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第60話 女神様

 ヴェンデルガルトは、焦げた匂いのする部屋の中を嫌がらず、怪我が酷い兵士から順番に治療して回った。呻いていた彼らに治癒魔法を唱えると、瞬時に怪我が治りびっくりして呻き声が止まる。それを確認すると、彼女は急いで次の治癒魔法をかけに行く。

「治ってる! 一瞬だぞ!?」

「痕も残っていない!」

 傷が治った兵士たちは、歓喜の声を上げた。そして、甲斐甲斐かいがいしく怪我人に治癒魔法をかけるヴェンデルガルトを、崇拝した視線で見つめていた。


「へぇ、可愛いじゃない。健気で一生懸命で、初めて見るけど好感持てるわ。どこで見つけてきたのよ、アロイス」

 ヴェンデルガルトを優しい瞳で見つめていたアロイスの肩に、自分の腕を乗せて隣に立った男がいる。

 銀の髪に灰色の瞳。アロイスと同じく浅黒く陽に焼けた肌で、彼とどこか似た精悍な綺麗な顔立ちの男だ。銀色の髪は、黒いターバンが巻かれている。アロイスは僅かに嬉しい、という顔を見せた。

「分かりますか、ツェーザル兄上。彼女の魅力が。誰にも渡しませんよ、俺の嫁です」

「分かってるわよ、あんたの女取るほど飢えてないわ。バルドゥルだけには、気を付けなさいよ」

 ツェーザルは第一王子、バルドゥルは第二王子だ。女好きで、兄弟で唯一ハーレムを持っている。ツェーザルとアロイスは仲が良かったが、バルドゥルは兄弟を嫌っていた。兄は聡明で王のお気に入り、弟は龍の目を持つ特別な存在。どちらの事も気に入らなかった。何も持たない彼は、女と酒に溺れるしかなかった。

「とりあえず今日の騒動は収まったけど、宮殿の周りは警戒してるわ。あの混乱時に、入り込んだものがいるかもしれないし、この機に畳み掛けてくるかもしれない。もう戦争は始まったのだから、今日から警戒を強めるわよ」

「分かりました――それと兄上、朝の話ですが」

「ええ、王にも相談してヘンライン王国に使者を送る事にしたわ。東のレーヴェニヒ王国が後ろ盾になるなら、分が悪いもの。バルシュミーデ皇国がどう出るのか、それが今謎ね」

 兄の言葉に、アロイスは少しバツが悪そうな顔になる。

「すみません――実は、あの治療をしている少女はバルシュミーデ皇国から攫ってきた貴族の娘なんです。ヴェンデルガルトと申します」

「はあ? 攫って来た!?」

 アロイスの言葉に、ツェーザルは頭を抱えた。

「治癒魔法使いが欲しかったんです――でも今は、それよりも俺の嫁にしたい。無謀な事をしたとは分かっていますが、彼女を見た時にどうしても欲しかったんです!」

「あんたは小さな時から賢いと思っていたけど――恋は盲目ね。もしかしたら、バルシュミーデ皇国が彼女を取り返しに来るかもしれない。そっちも用心しないと――もしくは、使者を送ろうかしら?」

 頭を抱えたまま、ツェーザルは思考を巡らせる。これ以上争いが広がるのは避けたかった。

「……いい香りがするわ」

 考え込んでいたツェーザルは、部屋中が血の匂いだったのにその匂いが消えて甘い花の蜜の様な香りが部屋に漂っているのに気が付いた。

「多分、ヴェンデルの香りです。彼女の傍にいると、甘い香りがするんです。もしかしたら、治癒魔法使いだからかもしれません」


「有難うございます、女神様!」

「すげぇ、アロイス様の妃候補様はすげぇよ!」

 ほぼ治療が終わる頃には、兵士たちは元気になってヴェンデルガルトを囲んで感謝の言葉を伝えていた。ヴェンデルガルトは照れたように、微笑んでいた。


「確かに、欲しい力を持っているわね――一瞬で大怪我でも治せるんだから。平和的に話し合いをしましょう。私もあの子がいてくれたら、この国の為になると思うわ」

 その様子を眺めていたツェーザルは、そう呟いた。治癒魔法が欲しいのは確かだ。しかし、我ながら弟に甘いとも思い自分に呆れていた。

「有難うございます、ツェーザル兄上!」

 アロイスは、嬉しそうに小さく笑った。

「兵が元気になったのなら、守りの配置を考えるわよ。ヘンライン王国と話し合いが出来れば、あちらに援軍を送らないといけないし。忙しくなるわ、さっさと昼食を食べて会議よ!」

 そう言って、ツェーザルは急いで部屋を出て行った。

「お前ら! 飯食って来い! 兄上から指示が出ると思うから、急げ」

 ヴェンデルガルトを取り囲んでいた兵たちに声をかけると、兵たちはヴェンデルガルトに深々と頭を下げてから部屋を出て行った。

「ヴェンデル、すまないが今から会議がある。部屋に送ったら、ベルトと飯を食っていてくれ。晩飯は一緒に食べられるように時間を作る」

 アロイスの元に来たヴェンデルガルトは、その言葉に心配そうな表情になる。

「あまりご無理はしないでくださいね」

「国の為だ――でも、国と同じくらい、お前が大事だ。寂しい思いをさせるが、許してくれ」

 アロイスはヴェンデルガルトを部屋に送り届けると、額にキスをして慌てて会議室に向かった。


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