ふと、目を覚ます。
次の瞬間、全身に微かな痛みと冷たさを感じる。
「くっ……!?」 ふと、目を覚ます。
予想外に襲ってきたその感覚に一瞬驚くも、意外とそこまでではなく一度深呼吸をして冷静さを取り戻す。
「さて……ここはどこだ?」
辺りは完全に洞窟だ。
水の流れる音が響いており、どこからか差し込む一筋の光によって視界は多少確保されている。
ASMR的に素晴らしいな、などと思うも、ここがどこだかも分からないという危機的状況だと思い出した。
「……どうしよう」
シルフィアともあの二人組ともはぐれた。
他の人らはビーチにいる。
つまり――絶体絶命。
助けが来ない限り、あるいは自力での脱出が出来ない限りずっとここにいることになるのだろう。
幸いにして今俺が少し浸かっている水は飲み水になるだろうが……そんな持久戦なぞ考えたくもない。それはもはや遭難だ。
「ま、とりあえず進むか」
なんかの授業で、だいたいこういうときは進んだほうがいいとか習ったような気がしなくもない。
ということで、薄暗い洞窟の奥へと歩いていくことにした。
その先に、希望があることを願って。
◇
――果たして、歩いて何分が経っただろうか。
今の持ち物が腰に付けた魔導具と、その中に収納された蒼剣だけな俺にはそれを知る術はない。
どこかで滴る水の音と、自分のペタペタという足音。あとは少しばかりの光と湿った匂い。
俺の得られる情報はそれだけだった。
と、その時。遠くから話し声が聞こえた。
「さて。この実験成果を解放する時がやってきましたよ!」
一際大きな声だったそれは、ほんの少しではあったが、確かに俺の耳に入ってきた。
「実験成果……か」
まぁ、善人が使いそうな言葉ではない。特にダンジョンの、それも人のいない洞窟の中ときた。より悪いに違いあるまい。
警戒レベルを一気に引き上げ、蒼剣を取り出し、〈天眼〉を起動する。
今の俺にできる警戒はこれくらいなものだ。
「何が出るか……また天使とかじゃなきゃいいな」
――それがフラグだったと気づくまでに、数分もかからなかった。
今の俺は岩陰に隠れている。
向こう側には実験施設としか思えぬ光景と、見覚えしか無い光輪を頭の上に浮かばせた男が数人。ついでに横には明らかに異常な――目は血走っており、口からはよだれが垂れている――魔物が天使の倍ほど。だいたい10匹くらいか。
倒せるかと言われて、呑気にYESと答えられるような自信は持っていない。残念ながらね。ただ逃げることも出来ない。
とりあえず……だな。
「えーっと、皆さんこんなところで何してるんですか?」
「……っ! 奴だ! 我々の計画を邪魔したあの男だ!」
第一村人とのファーストコンタクトは、大失敗に終わった。ついでに俺の人生も終わりそうな雰囲気が出ている。どうしよう。
「いやいや、邪魔なんかした覚えないんですけど……」
「くっ、とぼけおって! 強化した魔物を殲滅し、同胞を殺した貴様が、『何もしてない』だと!? この大嘘つきめ!」
「強化した魔物……については分からんけど……同胞……あー、天使は一人殺したけど……それ俺じゃないしなぁ」
「ぐぎぎぎっ!!!」
歯の軋む音が数メートル離れているのにも関わらず聞こえてくる。どんくらいの圧力かけたらそんな音出るのか不思議で仕方ない。人間の歯じゃ耐えられなさそうだな。
「まぁまぁ落ち着いてよ。俺は戦いたいわけじゃないし――」
「
俺の言葉を堂々と遮り、
俺も慌てて剣を取り出し構える。
「貴様、確か〈召喚〉スキルしか持っていなかったなぁ? あの忌々しき創造神めが作った、この世界においての『ハズレスキル』を! であればどうやってここに入ったのかは謎だが……まぁいい。その力で何か召喚でもしてみればどうだぁ?」
「おまっ、なんで俺のスキルを……!」
いきなりの特大爆弾に思考がフリーズするも、目の前には既に一人、光を放つ剣を持った天使がいた。
斜めから迫るそれを受け流し、返す刀で横に切り裂く。
切れ味の良さは健在らしく、天使の身体はスパッと切れて上半身と下半身が泣き別れした。
出血はなく、いきなりのグロ展開にはなっていない。多分、天使には血がないのだろう。この前もそうだったしな。その代わり透明な液体が溢れ出てるけど。
「これならいけるかも……!」
少し希望が見えた。心に燻っていた恐怖を叱咤し、剣を握る力を強める。
次は剣士一人と魔法師一人か。片方が剣で切りかかってくる間にもう片方が魔法を準備する……戦術らしくなってきているな。
「ハッ!」
だがそうはさせない。
今度は素早い突き。それを回避し、魔法師の方に回り込む。
「っ……《|聖炎《セイレム》》」
放たれる炎。走りつつそれを剣で両断。魔法師の顔が驚きに染まる中、無抵抗の首を切った。
「ちっ、我が名において命ずる。《魔物よ、敵を殺せ》」
魔力が乗った声に反応し、今まで沈黙していた魔物がついに動き始めた。
「速戦即決!」
近くにいた魔物の首に斬りかかる。
「うっそだろ……!?」
しかし、刃が上手く通らない。
強化された肉体のせいか、途中で引っかかってしまうのだ。
「フハハハ! 見たか、それが貴様らのデータから改良した【増血罪】の力よ!」
「一か八か……〈龍炎〉」
前から思っていたが、やる勇気のなかったことが一つあった。それを試すため、左手から出した炎を、蒼剣にまとわせる。
結果は――成功。
うまいこと蒼剣が炎と共存している。木のように燃えることもないだろうから、これで炎属性付与の剣が出来上がったというわけだ。
「これさえあれば……!」
「クックック、そんなもので倒せるわけが――」
今度は天使の言葉が途切れた。
なぜなら、目の前には「首が落ちた」ライオンのような魔物がいるから。
その首は次第に光を失っていき、転がって天使の方を向いた。
「ひっ……! いやいや、こんなことで狼狽えるわけにはいかない! 《|聖裁槍《ラーサー》》!」
白い魔法陣から現れたのは、同じく白い槍。それが一本、俺に向かって飛んでくる。
「野球はしたことないけど――それっ!」
〈天眼〉によって上昇した動体視力を駆使し、真っ直ぐに放たれた槍を剣で吹っ飛ばす。
いい感じに受け流せたのかあらぬ方向へ飛んでいき、他の天使の脳天に直撃し、倒れて動かなくなった。
「デッドボール! ……いや違うか。ボールですらねぇし」
「きっ、貴様ぁ……!」
「ナイスピッチャー!」
「うるさい!」
おっといけない、俺の悪い癖が。ついサムズアップしてしまったよ。
「おいお前ら! こいつを早く……って、あれ」
顔がトマトくらい真っ赤になった天使が命令しようとするも、何も反応がない。俺も気になって辺りを見渡す。
すると、そこには――無があった。
正確には、誰も彼もがいなくなっているのだ。残すは俺と天使の二人だけ。死体もない。
「……逃げられた?」
「そんなわけがあるか! 我らは忠実なる神の下僕。逃げるなどという選択肢は最初から存在してすらないのだぞ!?」
「俺だったらこんなブラック上司からは速攻で逃げるけど」
「貴様は今すぐ殺してやるから安心しろ」
「話通じてねぇわこりゃ」
とうとう会話すらままならなくなっている。これはあれだ、怒りすぎて逆に冷静になってるやつだ。たまにあるんだよ。うんうん分かるよ。
でも俺は素直に殺されたりしないからな!?