とある夏の日――正確に言えば夏休み一週目。
ダラダラと余暇を満喫していた俺の元に、一件のメールが届いた。
件名は「探索者ランクについて」とあり、内容は「ランクについて話があるので数日以内にギルドへ来てください」というものだった。
全然余裕で暇だった俺は、シルフィアとルナイルを連れてギルドに向かうことに決め、ダンジョンにも潜れるようにも装備を整えて出発した。
気温が35℃を超えるような猛暑の中を歩き、臨界ギルドではないギルドに到着した。
名前と要件を告げると、奥の方にある広い部屋に通された。役所やビル特有の匂いを感じつつ、出されたお茶を啜る。
外の暑さは年々厳しくなっている。その分汗もかなり出てしまう。そんな乾いた喉という大地に降り注ぐ水分は、恵みの雨と言わざるを得なかった。
「そ、そんなに喉乾いてるの?」
「いくら日本人でもこれはきつい! 炎熱耐性持ってても暑いものはあ暑いの……!」
「あたしら商人はときに過酷な環境も通らないといけないからね、慣れっこよ。ノーマレイン王国があるディスコニー大陸なんか砂漠ばっかだし」
「分かる! 私も、火山地帯での戦闘とかで暑さには慣れちゃったよ。もちろんダンジョンでもだけど」
「……異世界人、恐るべし」
ここで「そんなことないよ」みたいに言ってくれる人がいればよかったのだが、残念ながら甘い現実はないらしい。
俺の知る異世界人はあとユーフォスさんだけ。もし彼女にまで同じことを言われれば、自分が惨めに思えてきてしまいそうで怖い。
「お待たせしました。朝宮伶様ですね、こちらB級探索者のカードになります」
「ありがとうございま……え?」
――B級? おかしいな、俺はD級から上がったとしてCなはずなのだが。
それは二人も感じ取ったのか、少し怪訝な表情を浮かべている。
「皆様、B級の魔物の討伐や、ダンジョンの崩落から探索者を救い出すなどもの功績をあげています。これは、イレギュラーの解決に対する大きな一歩と言えます。これは、紛れもない異例であり特例——と、グランドマスターが仰っていたようで、その結果がこの昇格なのだそうです」
どうも違和感が拭いきれない。確かに俺たちのしたことは功績と言えるものかもしれないが、それだけでB級に——人外一歩手前の称号を与えてしまっていいのだろうか。
「伶、一つ聞きたいんだけどさ。B級に昇格したことで何が変わるの?」
シルフィアの言葉に、親父から得た知識を脳内で引っ張り出してくる。
「そうだな。一番大きな変化は指名依頼が来るようになることだろう。といっても、すぐには来ないと思うけど」
シルフィアは、小さく「なるほど……」と呟き、思案顔になった。
ルナイルは現代建築に興味があるのか、ずっとキョロキョロしている。商人だからだろう、多分。彼女の行動原理は基本商人魂から来てるしな。
「お二人のカードもお預かりしますね」
数分後、ランクの部分に大きくBと書かれたカードが二枚返ってきた。
「他にご質問などありますでしょうか?」
「俺はないが……二人はどうだ?」
「私もないよ」
「あたしも」
「ということなので。ありがとうございました」
そう言って席を立ち、職員に見送られながらギルドを出る。
「これからどうする? もう用は済んだけどさ」
二人に疑問を投げかけると、突然ルナイルの顔がぱっと明るくなった。
「それならさ、クランに行くのはどう!? あたし、人脈って大切だと思うのよ!」
「いいね、私もそれには賛成だよ。知り合いがいて――特に冒険者の知り合いがいることで困ることはないからね」
「そういやクランメンバーなら使えるラウンジなんかもあったな……じゃ、そうするか」
◇
そこから歩いて十数分。支部に再び足を踏み入れると、注目の目がこちらに向いた。
そこで自分が探索者の中で有名人になりつつあったことを思い出した。
「おーい! 黒髪少年くん!」
足と身体の向きが180度回転して、さぁ引き返そうと笑顔で動き出した刹那、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
更に180度身体を回転させ、声の方向を見る。
そこには、この前俺が配信に映っていたと暴露してくれやがった女性がいやがった。
三つ編みにした黒い髪をふわふわと揺らし、手を振りながら走って来ている。
「シルフィア。移動速度が上がる魔法とかあるよね」
「あー……うん、言いたいことは分かるよ……《|俊敏《フースト》》
「よっしゃ! ありがとっ!」
「ちょっと!? 待ってよ少年!」
一気に身体が軽くなったのを感じた俺は、すぐさま駆け出してクランの外へ出た。
これ以上リアルの俺と配信の「黒髪少年」を結びつけられてたまるか!
肩書きは、クラン【帰宵天結】所属の探索者――ただそれだけでいいのだ。あとは高校生。限界でもそれ!
つまり! 俺の平穏な――本当に平穏かどうかは別として――ダンジョン探索ライフを邪魔する者は敵なのだああ!
「もぉ! しょうがないんだから……! 〈
そう遠くから聞こえた刹那。
身体が何倍も重くなり、思うように動けなくなる。そのせいで足がもたつき、地面にキスする羽目になった。歯折れてないよなぁ……!?
「……だ、大丈夫?」
俺の近くに来て、申し訳無さそうな声色で心配してくる犯人――もとい因縁の謎の少女。
「あんたのせいで転びましたが大丈夫ですよえぇ!」
「……ご、ごめんね?」
やめてくれ、マジトーンの謝罪はマジで俺が悪くなるからっ!
なんだかいたたまれなくなったので姿勢を変え、ホコリを叩きつつ立ち上がる。
目の前に立つ少女は、どこか不思議な雰囲気をまとっていた。シルフィアほど複雑ではないが――言うなれば親父のようなオーラ。それを表現できる言葉が形作れない。
「ちなみに今何をしたんだ……?」
「ふっふっふ。聞いて驚きなさい! 私の二つ名【
「おーい! 伶さーん!」
「ぬっ! 何奴!?」
「あんたキャラどうなってんだよ」
クランから出てきて声をかけてきたのは、雄一さんだった。後ろには残りの三人と、シルフィアも一緒だ。
それと、見知らぬ顔の——どっかで見たことあるような気がする——金髪の男もいた。
「伶さん。来週、皆で海に行きませんか?」
「「……ん?」」
俺と、謎の少女が同時に呟く。
「いやぁ、クラマスからの俺たちの訓練生卒業祝いなんだそうで、さっき言われたんですよ」
「おぉ! ってかそれ、俺たちが着いていっていいのか?」
「それは大丈夫です。なんなら『連れて行けばいいじゃないですか』って言われましたし。正直、俺たちよりも伶さんたちの方がメインに見えたくらいです。あ、あとパーティ名も決まったんですよ。その名も——原汐」
「かっこいいじゃん! そういや俺らにはパーティ名とかなかったな……」
「ちょっと!? このA級探索者を蔑ろにするとかひどくない!?」
耳元でキンキン鳴りやがる声を聞き流しながら、俺は楽しくなりそうな旅行に思いを馳せるのであった。