両開きの扉を押し開けると、そこには別世界が広がっていた。
言い換えるならば、金持ちの世界。
黒を貴重とした壁や床に金色の線が綺麗に引かれていて、ゴシックなかっこよさがある。超高級な50階の一流レストランとかに来た気分だ。
「お、こいつが新人ちゃんか。いいねぇ、魔力をビンビン感じるぜ」
「
声をかけてきたのは――新人ちゃん、と言っている辺り俺ではなくシルフィアに言ってるんだろうけど――白髪に染まった壮年の男性。声は少ししわがれているが、筋肉が俺みたいなヒョロガリとは比べ物にならないほど発達している。
それに反応したのは結子さん。パーティーリーダーではないが、顔的な存在になっているようだ。基本的に会話を回したりするのはこの人。
「どうも初めまして。シルフィア・アヴァイセルと申します」
そこでシルフィアがスカートの裾を掴み、見事なカーテシーで挨拶した。
白い髪が、下げた頭につられてふんわりと揺れる。
「おぉ、丁寧な挨拶じゃな。このクランに相応しい品格を放っておるわい。そんで……その横のは付き添いか?」
「あ、すみません。俺――僕も入団希望です。始めまして、朝宮伶と申します」
「ほぉ、朝宮、か……」
やはりというべきか、俺の名字に反応し、訝しむように目を細めた。
「……なるほど。儂の見立てじゃと、お前ら二人は合格じゃ。で、そっちの金髪の方は……まぁ、及第点ってところだわい」
「ちょっ、あたしだけなんかひどくないかしら!?」
「あんまり言わないほうがいいんじゃろうけど、お前はスキルと経験で――それも戦闘寄りではないもので生きてきたタイプだな。儂には分かる」
一方、4人は「またか」みたいな顔をしている。なんなら通りかかる人もそんな表情だ。
多分、この人はいつもこんなことをしているんだろう。何らかのスキルがあるのかは分からないが、他者の能力が分かることには間違いない。
「
「康太……まぁいい。儂もこれで失礼する。どうせまた会うことになるからの」
そう言い残して、不思議な老人は去っていった。
「爺さんも去ったことだし、雄一。応接室に案内してやれ」
「分かったよ……それじゃあ皆、ついてきてくれ」
◇
荘厳な雰囲気は、どこまで行っても変わらない。
次第にそれにも慣れてきて、胸中には緊張がうずまき始めた。
まさか、俺がこのクランに入ることになるとは思ってもいなかった。
突然のことすぎて、現実味がなくて、昨夜は普通に眠れてしまった。今朝に起きて、外に出て、クランにたどり着いて、やっと
「三人とも。ここが応接室だよ。話はさっきの臥瀧さん経由で通してあるから、安心してね」
愛奈さんが、優しく安心させるような声色で言った。少し笑った表情からもそれは感じ取ることができ、心優しい人なのが伝わってくる。
「それじゃ、先頭はリーダーである俺が務めさせていただこうかな」
雄一さんが扉の前まで歩み出て、小気味よいノックの音を鳴らした。
「第二十五回訓練生の佐島です。推薦候補の方を連れてまいりました」
「開いていますので、入ってください」
扉の奥から聞こえてきたのは、いかつい声などではなく、若い男の声だった。
「失礼します」
そう言って扉を開け、皆が一列に部屋へ入っていく。
そこは、小洒落た書斎のような場所だった。
目の前には大きな窓があり、太陽の光をまぶしくない程度に取り込んでいる。
横にはクラン関連の書類や書籍がずらりと並ぶ本棚がある。
「皆さん初めまして。クラン、帰宵天結のリーダー、
部屋の奥に座っているのは、20代前半に見える男だった。
髪色はグレーに近いが、老化によるものではなさそうだ。
顔は優しげな雰囲気で、なかなかのイケメン。
そしてカジュアルな紺色のジャケットを着ている。街中を歩いていれば、サラリーマンにしか見えないだろう。しかしその身から放たれる風格は、一般人を優に超越している。
とても国内最大級のクランをまとめるリーダーの若さとは思えないが、親父の話や一般に流れる情報とも合致するため、疑いようはなかった。
しかしなぜ東京に本部があるのにリーダーが名古屋にいるのだろうか。不思議でならない……
「おっと、覗き見は感心しませんね。幸い私は慣れているので怒ったりしませんが」
突然そんなことを言い出す神凪さん。
もしやと思いシルフィアを見ると、案の定顔が引きつっていた。昨夜言ったのになぁ、覗き見しないでよって……
というか、シルフィアの〈万魔眼〉を看破したのは彼が初なのでは?
……さすが、というべきか。言葉にできない恐怖が胸に刻まれた。
「まぁいいでしょう。早速本題に入らせていただきます。私としては伶さん、シルフィアさん、ルナイルさんの全員を合格にしたいところなのですが、一人異を唱える方がいらっしゃいましてね」
「異を……唱える……?」
思わず漏れ出た言葉。瞬間、猛烈に嫌な予感がしてきた。
蘇るのは、かつての会話。
「なぁ、もし俺が探索者になりたいって言ったらどうする?」
「そうだなぁ。この先へは俺を倒してからにしろ、とか言うわ」
「マジでやめてくれ!? あんたがそれ言うと洒落にならんから!!」
と、立ち上がっていた神凪さんが近づいてきたことで現実に引き戻される。
「ということで、行きましょうか。《空間転移》」
――刹那、景色が広大な空間に切り替わる。
そこは、まるで体育館のようだった。
しかし体育館のような雰囲気ではなく、どちらかというとダンジョンで戦闘しているときの――戦場のような雰囲気を感じた。
「ね、ねぇ、あそこにいるのって……」
シルフィアがなにかに気づいたような口ぶりで呟く。
その方向を見ると、一人の男性がこちらに歩いてくるのが見えた。
……あぁ、最悪だ。こういうときの予感はわりと外れるんだがな。
「あれは……誰だ?」
「う~む、私も見たことある気がするんだけど」
「ね。なんか見覚えが……」
「式典で見たような……」
4人が次々に疑問を呈する。
とっくに正体が分かってる俺はそれに耐えきれず、一言。
「俺はほぼ毎日見てるんだよな、あの顔を――」
「え、それって、まさか……!?」
ルナイルが察したようだ。続けて4人も。
……どうやらシルフィアは俺と同じような、出題者側の顔つきなので既に答えを知っているのだろう。
「ったく、なんでここにいるんだよ、親父」
「やぁ坊主。俺もまさかここで会うとは思ってなかったな」
黒と白が混ざった髪色の壮年の男。
その白の割合が年々増えていることを間近で知っている男。
「ということで、我がクランの実力者であり、元A級探索者、朝宮
神凪さんの言葉と同時に、親父が手元から二振りの木刀を「作り出した」。
「んじゃ、入団試験を始めるぞ」