「ねぇねぇ、誰かあの山登る人いなーい!?」
「俺行きますっ!」
「伶さん!?」「伶!?」
「ほぉ、チミが一番に参加するとはね。予想外だ。あ、脩吾は強制ね」
「さっき聖剣が悲鳴上げてたばっかなんだけど!?」
咲月さんと脩吾さんがいつもの夫婦漫才をしている中、不安そうな顔のシルフィアが近寄ってくる。
「伶が行くなら……私も行くよ。いいよね、伶」
「もちろん。シルフィアがいればドラゴンだって怖くないよ」
「えへへっ、当たり前だよ! 私にかかればあんなトカゲ三秒で倒せちゃうんだから!」
顔をぱあっと輝かせると、いきなり俺に抱きついてきた。
か、肩に柔らかい感触が……っ!?
言ってる内容がおかしすぎるのもあわせて現実感ゼロすぎる!!
「あたしは、それこそ『冒険者』じゃないしパスでいっかな。【
「じゃあ、俺たち原汐も残るか。ルナイルさんと同じく、ここを守ってますよ。一応ダンジョンなわけですし」
そんなこんなで、俺とシルフィア、咲月さんと脩吾さんの四人で山へ行くことになった。
もしこれが現実の山だったら断固拒否しただろうが、ここにはどうやら魔物はいても虫はいないらしい。その情報があるならばこそ、俺は高校生らしく、無邪気な好奇心に従って冒険するしかないダルォ!?
……それから歩いて十数分。
すっかり砂浜からは遠ざかり、俺たちは一面が緑と岩で埋め尽くされた「山」の中にいた。
「日本には自然が多いけど、俺たちみたいな都会人には珍しい光景だなぁ……」
「確かにそうですね。俺も都会育ちで、田舎との関わりは親父の実家があるくらいですし」
「なるほどなぁ……俺も似たようなもんだよ。な、咲月」
「なになに? もしや私がド田舎育ちだからってバカにしようとしてるのかな~?」
額に青筋を浮かべた表情で脩吾さんに詰め寄る咲月さん。
ほんとこの人キャラどうなってんだよ。このままじゃいつか声に出して言ってしまいそうだな。で、多分地獄耳で聞かれて死ぬ。おっし未来が見えた。絶対にやめよう。
「山かぁ。私も帝都――都会で生まれたけど、実家が領地にあったからちっさい頃はそこで遊んでたな。山もいくつかある広大なところだったし、なんだか実家に戻ってきた感じする」
「あれ、そういえばシルフィアって貴族だったか」
「そうだよ。アヴァイセル伯爵家次女。歴としたお嬢様なんだよ?」
伯爵家――それは紛れもない上位貴族の一員。
公侯伯子男でおなじみ五爵のうちの伯だ。
帝国の爵位制度がどうなっているかは知らないが、伯爵が低いことはないだろう。
「自分で言うもんじゃないだろ……」
「まぁまぁ、そこは気にしない気にしない。ついでに言えば、今は――」
険しい山道を歩くには、こんな他愛もない話がなければ厳しいだろう。
だからこそ、なのか。
俺は足元をおろそかにしてしまっていたのだ。
ガガッ――
階段のようになっている岩に足を置いた瞬間、そんな音がした。
そして、次の瞬間。
俺の身体は宙に浮いていた――違う。「穴に落ちた」のだ。
数メートルの大きさの穴が見える。まるで、視界がそこ以外抜け落ちてしまったかのように感じた。
「伶ー!?」
シルフィアも、その声も次第に遠くなっていく。
あれ……旅行ってなんだっけ。