その後、転移した俺たちがロビーに出ると、あのパーティーが「跪いていた」。
「……何事?」
4人の向く方向にはルナイルが立っている。それも、堂々と、仰々しい感じで。
「やぁ、我が従者たる二人よ。よくぞ帰還した!」
「シルフィア。精神を治す魔法はない?」
「あるよ。使う?」
「ちょーい!! 二人ともひどくないかしら!?」
なんて話していると、パーティーの面々が緑の男に気づいたようで、一気に笑顔になって走ってきた。
「おおおお! 康太! 無事でよかった!」
「雄一……!」
「ほ、本当に心配したんだよ!」
「結子!」
「あんたがいないと、私たちのこと誰が守るのよ、全く……!」
「ご、ごめんよ愛奈……」
あの人、康太って名前なんだ……知らなかった。他の皆もそう。
な、なんかごめんなさい……。
というか、愛奈さんに対してだけ少し優しいな。顔も心なしかニヤけている。もしや――っと、あんまり良くないな。ラブコメは俺の専門外なのだ。お幸せに。
「そ、そうだ。伶さんとシルフィアさん。康太を救ってくれてありがとうございました! さすがは女神様の従者様です!」
雄一と呼ばれた男が仰々しくお礼を言う。
それに続き、他の人たちも肯定するように頷いた。
「め、女神様……?」
困惑しつつルナイルを見る。
すると、俺たちの近くに来て、あっちには聞こえない声量で話し始めた。
うぅ、息が耳にかかってくすぐったい……! しかもルナイルの可愛い顔がすぐ近くにっ……!
「いやー、シルフィアちゃんには感謝だね。
「そ、そんなつもりで渡したわけじゃないんだけどね……」
シルフィアは目を泳がせ、現実から目を背けている。
商人に便利なものを渡すと、大変なことになるんだな……これからこの教訓を胸に生きていこうと思います。本当に。
「それで、何を吹き込んだんだ?」
「くくっ、よくぞ聞いてくれました!」
嬉しげな声色で笑い、ルナイルは続けた。
「あたしはね、この姿が見えなくなる能力を使って自分を女神に仕立て上げて信じさせたの。我が従者たるあの二人なら大丈夫だ、って安心させたりね。そして、女神が力を使うときは何か代償が必要だって言った」
「……先生怒らないから、搾り取ったお金を出しなさい」
「そんなことしてないわよ! 金は取ってないから安心して」
「じゃあ、代償って何なんだ?」
「聞いて驚きなさい——なんと、彼らのクランに推薦してもらうことにしたの!」
…………ん?
「ほんとはね、何か伝手が欲しかっただけなのよ。けどいきなり『クランに推薦させてくれませんか』って騒いじゃって……それで丁度いいかなって受けちゃった」
圧 倒 的 事 後 承 諾。
自分の人生を左右するであろうクラン選びを、こんな簡単にされてしまうとは思ってなかったよ!!!
「ちなみに、どこのクランなんだ?」
「あたしにはすごいのか分からないけど、【帰宵天結】ってとこらしいわよ」
「きっ——!?」
探索者クラン、【帰宵天結】。
それは、日本において間違いなくトップクラスを誇る最強クランの一つだ。ダンジョン黎明期に結成され、ゆっくりとその実力を高めていき、今では日本三大クランのうちに数えられる。
「お、その反応は知ってるっぽいね。今日は皆疲れてるし、明日の朝、ここ集合でクランの支部に案内してもらうことになったから」
そこまで言って、やっと俺たちの耳元から離れた。
「それじゃあ諸君。さっさと解散するのだ――っと、二人は魔石の換金をしておいて。あたしは色々説明を聞いて知識を蓄えておくわね。これこそ商人の基本。情報収集は欠かさないのだっ!」
シュバッ、と俊敏な動きでルナイルは再び彼らのもとへ舞い戻ると、すぐさま活発な話し合いが聞こえてくる。
「……なぁ、シルフィア」
「どうしたの、伶」
「もしかして俺、とんでもないことに巻き込まれたんじゃないかなって思うんだ」
「仕方ないよね。そういう運命だもん」
「運命、ねぇ……」
運命って言葉をこれほど便利なものだと感じたことはそうそうないね。ほんとに……
◇
気づけば時刻は夕方。家に帰り、二回もダンジョンに潜った疲労を回復するため、飯と風呂を済ませSNSを見る暇もなく俺はベッドにダイブした。
ルナイルはシルフィア'sハウスに住むことになり、別世界の方は賑やかになりつつある。これからも召喚した人はここに住んでもらうことになるのだろう――
と、そんなことを夢見ながら眠り、翌日。
午前9時前に俺たちだけギルドに行き、ルナイルの探索者カードを作っておいた。
ただ作るのは簡単だったので、すぐに終わった。なにせ、魔力量の測定と名前の記入くらいなものだからだ。戸籍などがいらないのは異世界から来た存在にも優しい仕様だと思う。
その後、四人と合流し、クランの支部へ歩く。
そこからダンジョンの周りの臨界区域――安全のために防御壁で囲われた更地――を超えて都会に繰り出した俺たち7人は、ワイワイと賑やかに会話をしていた。
「そういえば伶さん。【帰宵天結】についてはどれくらい知ってます?」
話しかけてきたのは、可愛らしく清楚な服装の結子さん。役割は回復や支援。
ちなみに、彼ら全員、俺に対するさん付けは固定されてしまった。
何回も年下だからやめてくれと懇願したものの、頑として認めなかったので、俺が折れた次第である。……ダジャレじゃないよ。
なお、俺も敬語で行こうかと思ったら女神様(笑)が「従者としての威厳を保て」とお命じになったため、この有り様になってしまった。
「色々知ってるよ。有名だってのもあるし、何より親父が所属してるからな」
俺の言葉に、パーティーの面々が目を見開いて驚く。
「そういえばさっきの自己紹介のときに言ってましたね、朝宮って」
「朝宮――それって【創双】と呼ばれる伝説の人じゃ……!?」
雄一さんに続き、康太さんが反応する。
「そうだな。今じゃ隠居爺さんに成り果てたけど……」
「「「「そんなこと言えるの伶さんしかいません!!!」」」」
「うおっ!?」
一気全員から叫ばれて思わずびっくりしてしまった。
シルフィアたちもどうしたのかと変な視線を向けてくる。
「あー、なんか、ごめん……家じゃただのおっさんだからね……」
いつもはずっと家でダラダラし、テレビをつけっぱなしにしてお袋に怒られてる毎日。訓練をつけてもらったときはあまりの変化に別人かと疑った。
「でも、言われて見れば顔が似てる……かも」
「と言っても、俺たちなんかがあの人の顔を見る機会なんて中々ないからわっかんないや」
「そーだねー。集会のときにクランマスターの近くにいたくらいじゃない?」
「それな。あんまり目立つ人でもないからね」
四人が口々に親父のことを話す。
な、なんだか不思議な気分だな……目の前で自分の親のことを話してる人がいるの感覚は、味わったことがない。
友だちにダンジョン配信者のファンはいたが、親父は配信者ではなかった。なので聞く機会はなかった。しかし、やっぱりというべきか探索者クラスタの中では有名なようだ。
まぁ、さすがに年齢的に顔は知られてないようだけど。
「――っと。伶さん、シルフィアさん。そしてルナイル様。到着ですよ」
雄一が言った。
そして、目の前の建物を見上げると――そこには「帰宵天結」の文字が書かれた看板があった。
なんと、目の前の大きなビルが丸々クランの「支部」らしい。近くには広いスペースもあり、恐らく訓練場だと思われる。
「それじゃ……行くか」