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無垢なる過怠編 7


 3日目。

 冷たい雨の降りしきる草原で、夜明けから激しい戦いが始まっていた。

 敵の数はおよそ120万。エールディの民兵もだいぶ数を減らしている。


 ということが影響したのだろう。これ以上の兵の離脱は危険と判断したビルバオ大臣が“決戦はこの時”とばかりに、朝早くから激しい戦いを仕掛けてきているんだ。

 民兵といえども120万の大軍。それが総攻撃をかけてきているとなれば、こちらも全力をもって応戦しなければいけない。

 俺たち鉄砲部隊も朝から大忙しだ。


「構えー! 撃てー!」


 もうさ。このセリフ、今日だけで何十回叫んだんだろう。

 俺の声もかすれ気味になり、しかしながらその時はすぐに訪れた。


「たいちょー、弾が尽きてきましたっすよー」


 部下の1人がけだるそうに俺にそう言い、鉄砲に銃剣を取り付け始める。

 そう、銃弾が不足し始めたんだ。


 思えば、東の国との戦いからそのままこの戦いに来たからな。

 銃弾を鋳造する暇も設備も俺たちにはなかったんだ。


「ふう、わかりました」


 部下の言葉に俺は短く答え、そして退却を命じる。

 ぶっちゃけこの時点で敵味方が入り乱れ、俺たちも敵陣深くまで進んでいた。

 退却するためにも相応の戦闘を行わないと自陣まで戻ることができないといった状況だけど、退却の時は鉄砲部隊に同行している上級魔族に下級魔族たちを守ってもらう。

 ついでに俺の幻惑魔法を駆使しつつ、同時にバーダー教官、アルメさんあたりに殿(しんがり)を任せつつ、俺たち鉄砲部隊は退却を進める。

 もちろんこの退却は事前にドルトム君から許可も得ているが、上級魔族の他に下級魔族も銃剣による接近戦を繰り広げ、俺たちは総力をもって激しい戦場から抜け出す。


 といった感じで俺たちは一時戦線から離脱し、近くの山の中腹に潜んだ。

 今朝バレン将軍の領地から送られてきた人間の血を補充しつつ、俺は息を整える。


 ん? この血……今日はサンジェルさんの血だな。大の大人の血だけあって、なかなかに濃ゆい。


 ――なんて食レポしてる場合じゃなくって……。


「はぁはぁ……なんつー激しい戦いだ……」

「まだまだ甘いぞ、タカーシよ。今日はおそらくもっと凄惨な戦になるだろう。敵味方すらわからなくなるほどのな」

「そんな……バーダー教官。脅すのはやめてください」

「はっはっは。そうはいってもタカーシよ。お前だってその歳で結構な場数を踏んでいるだろう? そう怯えるな」


 そ、そりゃ確かに俺は大きな戦を2つ経験しているし、その戦の中で死ぬんじゃないかって思いもしてきた。

 西の国の戦場で勇者に出くわしたり、敵だったマユー将軍に追い掛け回されたり。

 でも、今日の戦場はそういうのと一味も二味も違う感じだ。


「は、はぁ……」


 でも、これ以上弱音を吐いている場合でもない。もちろんここからさらに会話を弾ませている場合でもない。

 疲労で倒れこんでいる部下たちを横目に俺はすっと立ち上がり、再度戦場に意識を集中した。


「じゃあ僕は闇羽のところに行ってきます」

「はぁはぁ……た、隊長? 大丈夫ですか? はぁはぁ……」

「えぇ、それがドルトム君からの指示ですので。ここにはバーダー教官とアルメさんに居てもらいますから皆さんはもう少し休んでから、さらに後方へ退却してください。くれぐれも敵と交戦しないように」

「はっ、わかりました。はぁはぁ……げほっ」


 副隊長もだいぶ疲れてるな。

 でもこれで今日の鉄砲部隊の戦いはとりあえずのところ終了だ。

 つーか銃弾が切れたから、鉄砲部隊はこの戦争ではもう使い物にならん。

 そういう意味ではある意味一安心だ。

 あとは今日の夜あたりにこの部下たちを、バレン将軍の領地へと帰らせることにしよう。


 もしかするとあっちではサンジェルさんが新しい銃弾を作ってくれているかも……いや、トリニトロトルエン草の群生地は限られているからそれは無理か。

 何はともあれ、これで鉄砲部隊の戦いは終わりだ。


「みなさーん! お疲れさまでしたぁ! これで我々鉄砲部隊の役目は終わりでーす! 気を付けて退却してくださーい!」

「うぃーっす!」


 最後に大きく挨拶を済ませ、俺は走り出した。



「おや。来たね、タカーシ!」

「タカタカ、タカーシ? はやはや……は、早く幻惑魔法を出しなさい!」


 んで闇羽部隊の戦場へと到着すると、早速アビレオンとディージャが俺の近くに寄ってきた。


 いや待て。ディージャがめっちゃ怯えてるんだけど!

 あはは! 怯えすぎて口がまともに動いてねぇ! お前はドルトム君か!?


「うん、わかった……ふふっ」


 俺は笑いをこらえながら幻惑魔法の発動準備に取り掛かる。


「って、おわっ!」


 しかし、次の瞬間に俺の背後にめっちゃ強そうな敵兵ヴァンパイアが忍び寄っていた。

 んでそのまた次の瞬間には、そのヴァンパイアはディージャが瞬時に始末していた。


「タカーシ? 大丈夫!?」

「う、うん! ありがとう、ディージャ!」


 うーん。この子、めっちゃビビりだけど、やっぱかなり強ぇんだよなぁ。

 しかもアビレオンはさっきから敵陣のど真ん中に特大の爆発系魔法をぶっぱなし続けてるし。

 あれさ、2万ぐらいの大隊だったんだろうけど、まだ戦ってもいないのに壊滅状態じゃん。あれやったのアビレオンだろ?


 うーむ。もしかして、この2人ってマジになると結構ヤバい2人なんじゃね……?


「タカーシ? どうした? 早く自然同化魔法を!?」


 ――おっと。こうしちゃいられん。

 アビレオンに話しかけられ、俺は魔力を最大放出する。

 例によって敵が“共食い”するように幻惑魔法を発動しつつ、俺自身は周囲の自然に気配を混ぜ込ませた。


 と、その前に一言。

 俺は一度自然同化魔法を緩め、アビレオンたちに話しかけることにした。


「アビレオン? 僕ずっとアビレオンに触れておくから。そうすればアビレオンも自然同化するからね」

「あぁ、わかった。僕は遠距離攻撃魔法に集中すればいいんだね」

「うん。それとディージャ? 強い魔族はもしかすると僕の気配に気づくかも。そういう敵はお願い。いざとなったら僕がディージャに触るから」

「んま、まかせなさい! じゃあ2人とも消えていいわよ!」


 だからディージャは緊張しすぎだって。

 いや、それも仕方ないか。

 こんな短い会話をしている間にもディージャが倒した敵は7体。つまり、それだけの敵がそんな頻度で襲い来る戦場っぷりなんだ。

 でも俺とアビレオンはこれでとりあえずのところ、気配を隠して安心安全。


 遠距離攻撃魔法――というかもはや遠距離“爆撃”魔法って言ってもいいんじゃないかってぐらいのやつなんだけど、アビレオンがその魔法の発動に集中し始め、遠くの方では敵軍がさらなる壊滅状態へと陥る。


「おぉ、すげぇ」


 と俺が感嘆しているのもつかの間、やたらと魔力の強い敵兵が俺たちのいる空間の違和感に気付き接近してきたので、それはディージャが接近戦で応戦した。


「くっ、はっ、やぁ! ぐっ!」


 いや、さすがのディージャといえども少し苦戦しているな。

 じゃあと俺は1度アビレオンを離れ、ディージャの背中に手を付ける。

 これにて今度はディージャが自然同化され、そんな有利な状況を利用してディージャは手練れの1体を素早く仕留めた。


 んでもって俺は再びアビレオンの元へ。

 この頃になると俺の幻惑魔法の効果で敵が同士討ちを始め、目の前には若干の乱戦エリアが生まれる。

 さらには同士討ちが終わったところでその乱戦エリアが戦闘の空白地帯と化し、俺は本陣にいるドルトム君の姿を探した。


 その姿はすぐに見つかり、同時に“闇羽部隊、さらに前進せよ”の手旗命令も受け取ることとなる。

 なので俺は一度自然同化魔法を解き、2人に話しかけた。


「アビレオン! ディージャ! ドルトム君から前進命令が出てるよ。ディージャは僕たちの気配わからないだろうから好きに進んで!

 アビレオンは僕と一緒にディージャの後についていこう。でもディージャ? 後ろに僕たちがいることは忘れないで。無理な突入はやめてね」

「あぁ、そうだな」

「えぇ、それぐらいわかってるわよ。じゃあ行くわよ!」


 周囲の闇羽部隊員たちが一気に前進を始め、俺たちもそんな会話をしながら前へと進む。

 しかしその進軍は、ほんの200メートル程度で止まってしまった。



「来たな、敵ヴァンパイア部隊……」



 俺たち闇羽部隊の進撃を止めるためだろう。

 目の前には見たこともないぐらいの数のヴァンパイアがこちらに向けて接近している。

 その数およそ1800。

 対するこちらは1500弱のヴァンパイア。

 味方のヴァンパイアには闇羽の精鋭たちも3割程度いるが、ヴァンパイア同士の戦いにおいて、数では若干不利なようだ。


 しかし、敵は待ってはくれない。

 すぐさま敵との交戦に入り、ここでアビレオンが俺の手を振り払る。


「連携を変えよう! タカーシは幻惑魔法の威力をもっと上げて! タカーシの幻惑魔法は対ヴァンパイア戦の重要なカギだ。

 僕とディージャでタカーシを守るよ!」


 いろいろと忙しいなこんちくしょう。

 なになに? 今度は幻惑魔法を頑張れと?


 わかったよ。2人で俺を守ってくれるといってるし、じゃあここは1つ、自然同化魔法も解除して最大規模の幻惑魔法を……。


 と俺は重心を低くし、両足で地面を踏ん張る。

 敵ヴァンパイア部隊が高速で接近してくるのを視界の隅でとらえながら――ここで俺は背後にとてつもない気配を感じとる。


「そうだ、タカーシ。それでよい。お前は私が守ってやる。思う存分幻惑魔法を暴れさせろ」


 バレン将軍がついに最前線にやってきた。




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