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無垢なる過怠編 8



 バレン将軍が前線に出てきたことにより、押され気味だった味方が息を吹き返す。

 戦場は膠着状態となり、むしろバレン将軍の登場で敵をぐいぐいと押し始めた。


「はははーっ! かかってこい! ビルバオの手下どもーーッ!」


 そんな中、魔王のようなセリフを吐きながらバレン将軍が暴れ始める。

 多種多様な魔法を操り、かつそれをかいくぐってきた敵兵には稲妻のような斬撃を食らわせ、将軍たるバレン・シアラの本領を発揮した。

 迫りくる敵をばっさばっさと倒してくれるため、もうバレン将軍の周囲50メートルは俺にとって安全地帯みたいなもんだ。


「よし、僕も負けてられない」


 触発された俺はさらに地面を踏ん張り、魔力を全開する。

 幻惑魔法を周囲数百メートルまで広げ、敵の幻惑魔法を無効化した。


 しかし俺は止まらない。

 ふっふっふ。ある意味これはバレン将軍とのコンビ技。

 なんだか自分が強くなった気がするし、こういう時はブレーキを忘れちゃうのが俺の悪い癖だ。


 と息巻いて幻惑魔法を発動していた俺であったが、こういう時は例によって邪魔が入る。


「タ、タカーシ君? もう……い、いいよ……」


 ドルトム君だ。

 いつの間にか俺の背後に来て――というかバレン将軍が前線に来たから、それについてきたって感じだな。

 んでそんなドルトム君は俺に、幻惑魔法の使用はもういいと言ってきたもんだ。


「え? あ、え? なんで……?」


 もちろん今は好機。バレン将軍が前に出たこの勢いを利用して敵ヴァンパイア部隊をせん滅するに限る。

 しかし、そんな俺の短絡的な戦略眼もドルトム君にとっては児戯に等しいようだ。


「ほかの戦線も一気に崩す。だからタカーシ君はフォルカー軍に戻って。あっちも総攻撃をかけるから」


 ドルトム君に流暢な言葉でこう言われてしまっては仕方ない。

 俺は力なく幻惑魔法を収め、その近くではバレン将軍がショックを受けたような顔をしていた。


「んな? ドルトム!? 今まさに私とタカーシの芸術のごとき連携が成り立とうと……!」


 バレン将軍がそう言っても仕方ない。

 フォルカー軍の専属参謀たるドルトム君が、同じくフォルカー軍所属である俺をこの戦場から引っこ抜くということだからな。

 闇羽は本来秘密の組織だし、こういう表立った戦場において俺に対する指揮権限はドルトム君の方が強いんだ。


 ――はず、たぶん……。


「いいえ。タカーシ君はこっちにもらいます。戦場はここだけじゃないので」


 最後にとどめのようなドルトム君の言葉を受け、バレン将軍のテンションがだだ下がりしたが、そんなバレン将軍を置いて俺たちはフォルカー軍の本陣へと移動する。


 数歩の跳躍を済ませ、フォルカー軍の本陣へと到着すると、フォルカーさんがもうやる気満々だった。


「よし、行くかい?」


 相変わらずの闘気と魔力。フォルカーさんのそれは特にバレン将軍とは対照的で炎のように熱く激しい。

 うん。こっちもこっちでギアマックスといった感じだ。

 んでもってフォルカーさんのそんな問いに、俺は即座に答える。


「はい!」


 ちなみに俺は今度、ドルトム君の指揮の下、バーダー教官やフライブ君たちとチームを組むこととなる。

 もちろんこちらのフォーメーションにも慣れている。

 しばらくして全軍の先頭に躍り出たフォルカーさんの激しい咆哮に兵たちが応え、俺たちは進軍を開始した。


 獣人の多いこの軍はまさに野獣のような猛攻を敵に仕掛け始め、その途中、隣にいたフライブ君が俺に話しかけてきた。


「がるぅううぅぅ……タカーシ君?」

「ん?」

「今日はあいつ出てくるかなぁ? ぐるるるぅうぅぅ……」


 フライブ君の言う“あいつ”とはビルバオ大臣のことだろう。

 どうやら先日の負けが非常に悔しいようだ。

 でも、俺としてはビルバオ大臣が我々の前に現れない方が嬉しい。


「どうだろね」


 俺は短く答え、フライブ君の耳をくすぐる。

 フライブ君が身悶えし始め、それはヘルちゃんにたしなめられる。


「タカーシ! ふざけてないでそろそろ幻惑魔法に取り掛かりなさいな!」


 ふざ……ふざけてるわけじゃねぇって!


 ……


 まぁいいや。ヘルちゃんに逆らうと怖ぇからな。


「ふーう。よし!」


 気合を入れ直し、俺は鋭い視線で前を見る。

 ここからは“共食いのヴァンパイア”の本領発揮だ。

 この戦場では俺以外のヴァンパイアがいないからな。


 俺は魔力を大きく広げ、幻惑魔法の発動に取り掛かった。


 しかし、魔力を大きく広げたところで、俺は魔力探知に不可解な反応があることに気付く。

 俺以外ヴァンパイアはいないと思っていたこっちの戦場……。


 ――いや、1人いる。


 トラウマじみた俺の記憶がそうさせているのかもしれないが、フォルカー軍が戦っている敵部隊の奥。そこにその魔力反応がかすかに感じられた。



 ビルバオ大臣。



 敵味方合わせて150万近い魔力が入り乱れるこの空間で、それだけははっきり感じ取れるんだ。

 過剰ともとれる俺のこの反応は、もうまじでトラウマなのかもしれないな。


 でもそれにひるんでいる場合でもない。

 敵味方が総力でぶつかり合うこの戦争はさらなる混乱へと突き進む。

 俺が気を取り直して幻惑魔法を発動するとほぼ同時に、ラハト軍が北西から姿を現したんだ。


「ドルトム君!? ラハト軍が来たよ!」

「うん、大丈夫。あっちとはすでに打ち合わせているから」


 まじか。流石だな、我が軍の参謀は。そんなところまで打ち合わせているってか。

 まぁいい。これもドルトム君の天才性がなせる業だ。


 俺は今更ながらもドルトム君の才能に納得し、敵もラハト軍の登場にざわめき始める。


 さて、あっちはどう出るか?


 そう思ったのもつかの間。すぐさまラハト軍の突撃が始まった。

 ここからは北に向け軍を進める俺たちと南下するラハト軍で敵を挟み撃ちにする作戦だ。

 戦場に敵の悲鳴が響き始め、さらなる混乱へと突き進む。


 それを確認し、ここでドルトム君がいつものもじもじモードに戻った。


「よし。これでこっちは優勢になったね」

「う、うん。もうだいじょ……大丈夫」


 そして2人で笑顔を交わす。

 思えば、ドルトム君だってまだ子供だ。そんな子が作戦参謀なんて肩書きを背負わされ、それに見合った活躍もしてきた。

 ラハト軍の登場と戦線加入。これによって彼自身がいくらか安堵したのも無理はない。


 しかし――


 ドルトム君と笑顔で見つめ合いながら、俺は異変を感じとる。


「あれ……?」


 ビルバオ大臣の存在を感じ取れない。

 いや、この戦場にはとてつもない数の魔力が広がっているんだが、それでも俺の感覚は誤魔化せない。

 さっきまで俺の体をねっとりと包んでいたような嫌な気配――そんなビルバオ大臣の気配がこの戦場から消えているんだ。


「くそ……」


 ビルバオ大臣の野郎……逃げやがったのか……?


 ……


 ……


 そんなん許せるか!


「バーダー教官!?」

「なんだ?」

「ビルバオ大臣が逃げますっ! ビルバオ大臣を追いましょう! 討ち取らないと!」

「それは確かか?」

「はい!」

「いや、タカーシの見立てが間違っていないにしてもな。敵の本陣を見よ。守りは固くそれを崩すまでにはもう半日ほど必要だ」

「いえ、この戦場にはすでにやつの魔力がありません」

「なんだと? じゃあどこにいる?」


 決まってんだろ。玉座を狙ってクーデターを起こし、しかしながらそれが叶わなかったビルバオ大臣が向かう場所。


 エールディの城。その城の奥に存在する玉座の間。


 なぜかはわからないが、それは断言できる。

 俺は真剣なまなざしでバーダー教官に訴え続け、バーダー教官も俺の異変を察知してくれた。


「わかった。確かに敵本陣の魔力が若干少ない。ビルバオがいなくなっているとも考えられるし、そうじゃないにしても城に残った敵兵をせん滅しておく必要もある」

「えぇ。敵本陣を崩すのに半日かかるんであれば、その間に先に城の方を確保しちゃいましょう!」

「うむ。じゃあ行くか」

「はい! ゆっくりしているとビルバオ大臣がさらにどこかへ行きかねません!」


 こうして俺たちは戦場を一時放棄し、城へと向かうことにした。

 そのことを最前線で暴れているフォルカーさんに報告すると、マユーさんをこちらにつけてくれることとなった。


「タカーシ様? “面白いところ”へ行くのでしょう? 私も行きますよ! がるるるぅぅぅううぅ」


 そんな感じで楽しそうに近寄ってきたアルメさんももちろん同行を許可し、俺とバーダー教官とマユー将軍、そしてアルメさんは城へ向かって敵陣を迂回するように走り出した。




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