「そりゃあっ!」
「だっから早いって――」
「ふん! 反応できてるくせに!」
真夏の青空。
麗らかな太陽の日差しが、この砂浜と大きな海、そして背後に広がる雄大な自然をあまねく照らし、温めている。
静かに満ち引きする波の音は心地よく、日常の忙しさを忘れさせてくれる。
「わ、悪かったよシルフィア……さん! 何に怒ってるか知らないけど!」
それに加え、シルフィアの持つ果実が上下に揺れる様は、見ていて目の保養になる。ここ最近で最も癒やされている気がするね。いやほんと。
「聖剣などと穢れたものを見せびらかすのが悪い!」
「それかよ! しょうがねぇだろ! 俺のアイデンティティだし! 二つ名だし!」
さて、この度めでたく――理由は不明だが――B級探索者になった俺は、海、もといダンジョン【真夏の清流】に来ている。
そう、ここはB級ダンジョンだ。
しかしそれは「同時に入らないと遠くに飛ばされ合流不可」という特有の異常があるから、という理由が大きく占めている。
俺たちは同時に入ったので、その被害にあうことはなかったのだ。
そして、目の前には俺の相棒とも言えるシルフィアと、金髪のチャラそうな男――先日、原汐の背後にこっそりいたあいつだ――がビーチボールの
なんでそうなったかと言えば、シルフィアの可愛さに気でも狂ったのか、金髪が堂々と武士の如く名乗りを上げてしまったからだ。
「やぁやぁ我こそは! A級探索者にして【金聖剣人】の二つ名を持つ男なり!」
……ってね。
そこで「聖剣」という言葉に反応し、なぜかシルフィアが敵認定。
悪意はないと理解はしていたのか、ビーチボール対決が行われることになったのだ。
そして今に至る。
そんな風に始まったものだがしかし、方やS級冒険者、方やA級探索者ということもあり、〈天眼〉を使ってやっとボールを目で追えるという意味不明な
というか、今この状況のすべてが意味不明だった。
「ダンジョンの中に海と砂浜と山があるって本当に意味わかんねぇな……」
「あたしはあんまりダンジョンは行ったこと無いけど、あっちじゃ少なくともB級くらいからこんな感じらしいわよ?」
「あぁ、それはこっちでも同じだよ。ただ、やっぱ実際にこの目で見ないと信じがたいよな、って」
「なるほど、そういうことね。その気持ちは分かるわ……」
砂浜に刺したビーチパラソルの下、互いに水着で言葉を交わす。
ルナイルは黒いビキニを着ていて、美しい金髪と色合いが合っている。
未だにビーチボールをしているシルフィアは白いビキニだが、腰にパレオを巻いていることで清楚感が増している。
少し間隔を開けた場所には結子さんもいて、ワンピース型のを着ている。
そして最後に、あの謎の少女――名前は
男女比4:5の、謎ダンジョン内旅行がここにあるのであった。
「これで決めるッ! 〈存在昇華〉!」
「な、なんだこの力の奔流は! ちょっ、咲月!? 俺死ぬだろこれぇ!」
「まぁ……
金髪の言う通り、シルフィアの纏うオーラが一段どころか一次元昇華したような気がした。この眼にも、次元を超えた力の奔流が見える。
感覚だが、あれはA級の魔物くらいなら葬れるのではないだろうか。
ちなみに、三人の言う聖剣というのは、コートの外側に刺さっている。
それが
ただ、心なしかシルフィアが攻撃するたびに聖剣の放つ輝きが失われている気がするのはなぜだろうか……
「じゃあ、聖剣ごとぶっ壊してあげる!」
「咲月いいい!! 助けてえええ!!!」
瞬間。
ドンッ!!! という轟音が響き、砂が舞い上がる。
少しして、砂が晴れると、そこには大きなクレーターと、その中に横たわる金髪――
「ヤムチャしやがって……」
「ん? どういう意味なの、それ」
「おっと、気にしないでくれ。ただ、あんな風に倒れ伏す人に対して言う
「そう、なのね」
半目でルナイルが呟く。
まぁ、仕方がない犠牲だと思う。南無阿弥陀仏。無宗教だけど。
「伶さん。お肉焼けましたよ。ルナイルさんも一緒にどうですか?」
「お、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
俺たちを呼びに来たのは康太さんだった。
野郎の裸は……と思ったが、鍛え抜かれた身体は見ててそう悪いものではない。俺がなんだか恥ずかしくなってくる。
笑えよ、この筋肉のない高校生を!!
――なんて思っていた時期が私にもありました。
目の前で肉が焼ける様を見ているだけでそんなことどうでも良くなってくる。まるで賢者になったかのようだ。
「あ、箸はこれを」
「っ……!」
今の俺は、さながら武器を手渡された猿のようだろう。
うら若き乙女が周りに数人いるというのに、俺の視線は食べる方の肉に向いている。
ちなみに、これはこのダンジョンで倒した敵のものだ。
唯一さんと愛奈さんが解体の技術を持っているようで、一時間ほど前に捌かれた新鮮な魔物肉なのである。
なお、見た目は深い緑色の体毛に覆われたクマなんだけどね。
「じゃあ、いっただっきま~す!」
原汐の皆がニコニコで焼いている姿を横目に、輝く肉汁をまとった肉を――一口。
「ん~~~!」
あぁ、これだ! 俺が探索者をしていた理由はこれだったんだ!
シルフィアやルナイルのために金を稼ぐのもあるけど、やはり美食こそ幸福! 恋愛的な幸福にはさすがに勝てないかもしれないが、準優勝と呼べるほどなのではないだろうか。
よし決めた。
もし「探索者をやる理由は?」と聞かれたら、俺はこう答えよう――
「――美食を目指して、ですかね」
「伶さん、今なんか言いました?」
「あっ、忘れてください」
「はぁ……」
一番まともな結子さんに聞かれては辛すぎる。
一旦忘れよう、そうしよう。
と、そのとき。まるで救世主のような声が降ってきた。