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1:はじめての でーと!


 俺がクランでショック死――じゃなかった、気絶してから数日後。


 高校での昼休み、弁当を食べている間にこんな一幕があった。


「そういえば伶、最近起きたダンジョン崩落事件、知ってる?」

「うんうん。ちょっと聞いたことあるかな」


 毎日一緒に弁当を食べる友達、凛月りつきが手を止めて話かけてきた。他に机を囲む友達も、手は止めずとも耳を傾けている。

 聞き覚えしかないワードに俺も手が止まり、焦りつつもなんとか答える。


「あれやばくね? 普通にエグいんだけど」

「うんうん。そうだねぇ。やばいよね」


 エグいしやばいのは俺の胸中だ、なんて言えるはずもなく。震える手を隠そうと体勢を変えて手を机の下に移動させた。


「あの配信の投稿者――イラードって配信者か、初配信であんなの写しちゃうとか運すごいよな。スキルもとんでもない感じするし、マジで期待高まる」

「うんうん。イラードくんだね。知ってるよ」


 その時、教室の中にバタン! という音が響き渡る。


 音がした方を見ると、クラスメイトの男子――あまり喋ったことがないから記憶にないが、確か名字は影森、とかだった気がする――が椅子から転げ落ちている姿が見えた。

 すぐさま慌てて椅子に這い上がり、チラチラと周りを気にしたあと、弁当を再び食べ始めた。


 彼の髪は長く、服装は新品のように綺麗だ。あまり汚れるようなことをしないからだろう。不潔感はないが、近づきたいとも思えない。

 クラスの中でも本当に目立たない、いわゆる陰キャ。何か悪いことをしているわけではないので俺は嫌いではないが、好きになるような出来事もなかった。


「まぁ、配信者好きの俺からすれば目が離せない存在なんだよ。配信に映ってた黒髪……はまぁいいや、白髪と金髪の美少女もすごく気になるし、あの天使とかすんごくかっこよかったんだよ! 伶、お前も見てくれよ! 多分伶も同じ感想を抱くはずだから!」

「そ、そうだね……家に帰ったら見てみるよ。うん、多分ね」


 自分が映り込んだ配信を見なきゃいけないって、どんな罰ゲームだよ? と内心悪態を付きつつ、平然を装って箸を動かし始めた。

 ……おい待て俺はどうでもいいってか? 聞き捨てならぬ!


 と、ともかく、幸いなことに俺だとバレてはいないようだけど、あんなことがもしまた起きたら身バレは必至に違いない。この前は多分、探索者の持つ観察眼とかでバレてしまったのだ、うん。そうじゃないと心臓が持たない。


「ダンジョンで思い出したけどさ、【無窮むぐうの魔女】ってやっぱり可愛いよな」

「お前それ言いたいだけだろ……」


 横に座る灯万とうまが、恒例と化したセリフを言った。

 彼は【無窮の魔女】と呼ばれる探索者の大ファンなのだ。怪しげな服装に尊大な口調、しかしそれに見合う実力。若手のエースとも言われるB級探索者だ。そろそろA級になるとどこかで聞いた。


「あーあ、うちの学校に【無窮の魔女】がいてくれればな~」

「さすがに無理がある」

「それな」


 俺の周りには探索者はいない。同じ学年にいるらしいとは聞いたが、その人とは知り合いではない。なのでこっちも大丈夫なはずだろう。


 ――それから数時間。

 学校帰りに緊張の癒やしを求めて門の中へ行ってみると、そこには剣の素振りをしているシルフィアと、ソファーにもたれかかって顔と身体が溶けたルナイルがいた。まるで「動いてないのに暑いよ〜」とか聞こえてきそうな顔だ。別にここは暑くないんだけども。


「ル、ルナイル!? どうしたんだよ……?」

「……ひま」

「え?」

「ひーま!」

「そ、そうだね?」

「あたしは日々忙しく各地を移動する商人。こんな平穏な日々は隠居してからでも遅くない!」

「そうだね……?」


 溶けてふにゃふにゃになっていたのが、いきなりビシッとした顔で熱弁し始めるルナイル。しかし体勢は変わっていないので、なんだか締まらない。


「だからレイ! あたしを外に連れていきなさい!」

「私も行きたい! 伶、お願いっ!」

「うおっ――いだっ!?」


 いきなり背後からシルフィアの声が聞こえ、驚きのあまり足を滑らせ床に頭をぶつける。地味に痛いよぉ……


「わ、分かった……じゃあ次の土曜日ね。それでいい?」

「「やったー!」」


 ◇


「ん~! ねぇレイ、これなんて名前の食べ物なの?」

「それは天むすだよ。俺も好きなんだよな、それ」

「うんうん! すんごく美味しいよこれ! ノーマレイン王国に近いものがあったけど、これの方が何倍も美味しい!」

「シルフィアすごいね、ノーマレインも行ってたんだ! あたしは基本アルファナスにいたからなぁ……」


 夏が近づく、というよりはもう夏真っ只中になってきた季節。

 よく考えれば「ウワサの人」みたいになっている俺が外で食べ歩きなんかして大丈夫なのかと心配になってきてしまった。そのせいできっと杞憂なはずなのに若干腹が痛くなってきた。


 こういうときは名古屋めしを食って不安を追い払わねばならない。

 聖書とか憲法にもそう書いてある。しらんけど。


 ということでどこのご家庭にもあるべき天むすを一口。うむ、美味い。

 小さなおにぎりの中に入っているエビの天ぷらが米とマッチしている。普段あまり食べないからこそ尚更引き立つな。


「大須商店街にはやっぱいろいろあるな。数回来ただけじゃ覚えきれん」

「こんなにおっきな商店街は王都の城下町にあるくらいだから、あたしにとっても新鮮な感覚だわ」

「帝都には規模だけならこれ以上のがあるよ。ただ、露天商ばっかりだから見た目で言えばこっちのがすごいかも」


 なるほど……さすが異世界。三大都市圏の名古屋でこれならば東京に連れて行ったらどうなるのだろうか。

 ギルドカードにはまだまだ数十万円あるので資金面は問題ない。あとは時間がなぁ……


「そういえば、話は変わるんだけどさ……一つずっと気になってたことがあって……」

「ふむ、といいますと?」

「この前に戦った天使、あれって倒してよかったの? あたしは宗教あんま信じてないけど、神の使いみたいなもんだと思ってた」


 ルナイルが不思議そうに尋ねる。

 確かに、俺も少し気になっていた。襲いかかってきたから無意識に敵だと認識していたが……


「その認識はあってる。けどね、そもそも神は私たちの敵なんだよ。世界を乗っ取ろうとする悪い奴。この世界にもいるとは思ってなかったけど……」

「世界を……乗っ取る?」


 神と言えば、聖書やらでは全知全能の存在とされている。人を創り、世界を動かす絶対的な存在だ。

 神と呼ばれる存在は人々の信仰によって姿を変え、時に優しき守護者となり、時に無慈悲な裁定者ともなる。それが、神の真理――少なくとも、この世界においては――と言われるものだ。


「詳しいことは私たちも――正確に言えば教皇と双失巫女メイダスしか知らない。始原席次セイントオブオリジンより下はあくまで武力要員……って言っても伝わらないよね。そもそもこれ機密情報だし」

「機密情報しれっと漏らさないでよ!? 危機管理意識どうなってんだよ……あと日本語でおけ」

「えへっ」

「えへってなんだよ!」


 このポンコツ冒険者とんでもねぇこと言ってるよ……一組織の機密情報を堂々と街中で……


「ま、まぁシルフィアがポンコツすぎるのは置いておいてさ、せっかく外にいるんだし、他のこともしようよ」

「他のことってなんだ?」

「そうだなぁ、例えば――」

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