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9:親子

 軽く投げられた一本の木刀を空中で取り、右手に持ち替える。


「ほら、かかってこい」


 先ほどまでの柔和な表情が一変。

 真剣な勝負をする「戦士の眼」になった。

 これを怒られているときにされたら身体が凍ってしまいそうだとつい想像してしまい、頭を振って集中する。


「ふぅ……」


 深呼吸を一度。そして、剣を構えてタイミングを伺う。


「これはちょっと危なそうだね。《観戦結界《ヴィジョンドーム》》」


 俺と親父の周りに、薄い無色透明な膜が張られた。


 さすがはシルフィア。親父の実力を見抜いてか丁寧な仕事をしてくださる。これがなければ皆に被害が及んでしまうだろう。残念ながら俺が一番被害を受けると思うけどね。


「さすがですね。その身にまとう無数の『それら』は飾りではないようだ」

「当然でしょ。それにあなたからだって、身体のうちに秘める深淵なる力の奔流を感じるよ」

「くくく……」

「ふふふ……」


 こ、こっちの二人も楽しそうで何よりだな……


「坊主から来ないなら、俺が先手をもらおうかなっ――」


 しまった! と心の中で叫びつつ、全神経を集中させて感覚を研ぎ澄ませる。


「――ここッ!」


 カンッ、と音がしたかと思えば、数メートルあったはずの距離を一瞬ですっ飛ばして目の前に親父が立っていた。

 しかも、俺に向かって思い切り剣を振り下ろした姿で。


 目線を少し上にずらすと、今にも屈してしまいそうなほど強い力で剣が鍔迫り合いしているのが見えた。


「ほぉ。上達したな。さすがだ」

「ちっ!」


 真剣な顔つきとはいえ、余裕が――言い換えるなら親の手加減――滲み出ている。それを崩せなかったことを悔やみつつ、剣を軽く動かし力を受け流す。


 返す刀で脇腹を狙うも、人間と思えないほど素早い速度で後ろに飛び去っており、再び距離は数メートルとなる。だいたい2か3メートルほど。


「〈天眼〉」


 スキルを使うと、メガネをかけたときのように視界がクリアになった。

 実は、単純な視力向上や、動体視力の強化もこのスキル、というか「~眼」系のものには含まれているのだ。


「いつの間にそんなスキルを……まぁ、そんくらいじゃないと太刀打ちできないもんな。はい次」


 瞬間、また姿が掻き消えた。

 しかし、今度は感覚に頼らずとも方向が分かった。


 ――カンッ!


 今度はより大きな音が響いた。


「ほぉ、これも止めてみせるとは。訓練はちゃんとしてんだな」

「容赦ねぇなぁ……!?」


 今度は俺の左手側に剣が迫っていた。微妙に力を入れにくいことから、本気度が伝わってくる。


「これでもだいぶ手加減してるぞ。まだまだお前が弱いだけだ」

「あったりめぇだろ!」


 15歳の俺と、御年55歳の親父。修練の差が圧倒的な壁を生み出すのは必然のことだ。

 果たして、シルフィアはどうやってあれほどの強さを手に入れたのだろうか。


「よそ見してると危ないぞ」


 今度は腹に向かって突き。それを無理やり受け流し、首にめがけて反撃する。


「まだまだ詰めが甘い。剣術で敵わないなら魔法でも使ってみな」


 俺が魔法技能マジックスキルを持っていないと思ってか、冗談とはいえ煽ってきた。

 ならば、と不敵な笑みを浮かべ、「〈龍炎〉」と呟き、剣にそれをまとわせる。


「嘘だろお前、いつの間に……!?」

「運がいいのか手に入っちまってよぉ! なぁ、今どんな気持ち!?」


 もちろん木刀に炎をまとわせたら燃えるが、出力を抑えているため炭になることはない。しかし、燃えているというだけで充分攻撃力は増しただろう。

 現に、少し俺のほうが優勢になった。もしかしたらこのまま押し切ることができるかもしれない!


「立派になったな――なんか言うわけないだろ」


 意趣返しのつもりか、剣戟を繰り返す中でふと聞こえたその言葉。


 何が来るのかと警戒していると、突然背中に鈍重な痛みが走った。


 背後を振り返ると、太い木の斧が転がっている。

 そして、親父の手に握られていたはずの木刀はどこにもない。


 ――そうだった。親父の二つ名の【創双】の由来を忘れてた……!


「忘れてるようだからもっかい言っておこう。俺のスキルは〈設計〉と〈建築〉だ。俺の本職が建築士だってこと忘れてるようじゃ、俺に勝つのは無理だな」

「ち、ちく……しょう……」


 思うように動けない。背中を動かす度に痛みが全身を駆け巡る。


「でもまぁ――合格だ。よく頑張ったな」


 それと同時に辺りを覆っていた結界は消え、シルフィアが回復魔法をかけてくれた。


 そこで中々立ち上がれない俺を気遣ってくれたのか――俺の頭は今、シルフィアの太ももの上に乗っている。いわゆる膝枕だ。

 これはすごい。世界が半分しか見えない。


「シルフィア……ありがと」

「立派な戦士にはこれくらい当然だよ。えらいえらい」


 ぽん、と頭の上に右手が置かれる。

 そして、それがゆらゆらと左右に揺れ、俺の髪を動かす。


 な、なんだこれ……猛烈に恥ずかしい。特に親の目の前だし……!!!


 でも……幸せも感じる。脳裏にこびりついた「合格」の二文字から溢れ出る達成感と、手のひらの温もりが心を満たしていくのを感じる。


「あたしがこのイチャイチャ見るの二回目なの、なんでなのかしらねぇ……??」


 ルナイルの小言が聞こえてきたので、平然を装っておもむろに立ち上がる。ちくせう。


「伶さん、シルフィアさん、ルナイルさん、三人とも合格です。親子の試験はともかく、お二方のほうは魔力の強さや潜在能力を鑑みて決定させていただきました。いつか、このクランでもトップクラスの実力を誇る三人になることは間違いないでしょう。クラン登録はギルドに行く機会があればその時で構いません」


 神凪さんがにこやかな表情でお祝いの言葉をかけてくれる。それに続き、4人も「おめでとー!」とか「かっこよかった!」とか、「めっちゃ強かったな……!」といっぱい褒めてくれた。めちゃ嬉しい。


「レイ。あんた、あたしが見てきた戦士の中でもトップクラスにかっこよかったわよ。あの真剣に戦いを楽しむ表情、すっごく良かった」

「っ……! ありがとう!」



 そうして落ち着いた頃、親父は仕事があるからと離脱。再び残った8人と共に転移で戻ったのは、クランのメンバーと思しき人がたくさんいるサロンだった。


「お、おい! あれクラマスじゃないか!?」

「また転移で来たのか……ん、あの4人組って訓練生にいたような?」

「おぉ、確かに! いや待て、そういやあそこにいる黒髪の男も見覚えないか?」

「……もしかして、『あの配信』に映ってた子かな? 意外と可愛い顔してるわね」

「お前ら記憶力良すぎだろ……でも言われて見ればそうかも。横の白髮美少女と金髪美少女も見覚えあるな」

「彼女たる私がいるのにそんなこと言うなぁ!」

「いだっ!?」

「はぁ……痴話喧嘩はよそでやれよそで」


 サロンにはいろいろな設備が――ちょっとしたバーや、テーブルセットなど――あり、憩いの場になっている。


 その真ん中に、突如として現れた俺たち。

 注目の的になるのは必然と言えるだろう。


「なんか騒がしいわね。あたしが事情を聞いてこようか?」

「ん? ただ転移してきたからこんなことになってるんじゃないのか?」

「全く、レイは勘が鈍いわね……シルフィアも分かるわよね」

「うん。ルルちゃんの言う通りだよ――っと。あっちから来たみたいだね」


 先ほど痴話喧嘩(笑)をしていた人たちが、ニコニコ笑いながらこちらへやってきた。

 そして、先頭に立つ女性が、スマホの画面を見せつけて言った。


「この配信に映ってるの、皆さんですよね!」


 画面には、白髮の女性が剣を振りおろしてダンジョンが崩落する様子が映っていた。

 ……もちろん、その横には黒髪の青年もいる。これは間違いなく俺とシルフィアだろう。


「それとこれも!」


 少し動画を飛ばして見せてきたのは、俺と金髪美少女――ルナイルが天使と相対しているときのシーン。これもバッチリ配信に映っていたらしい。


「……完全に俺たち、だな」

「そうだね……誰かに見られてるのは気づいてたけど、まさか記録されてるなんて」

「この世界にはこんな機械もあるのね……知らなかったあたしの落ち度かも」


 ダンジョンの崩落が俺たちのせいだとバレてしまうかも、と脳裏をよぎった瞬間、心臓が強く鼓動を打った。冷や汗が止まらん。

 しかし、一瞬見えた配信タイトルに「初配信」の文字が見えた。よしよし、さすがに大丈夫だろう、うん……


「え、なんでそんな反応!?」

「そりゃあ、配信に映り込むのが嬉しい人ばっかじゃないからだろ」

「うぐ、確かに……でもこれ拡散されすぎて100万再生行ってるよ?」

「――はぁ!?」


 無名配信者の初配信は100万再生行かないだろ普通!!!!!


 ……あっ、頭がなんかクラクラしてきた。


「ちょっ、伶!? いきなり倒れないでー!!!」


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