 語感的にスキルに関係した何かなのは分かるが、それ以上のことまでは分からない。技能種子スキルシードと何が違うのだろうか。


「天使の死体が一定あると生まれる物質のことよ。これは二つの効果があるの。一つは、今持っているスキルを強化すること。もう一つは、新たに強力なスキルを得ることができること。私たちには必要ないからあげるわ」

「っ!?」


 スキルの強化!? それってとんでもないことなんじゃ!?

 もし世に出回ったら世界を揺るがしかねないぞ? 値段なんかつけられるかどうか……


「……それを俺が使え、と」

「その方がいいでしょう?」

「それは否定できないですね……分かりましたよ。使わせていただきます」


 綺麗に透き通った青い正八面体のそれを受け取ると、ゆっくりと胸の中に押し込んでいく。

 やはりというべきか、すんなりと物理法則を無視して体内に入ると、技能魂塊スキルソウルは段々と溶けていった。


「じゃ、そろそろ私たちはこれで。新しいスキルと強化されたスキル。使いこなして頑張ってちょうだい。シル——【千魔剣戟】にもまた会いたいと伝えておいてほしいわ」

「えぇ、分かりました。ユーフォスさんもお元気で」


 俺がそう言葉をかけると、ふっと笑って一瞬で二人とも姿を消してしまった。


 口調やらシルフィアの呼び方やら、色々おかしな点はあったが……まぁ、何か事情があるのだろう。こういうのは聞いても教えてくれないのがオチだからな。


「さて、獲得したスキルは、っと」


 ステータスを開くと、確かにいくつものスキルが追加されていた。


 〜〜〜

 朝宮 伶

 スキル:〈召喚〉〈天空眼〉〈龍炎〉〈神獣脚〉

 体力:30/100%

 魔力:5/100%

 アビリティ:精神苦痛耐性LvⅥ 炎熱耐性LvⅤ 蒼穹剣術LvⅢ 勇気LvⅡ

 〜〜〜


「な、なんだこれ……色々変わりすぎじゃね?」


 ステータスを普段から見る習慣を付けたほうがいい気がしてきたな。それくらい激変を遂げている。


「まずは……どうしよ、新しいのから試してみるか」


 小さく「〈神獣脚しんじゅうきゃく〉」と呟くと、足に変化が起きた。


「靴、ってより獣の足、だな。名前のまんまだけど」


 すごく身体が軽い。まるで、このまま走れば風の如く――


「うわああああああ!」


 ――そんな好奇心で一歩踏み出した途端、とてつもないスピードで視界が切り替わっていく。まるで転移してるかのようだ。


「あばばばばばば!!!」


 空気が押し寄せ、口に詰まって言葉を発せない。

 やばい、マジで苦しい!


「あばばば!?」


 すると、次第に光が見えてきた。人工のではなく、太陽の感じだ。


「ばばば!!!」


 そして――ついに、もとの景色がある場所へ、戻ってくることが出来たのだった。



 このあと、慣性の法則に抗えず海まで走って危うく溺れかけたのは……また別のお話。



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