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想ひ出のアヂサヰ亭
想ひ出のアヂサヰ亭
七海美桜
異世界ファンタジースローライフ
2024年12月24日
公開日
14.7万字
連載中
令和の大学生、平塚恭志は突然明治時代の少年の蕗谷恭介となってしまう。彼の双子の妹柊乃と母のそよを、何よりも自分の身を護る為この知らぬ明治時代の地で暮らす事になる。
歴史を変えないように、動き始める恭介。生活のため、アルバイトをしていた洋食屋の経験を生かして店を開こうと、先祖代々語られていた『宝の場所』を捜索すると、そこには――

近所の陸軍駐屯地にいる、華族の薬研尊とその取り巻き達や常連たちとの、『アヂサヰ亭』での日々。恭介になった恭志は、現代に戻れるのか。その日を願いながら、恭介は柊乃と共に明治時代と大正時代に生きて『アヂサヰ亭』で料理を作る。

どこか懐かしく、愛おしい日々。思い出の、あの料理を――

この物語はフィクションです。時代考証など、調べられる範囲できちんと調べています。ですが、「当時生きてないと分からない事情」を「こうだ」と指摘するのはご遠慮ください。また主人公目線なので、主人公が分からない事は分からない。そう理解の上読んで下さるようお願いします。

第1話

 雪が降ったのが、予想外だった。俺は大学やバイトに通うのに、結構使い古された自転車を使っている。講義中に雪が降り始めたのを教室の窓からぼんやり見ていたが、講義が終わりバイトに行こうとする頃には雪が道路にも積もり始めた。


 このままじゃヤバいな、と思ったのは雪がまだ降り続くどんよりとした鉛色の空を見上げたからだ。バイトが終わって帰る頃の夜になれば、道が凍るかもしれない。吐く息が白く、凍る空気のように漂う。一月が終わりここしばらくは暖かかったが、久しぶりに今日は特に寒くなったようだ。自転車に跨ってハンドルを握った時に、思わず一度それから手を離してしまうほど冷たかった。仕方なく自分のリュックを漁って、何とか入ったままの手袋を見つけると取り出してかじかむ手に被せて、暗くなり始めた道をバイト先に向かって自転車を走らせた。



 俺は、平塚ひらつか恭志ただし。二十歳で現在は実家の都内に住み、同じエリアの大学に通っている。叔父さんが経営する洋食屋『アジサイ亭』の厨房を手伝ってバイトさせて貰っている。俺は高校生の頃からこの店で働いて貰っているのだが、最近になってようやく叔父さんから『アヂサヰ亭』の料理を教えて貰い始めていた。


 バイトを始めた最初の頃は皿洗いや仕込みばかりで淡々とやっていたのだが、教えて貰った料理を客の為に作るのが楽しくなってきていた。だから、最近はバイトに行くのが楽しい。テスト期間以外ほぼ毎日のように、シフトを入れて貰っていた。おかげで、バイト代は多く貰って使う機会もそう多くはなく貯金していた。しかし趣味がバイトって、結構おかしいよな。それとも、趣味は料理になるのか?


 『アジサイ亭』は、母さんや叔父さん方家系の――大正時代から続く、古い洋食屋だ。曾祖父ひいそふは家族と共に、当時流行り出した『洋食屋』を開業した。曾祖父は父親が異国人だったので当時は苦労したらしいと、おばあちゃんからよく聞いた。戦時中は食糧難で食材が配給になり店に出せるほど用意できなかったのと、『敵国の料理』という事で、一度店を閉める様に軍に命令されて休業していた事もあったそうだ。


 そのおばあちゃんは、俺が産まれた時ひどく喜んだと母さんが言っていたそうだ。単に男だったからという理由ではなく、「『恭志』が産まれたから、母さんが喜んでくれるよ」と言っていたそうだ。小さな頃、父は毎日仕事で母は週四でパートに行っていたので、俺は毎日おばあちゃんに世話をしてもらい、一緒に遊んでいた。おかげで、昭和らしい遊びが好きで、ネットゲームはあまり得意ではない。


「恭志ちゃん、秘密の財宝がある場所知りたい? おばあちゃんは知っているんだよ」

 よく、子供の頃に祖母ちゃんは俺にそう言った。子供の頃は『財宝』って言葉の意味を理解していなかったけど、ひどく楽しそうなものに聞こえて俺は喜んでおばあちゃんに何度もねだっていた。

「このお守りを大切に持っているんだよ。この中に大事な財宝の場所が書いてあるからね。財宝が必要になった時にだけ開けるんだよ。おばあちゃんとひいおばあちゃん、三人の約束なんだよ」と、おばあちゃんはよく言った。

 おばあちゃんはそう言って、少し離れた所の神社の赤い『商売繁盛』のお守りを渡してくれた。それはとても古そうなお守りだった。だが大事にしまわれていたのか、それでも綺麗だった。受け取った俺は、何度も誘惑に負けて開けようとしたが、その度に優しいおばあちゃんとの約束を思い出して止めた。そのお守りは、今は俺の財布に入っている。

 しかも、その財布には昨日貰ったバイト代がそのまま入っている。先月は結構忙しく、そのお陰で叔父さんが「臨時ボーナスだ」と言って、多めに入れてくれた。銀行に預けに行く時間の余裕がなく、俺はそれを入れたままにしていた。


 ――何か、おばあちゃんに買っていこうかな。


 おばあちゃんは、半年前から病院に入っている。散歩先で転んで足とあばらを折り、入院しているのだ。「お前は心配しなくてもいい」と言われていたが、入院代を稼ぐためにも増やしたバイトと大学に通う毎日で、しばらくおばあちゃんの見舞いに行けてないしな――なんて考えて自転車を走らせていた時だ。


「!」


 自転車が、積もっていた雪に埋もれてバランスを崩した。そして、俺はそのまま車道に投げ出されてしまう。

 走ってくる車のライトが見える――クラクションの大きな音、悲鳴や「危ない!」と叫ぶ声。


 ――今日、看板メニューの『少佐の愛した……』を、教えて貰うはずだったの、に……。


 そう考えていた俺は、鈍い色の雲から舞い落ちて来る雪が舞うのを見ながら、身体に強い衝撃を受けてそのまま気を失った。

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