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第56話 レーヴェニヒ王国からの使者

「全面戦争は避けられない、か」

 ジークハルトが、溜息と共にそう呟いた。鉱物の利権争いではなくバルシュミーデ皇国の敵はバーチュ王国のみだ。しかし下手に三国の争いに関わると、東のレーヴェニヒ王国がヘンライン王国の支援をしている為、争いになる事は避けられない。使者を送ろうにも、もう援軍は南に向かい進軍しているので、どちらにしろ戦場に向かうしかない。

「ビルギット、ランドルフの様子はどうだった?」

 お茶を淹れに来たビルギットとカリーナが部屋に入ると、カールはビルギットに訊ねた。ランドルフは国に帰って来て皇帝に会うまでは意識があったが、疲労が強すぎて気を失ってしまっていた。ランドルフ専属のメイドや執事はいるが、ジークハルトはビルギットとカリーナにランドルフの看護を頼んでいた。


「丸二日眠られて、今朝起きると元気に食事されていました。夕方には、ジークハルト様に会いに行くとおっしゃっていました」

 ヴェンデルガルトと離れて泣いていたビルギットだったが、ジークハルトにランドルフの看護を任されると、いつものしっかりしたビルギットに戻った。気落ちしている時は仕事を与えるのがいい、とギルベルトに教えられていたからそう判断したのだが間違ってなかった。しかし、そのギルベルトもひどく落ち込んでいて食事もろくに口にしていないようだった。ビルギットとカリーナは、ギルベルトのお茶を淹れる係も受け持っていた。


「少し、お休みください。ヴェンデルガルト様は、きっと大丈夫です。皆さまに迷惑をかけたと、返ってご心配されるお方です」

「ベナのお茶と、タルトをご用意しました」

 ビルギットとカリーナは、少しでも重いこの執務室の雰囲気を和らげようと、明るい声音で薔薇騎士団長達にお茶を淹れる。

 ベナのお茶は、ギルベルトの好物。タルトはガヌレのクリーム煮のパイだ。ランドルフは寝室で同じものを出された。

「――そうだね、ヴェーは賢い。きっと、無事だ。だけど、早く助けに行かないと」

 暗い表情のイザークが、自分に言い聞かせるようにそう言った。

「そうだよ、元気に俺達を待ってるよ! だから、頑張ろう。騎士たちもみんな、ヴェンデルを助けると士気が高まってる」

 カールも皆を元気付けようと、明るい声音でそう言った。そうして「いただきます」とパイを口に運んだ。

「ガヌレ、か……」

 ジークハルトも、パイを一口齧った。ヴェンデルガルトが好きなガヌレットを思い出す。一緒に食べたあのお茶の時間が、ずいぶん昔の事のように思えた。


 バルシュミーデ皇国は、建国時は主に西を攻めて植民地を沢山作った。東は『龍が住む』と言われていたから攻める事を諦め、南は未開地が多く諦めたのだ。十年前の戦争が最後で、以降戦争をする機会はなかった。魔獣を狩るぐらいしか、戦う事が無かった。


 また、戦を始める。一人の少女の為、それだけだ。許されるのだろうかとジークハルトは悩むが、一人の『元』王女を護れないで騎士を名乗る資格はないとも思う。


「ジークハルト総帥!」

 そこに、ノックを忘れて赤薔薇騎士団員が二人部屋に入って来た。四人の騎士団長と二人のメイドが、驚いたようにそちらに視線を向けた。

「ノックを忘れるな。機密事項の話し合いでは、許されない行為だぞ」

 ジークハルトが睨むが、赤薔薇騎士たちは「すみません」と頭を下げてから声を大きく報告した。


「レーヴェニヒ王国より、使者が参りました! この度の戦の事について、国王よりお手紙を預かって来たとの事です!」

「レーヴェニヒ王国!?」

 それは、彼らが交渉を切実に願っている国だ。ギルベルトが、慌てて立ち上がった。


「歓迎の席を早急に用意する様に! ジークハルトは、陛下に報告を! ビルギットとカリーナは、ランドルフに参加する用意をするように伝えて下さい!」

 ギルベルトが、早口でそう指示をする。ジークハルトはギルベルトの様子に戸惑いながらも頷いて部屋を出て行った。

「迎えに行きましょう、イザーク」

「俺は?」

「カールは、ランドルフを迎えに行ってください。この交渉は、失敗できません。ヴェンデルを助ける為にも」

 ギルベルトはお茶を飲み干して、部屋を出ていく。困惑した顔のイザークは、その後に続いた。

「カール様、急いでください。行きますよ!」

 パイで甘くなった口でお茶を飲んでいたカールに、カリーナが急かす。

「ごめん、行くよ!」

 口元をハンカチで拭いて、カールも慌ててメイド二人と部屋を出た。


 謎の国、レーヴェニヒ王国。誰しもが緊張した顔をしていた。



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