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無垢なる過怠編 6


 2日目は静かな戦いから始まった。


 こちら側が展開した鋒矢の陣に対し、四角い方陣態勢をとった敵は遠距離攻撃部隊を前面に出してこちらの突進力を割こうとしてきている。


 敵の数はおよそ200万。昨日よりだいぶ数が減っているがそれでもなお我々の4倍近い戦力だ。

 んでもってお互いの距離はおよそ1500メートル。しかしながら敵の猛攻撃を受けて国王率いる先頭部隊が前に進めずにいた。


 いや、国王ならこの程度の距離は一瞬で移動できるんだろうけどさ。

 他の魔族がそうもいかないから、国王はあえて味方の歩調に合わせている感じかな。

 俺としては国王とフォルカーさん、そしてマユーさんの3体だけでも敵陣に突撃し、敵遠距離攻撃部隊の戦力を削り取っちゃえば、他の味方魔族も攻め込めると思うんだけど。


 でもそうもいかないのがこの戦場。

 国王は何を隠そうこちら側の総大将だし、その総大将が不用意に突撃して敵ヴァンパイア部隊に囲まれたりしたら目も当てられん。

 だから国王の周りには相応の戦力が守りを固めていて、そういう大所帯になっているから敵の攻撃魔法の的になってしまっている。


 つまり敵は延々と攻撃魔法を繰り出し、こちらの先陣はそれを防御魔法で耐え続けている。


 という感じで、俺が想像していたものより“静かな戦場”となっているわけだが、まさかというかやはりというか、こちらの陣形に対してしっかり対応してきたあたり、意外とビルバオ大臣もやりやがる。

 でもこういう時に動き出すのはやっぱりドルトム君だ。


「タ、タカーシ君?」


 国王たちの位置からはるか後方、バレン軍による鶴翼陣形の中央付近にいた俺に、ドルトム君が話しかけてきた。


「ん?」

「ぜ、前線がこ、膠着……してるね」

「うん。そうだね」


 いつものようにたどたどしい言葉で俺に話しかけてくる感じは幼い子供の様。

 だけど俺の目はごまかせない。

 この感じ……よし。例によって嫌な予感がしてきたぞ。


「タカーシ君……ちょっと行って来てくれる?」

「ん? どこに?」


 ちなみに今日の俺は鉄砲部隊を離れ、闇羽部隊の一員として本陣近くに待機している。

 そんな俺にどこに行けと?


「あそこ。敵の方陣のど真ん中」


 うん。あほなこと言うなよ、ドルトム君。

 国王とフォルカーさんたちですら進むこと叶わないこの戦場で、どうやって俺ごときが敵前線までたどり着くと?

 あとさ、誰と行けって?


「ん? 誰と?」

「いや、1人で」


 あははっ! ドルトム君! 笑えないって!

 そりゃ無茶だってば! つーか無茶すぎ!

 いや、それよりもむしろそんなのこちらからお断りだ!


 でもそんなことを言い出すドルトム君の真意が気になる。

 ちょっと詳しく聞いてみよう。


「そ、その心は……?」


 俺は恐る恐るドルトム君に問いかける。

 対するドルトム君は瞳の奥をキラーンって光らせながら言った。


「“共食いのヴァンパイア”。その本領発揮ってことで」


 ……


 ……


 おい……まじかよ。

 それってさ。俺に敵陣突っ込ませて、かつ幻惑魔法で敵を同士討ちさせろというものだよな。

 いやいやいやいや。この状況でどうやって向こう側まで行けばいいんだよ。

 自然同化魔法か? 今日はおとなしくしてろってバレン将軍から言われてるんだが……?


 だけどドルトム君がこうやって瞳を輝かせているときはマジな時だ。

 これ、断れないんだよなぁ……。


「て、敵を混乱させ、たら……す、すぐにこっちのせ、先陣がタカーシく、君の後を追……うから……そうしたら……かえ、帰ってきてい、いいから……」


 ほら、指揮官モードのドルトム君からいつものドルトム君に戻りやがった。

 もじもじしている感じがすげぇ可愛いし、この場合は友人として俺に頼みごとを依頼しているってことだから……えぇーい! やってやるさ!


「うん。わかった。じゃあ行ってくる」

「おね、おねがいね」


 お願いされちゃ仕方ない。

 俺は覚悟を決めてその場を離れる。


 まずはバレン軍が展開する鶴翼の陣からフォルカー軍の尻尾の方へ。

 矢印陣形の棒の部分を通り過ぎ、敵の攻撃が集中している矢印の先っぽの部分へと移動した。


 すると、俺の到着に気付いたフォルカーさんが話しかけてきた。


「おや、タカーシ君。こんなところで何を?」

「はい。ドルトム君からの指令です。僕が敵陣に突っ込んで幻惑魔法を使うので、それを機会にこの軍を前進突撃させてください」


 それを聞いて、フォルカーさんの隣にいた国王が納得したように頷く。


「なるほどな。今日も敵の最前線はエールディの市民兵が固めているようだ。そこに楔を差し込むというわけか」


 ちなみに国王は俺の自然同化魔法のことを知っている。

 敵の遠距離攻撃魔法が雨あられのごとく降り注ぐこの状況で、涼しそうに前を見つめながらドルトム君の真意を即座に理解した国王もやはり百戦錬磨のキレ者なのだろう。


 ただし、ここで俺はあえて念を押す。


「えぇ。でも、絶対に……そう、絶対にすぐに来てくださいね」


 だって怖いんだもん。

 普通に考えて、俺みたいな子供を敵陣に単独突入させるか?

 いや、これはドルトム君の案なんだけどさ。


「あぁ。わかったよ、タカーシ君。陛下もそれでいいですね」

「うむ。安心していってこい、タカーシよ」


 俺の念押しにフォルカーさんと国王が優しい声で言葉を返してきた。

 うん。この2人に加えマユーさん。そしてフォルカー軍の精鋭たち。

 そんなメンバーが先陣を務めているんだ。俺が敵兵をかく乱さえしてしまえば、彼らが一気に敵陣へと突入してくれるだろう。


 そこまでを信じた俺は思わず笑みをこぼしながらさらに前に出る。

 味方の防御魔法の壁まであと1メートル弱というところで立ち止まり、軽く息を吐いた。


「ふう……それじゃあ……行くか……」


 すぐ目の前には敵の攻撃魔法と味方の防御魔法が衝突する破壊の空間。

 俺はいつものように魔力を放出して自然同化魔法を発動する。

 ついでに幻惑魔法も試してみたが、この距離では遠すぎて敵まで届かないようだ。


 なのでこの時はとりあえず自然同化魔法と防御用の魔力の放出で済ませておく。

 その後一度右に大きく跳躍し、鋒矢の陣の先端から大きく離れた。

 そしてすぐに前進。

 たった1歩で100メートル近く跳躍する移動を十数回繰り返し、俺は敵方陣の前にたどり着いた。


「ふっふっふ」


 敵兵が俺の視界を埋め尽くしているが、もちろん誰も俺の存在には気づいていない。

 そんな状況に少し笑っちまったが、ここからは真面目にいこう。


 俺は周囲に――そう、周囲にビルバオ大臣がいないことを確認し、改めて幻惑魔法を発動した。


「ぐわー」

「ぎゃー」

「味方から反乱! 繰り返す! 味方から反乱!」

「応戦しろー!」


 ちなみに今回の幻惑魔法はシンプルに“裏切り”を相手の思考に植え付けるもの。

 とりあえずのところ、見渡す限りの敵兵をそのような幻で惑わし、敵の同士討ちを促す。

 敵の最前線には遠距離攻撃魔法を得意とする魔族が集められていたんだろうな。俺の幻惑魔法で、国王たちを狙っていた遠距離攻撃魔法が一斉に敵本陣を狙い始めた。


 んでその異変を察知して動き出すのはもちろんビルバオ大臣傘下のヴァンパイアたち。

 この混乱の原因がヴァンパイアによるものだと即座に理解し、その原因を探しに来た。


「タカーシだ!」

「タカーシ・ヨールを探せ!」

「魔力探査を怠るな!」


 って、もう俺ってバレてるぅ!!

 しかも、あいつまでここに来やがった!


「油断するな。やつは新種の兵器を操る。火系魔法の発動に注意せよ。ほんのわずかな火系魔法魔力だ。

 それを感じたらその空間に攻撃を仕掛けるんだ。決してタカーシを逃がすな。

 やつは王族との繋がりが深い。交渉に使えるからな」


 もう一種のトラウマだよな。

 なんでビルバオ大臣はこうも俺を執拗に捕まえようと……って何? 交渉材料っ!?

 くっそ! そういうことかよ!


 と怒りをあらわにしても、俺には何もできん。

 今ここでじっと息をひそめながら幻惑魔法をかけ続けるのが俺の役目だからな。


 そして、時を置かずに国王たちが突撃を開始してくれた。


「ひひーん!」


 戦場全体に伝わるようなけたたましい叫び声とともに国王が先陣を切る。

 もちろんそのすぐ後ろにはフォルカーさんとマユーさん、そしてフォルカー軍の精鋭たちが後に続いた。


 これでもう敵の前線は混乱状態だ。


「こ、国王の偽物を仕留めろ!」

「国王の名をかたるあの不敬なユニコーンを倒した者には褒美をやるぞ!」


 そんな部隊長クラスの掛け声があちらこちらから聞こえてきたけど、そういう輩も俺の幻惑魔法を食らっている敵魔族の同士討ちに巻き込まれる。

 俺の幻惑魔法と国王たちの突撃。

 この合わせ技で敵先陣およそ5万の軍隊はあえなく瓦解した。


 って、ん? 俺の幻惑魔法がやたらと効いている?

 あれ? じゃあ敵ヴァンパイア部隊は?


「ち……逃げたか……」


 この混乱を即座に認識したビルバオ大臣一派はいつの間にか後方へ退却していたらしい。

 まぁ、これは想定内だし、つーかやっぱビルバオ大臣って引き際の判断も早えぇな。


 ビルバオ大臣アレルギーを発症しているっぽい俺としては一安心だけど、ここで判断を誤ったビルバオ大臣が国王率いるフォルカー軍と戦ったりしたら意外と早くこの戦いに結末を……。


 ――いや、それはないな。


 最近ビルバオ大臣に対する嫌な評価がうなぎ上りな俺はそう確信する。

 国王とフォルカーさん、マユーさんぐらいならまだしも、そこにフォルカー軍の幹部が加わった戦力を相手にビルバオ大臣が決戦を挑むなど、ありえないにもほどがある。


 ふむふむ。やはりビルバオ大臣は侮り難し。

 と俺が何かに納得したように頷いていると、すぐ背後から声が聞こえてきた。


「タカーシ? タカーシ? どこにいる?」

「タカーシくーん!! もう大丈夫だよー! 出ておいでーぇ!」

「おかしいですわね。ここら辺にいるはずなのですが……?」


 バーダー教官とアルメさん、そしてフライブ君たちだ。

 なので俺は自然同化魔法を解除し、姿を現す。


「ここです! ふーう」

「おぉ、タカーシ君! お疲れ様! 上手くいったね!」

「うん、これでいいのかな……?」

「あぁ、これでいいのだ、タカーシよ。しかし……貴様の幻惑魔法は……なんという威力」


 そんな会話をしながらフライブ君が俺に抱きついてきたので、俺はフライブ君の耳のあたりをくすぐりつつ、バーダー教官からのお褒めの言葉に満足する。

 かくして、戦い2日目における俺の役目はこれで終わった。




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