目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

5:旅行ってなんだっけ

「ねぇねぇ、誰かあの山登る人いなーい!?」

「俺行きますっ!」

「伶さん!?」「伶!?」

「ほぉ、チミが一番に参加するとはね。予想外だ。あ、脩吾は強制ね」

「さっき聖剣が悲鳴上げてたばっかなんだけど!?」


 咲月さんと脩吾さんがいつもの夫婦漫才をしている中、不安そうな顔のシルフィアが近寄ってくる。


「伶が行くなら……私も行くよ。いいよね、伶」

「もちろん。シルフィアがいればドラゴンだって怖くないよ」

「えへへっ、当たり前だよ! 私にかかればあんなトカゲ三秒で倒せちゃうんだから!」


 顔をぱあっと輝かせると、いきなり俺に抱きついてきた。


 か、肩に柔らかい感触が……っ!?

 言ってる内容がおかしすぎるのもあわせて現実感ゼロすぎる!!


「あたしは、それこそ『冒険者』じゃないしパスでいっかな。【硬甲火山ハード・ボイルド】くらいアツアツな中に入るわけにはいかないし。ここを守ってるから安心して行ってきなさい」

「じゃあ、俺たち原汐も残るか。ルナイルさんと同じく、ここを守ってますよ。一応ダンジョンなわけですし」


 そんなこんなで、俺とシルフィア、咲月さんと脩吾さんの四人で山へ行くことになった。

 もしこれが現実の山だったら断固拒否しただろうが、ここにはどうやら魔物はいても虫はいないらしい。その情報があるならばこそ、俺は高校生らしく、無邪気な好奇心に従って冒険するしかないダルォ!?


 ……それから歩いて十数分。

 すっかり砂浜からは遠ざかり、俺たちは一面が緑と岩で埋め尽くされた「山」の中にいた。


「日本には自然が多いけど、俺たちみたいな都会人には珍しい光景だなぁ……」

「確かにそうですね。俺も都会育ちで、田舎との関わりは親父の実家があるくらいですし」

「なるほどなぁ……俺も似たようなもんだよ。な、咲月」

「なになに? もしや私がド田舎育ちだからってバカにしようとしてるのかな~?」


 額に青筋を浮かべた表情で脩吾さんに詰め寄る咲月さん。


 ほんとこの人キャラどうなってんだよ。このままじゃいつか声に出して言ってしまいそうだな。で、多分地獄耳で聞かれて死ぬ。おっし未来が見えた。絶対にやめよう。


「山かぁ。私も帝都――都会で生まれたけど、実家が領地にあったからちっさい頃はそこで遊んでたな。山もいくつかある広大なところだったし、なんだか実家に戻ってきた感じする」

「あれ、そういえばシルフィアって貴族だったか」

「そうだよ。アヴァイセル伯爵家次女。歴としたお嬢様なんだよ?」


 伯爵家――それは紛れもない上位貴族の一員。

 公侯伯子男でおなじみ五爵のうちの伯だ。

 帝国の爵位制度がどうなっているかは知らないが、伯爵が低いことはないだろう。


「自分で言うもんじゃないだろ……」

「まぁまぁ、そこは気にしない気にしない。ついでに言えば、今は――」


 険しい山道を歩くには、こんな他愛もない話がなければ厳しいだろう。


 だからこそ、なのか。

 俺は足元をおろそかにしてしまっていたのだ。


 ガガッ――


 階段のようになっている岩に足を置いた瞬間、そんな音がした。


 そして、次の瞬間。


 俺の身体は宙に浮いていた――違う。「穴に落ちた」のだ。

 数メートルの大きさの穴が見える。まるで、視界がそこ以外抜け落ちてしまったかのように感じた。


「伶ー!?」


 シルフィアも、その声も次第に遠くなっていく。


 あれ……旅行ってなんだっけ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?