「いいかげんにしろ――もう、沢山だ!」
賑やかなパーティー会場に、相応しくない苛立った青年の声音が響いた。途端、会場がシンと静かになった。
「ジークハルト様、どうなさったんですか? もしかして、お酒を呑み過ぎなのでは?」
巻いていただろう髪は緩いカーブになった銀髪に緑の瞳の、豪華な筈なのに皴だらけのドレス姿の女性が顔を強張らせて黒髪の声を荒げた青年の腕を取ろうとした――が、強い力で振り払われた。「きゃっ」とわざとらしい大きな声を上げて、彼女は床に座り込んだ。
「フロレンツィア、言い忘れていたが君との婚約は解消させて頂く。君のような人間と結婚するなんて、俺には耐えられそうにない」
倒れた彼女に目もくれず、第一皇子であるジークハルトはしっかりした足取りでホールの端で男性に取り囲まれている女性の元に向かった。冷静で寡黙。しかし意志が強いと分かるすっきりとした紫の瞳は、いつもよりも高揚しているようだった。
「待ってください! 魔法なんて恐ろしいものを使う上、沢山の男性を取り巻きにしている性悪女を選ぶのですか!?」
泣き叫ぶ女を無視して、自分の方に向かってくるジークハルトを見ていた柔らかい金髪の優しげな金の瞳を持った女性は、驚いた表情を浮かべていた。
「ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガー。改めて申し込みます。俺と、婚約して頂けないでしょうか?」
片膝を付き、うやうやしくジークハルトはヴェンデルガルトと呼ばれた少女の手を取ると、真摯にそう告げた。腕を取られたヴェンデルガルトは、その言葉に頬を赤く染めた。
「ふざけるな、クソ兄貴。ヴェンデルは俺様のもんだ」
ジークハルトの手を払いのける男がいた。ふんと鼻で笑って、彼女を抱き締めようとする。銀髪にきつい紫の瞳。ギルベルトの弟で第二皇子である、ランドルフだ。
「僕はどちらも反対だ。ヴェーは僕のものだよ」
反対側にいた青年が、低い声でそう呟く。襟足が少し長めの黒髪に青い瞳。青薔薇団騎士団長のイザークだ。
「ジークハルトもランドルフも、更にはイザークまで冗談はやめてください。ヴェンデルは私の伴侶になって頂きます」
抱き締められそうになったヴェンデルガルトの腕を掴んで、違う青年が優しく引き寄せる。肩近くまでの銀色の髪と灰色の瞳を持つ、ランドルフと同じく背が高い白薔薇団団長のギルベルトだ。
「おい、ギルベルト。お前どさくさにヴェンデルを連れて行くな」
ランドルフが、不満そうに声を上げた。
「みんな、何勘違いしてるの? ヴェンデルは俺と結婚するんだよ!」
ヴェンデルガルトの為にお菓子を沢山乗せた皿を持った青年が、大きな声を上げた。筋肉質でこの中の誰よりも背が高い、赤毛で緑の瞳をした黄薔薇騎士団団長のカールだ。
「うるさい、カール!」
それから、容姿が整った青年たちが言い争いになる。それはここ最近城内では見慣れた光景で、ホールにいた貴族たちやメイドたちが小さく吹き出してしまう。
困った顔で止めようとするヴェンデルガルトに一人のメイドが近寄った。
「こうなったら止められません。ヴェンデルガルト様、部屋に戻りましょう――薔薇騎士団長たちを止められる者は、皇帝しかいないでしょうから」
「ビルギット! そ、そうね……今回も逃げちゃいましょう」
ヴェンデルガルトとメイドのビルギットは、そろりとその場から逃げようとした。
「あ! ヴェー!」
「ヴェンデル!」
それを見つけた青年たちが声を上げた。ドレスの裾を摘まんで、笑いながらヴェンデルガルトとビルギットは早足にホールを抜けて部屋へと戻った。
「早いですね、ヴェンデルガルト様。もう、一年が過ぎたんですね」
「ええ、ビルギット。私達が目覚めて、もう一年だわ」
二人は、くすくすと笑い合った。
そう、これは今はもうなくなった王国の王女とその忠実なメイド。二人が目が覚めてから、知らない土地で体験した物語だ。