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神々の愛した華【琥珀編】
神々の愛した華【琥珀編】
七海美桜
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年12月24日
公開日
4,983字
連載中
かつて天地創造をした神が作り出した神々が争い乱れた大陸で、神が暮らす聖光陽(せいようこう)と、人間と魔物が暮らす中ノ地(なかのち)、精霊聖獣などが暮らす常月丘(とこげつきゅう)。中ノ地に分かれた九つの国。風の国で生まれた琥珀と幼馴染。そして一人の少女と出逢った事で、琥珀達は各村を破壊していく魔獣とそれを操るモノとの戦いに巻き込まれていく。大切な仲間を失っても、琥珀は中の子を信じて進んでいくしかない。涙を捨てて、琥珀は運命を走り抜ける。

第1話 Fleur



 ほとほと、と紅い椿が降り積もった雪の上を彩っていく。

 月白げっぱく色の長い髪の少女が歩く度に、椿は舞う。それは、血の様な美しさで。


 両の手に握られた承和そが色の刀身が月の光を浴びて、白い肌の少女をより美しく魅せていた。少女は着物の上に、豪華な金糸の刺繍が施された紅鶸べにひわ色の単を、重そうに引きずっている。

 ふらふらと雪の上を歩く少女の先、雪を真っ赤に染めて倒れる男と泣きじゃくる童子が居た。もう数刻も経っているのだろう、その身体を覆うように雪が積もっている。

 少女の気配に気付いたのか、白童子しろわらしが顔を上げた。恐怖に強張る白童子を、少女が見つめる。顔の右側は乱れた長い髪に隠れているが、黄支子きくちなし色の大きな左目が僅かに笑みを帯びている。


「……魔獣が、いる?」

 深紅の唇が柔らかに言葉を紡ぐ。そして、「この言葉は人に分かる?」と僅かに首を傾げた。

 白童子は、こくこくと頷く。それから、先の崖下に見える大きな横穴を震える指で示した。

「里にお帰り。お前の父様はあたしが埋めてあげる。日が高くなったら、お参りにおいでね」

「……で……でも、魔獣が……俺を追いかけて来るよ! 母ちゃんは先に死んだ! 父ちゃんの血の匂いで、俺はあいつにバレなかった! 父ちゃんは俺を庇って喰われたんだ!!」

 かすれた悲鳴じみた声が、嗚咽と共に白童子の口から零れた。厳しい寒さで乾き始めていた涙が、再び瞳からあふれて頬を濡らす。


「あたしがお前を助けてあげる。お前が里に走って逃げたら、魔獣がお前を追う前に斬ってあげるよ。アンタは強いから、絶対に出来る。力がある」

 少女の声は、落ち着いていた。大人の男をも喰らう魔獣を怖がりもせずに、斬ると簡単に約束する。その時少女の脇腹から、椿の花がぽたりと落ちた。よく見れば、何かで切られた後の様で帯が僅かに裂けていた。そこから血の様に、赤い椿の花が散る。


「……お姉ちゃんは、怖くないの……?」

 魔獣に怯えて震えていた白童子の身体が、今は寒さの為に震えていた。

「怖くないよ――神様でも斬る。あたしは魔獣なんて、怖くないよ」


 お行き、と少女は続けて歩き出した。促されるように里に向かって駆け出した白童子は、気になっていたことを確認するために、足を止めて振り返る。

「お姉ちゃん、お姉ちゃんの名前は?」

 その言葉に、少女も立ち止まった。雪を含んだ風が少女の月白の髪を舞いあげて、隠れていた墨色の瞳が月明かりの下浮かび上がった。


「……あたし、名前はないんだ」


 笑みを浮かべているが、白童子にも分かるほど、少女のその表情は悲しげに見えた。

「お行き」

 少女はもう一度白童子を促すように呟くと、穴に向かい歩き出す。白童子も、今度は振り返らずに里に向かい駆け出した。

 穴から、禍々しい瘴気が匂い立つ。少女は、だらりと握っていた双剣をぐっと構える。


 そう、名前もないんだ。


 大きな身体をのそりと出した魔獣に向かって、少女は走り出す。少女の体から落ちた赤い椿の花が、空を舞った。




 雪がようやく降りやみ。日が昇り明るくなってから、白童子は里の大人を何人か連れて山に登って来た。確かに父と子が倒れていた近く、まだ血が微かに見える地面から近くの木々の中に、雪をどけ土を掘り返し再び埋めた跡が残っていた。

 血まみれの父の亡骸なきがらは見つからなかった。約束通り、少女が埋めてくれた。その父の亡骸の変わりに、崖の横穴の前には切り刻まれた魔獣が、もう動かなくなって薄く雪をかぶり横たわっていた。


 赤い椿の花が、寒い空を舞っている。まるで、あの少女の涙の様に。


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