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無垢なる過怠編 4


「ぎゃー! ぐわー! ひえー! どわー!」


 もうさ、パニックだよ。

 敵ヴァンパイア部隊の中隊第1陣――500体近いヴァンパイアが俺を目がけて攻めてきてるんだ。

 バーダー教官やアルメさんでもそれを防ぎきれず、たまに俺のもとまで敵の鋭い爪が届くようになっている。

 幸か不幸か、俺って無駄に防御力もあるから何とか死なずに済んでいるけど、500の殺気と魔力が俺に狙いを定めてるからめっちゃ怖ぇんだけど!


 もうこれ、自然同化していいかなぁ。


 でも、ドルトム君からの指示は1体でも多くのヴァンパイアを俺の幻惑魔法で惑わせろというものだ。

 つまりこの状況においても俺は有効範囲を最大限に広げた状態で幻惑魔法を発動するため、その魔力を自然同化魔法に振り分けることができん。

 俺が自然同化魔法に魔力を使うと、その分幻惑魔法の効果が薄れ、敵ヴァンパイアが幻惑魔法を使い始めるからな。


 今更だがこの時の攻撃で突撃してきた敵ヴァンパイアは500越え。

 対する味方ヴァンパイアは闇羽含め300ちょっと。あと、バーダー教官とかアルメさんとか――おっ、フォルカーさんとマユーさんも少し離れたところで戦ってくれているっぽいな。

 でもここで幻惑魔法のパワーバランスが崩れたら、こちら側が一気に瓦解しかねない。


 なので俺はこうやって悲鳴を上げながら戦場を逃げ回ってるわけだが、そんな状況を見かねて味方ヴァンパイアが新たな動きを見せてくれた。


「タカーシ・ヨールを守れー!」

「タカーシを中心に円陣を組むんだ!」


 そして俺を中心に味方ヴァンパイアたちが集まり始める。押し合いへし合い、斬り合い殺し合いすったもんだの末、俺を中心としたバレン軍バンパイア中隊なるものが出来上がってしまった。


 名だたる名家のヴァンパイアたちを差し押さえて、俺がヴァンパイア族の族長みたいになってるからこれもこれですげぇ嫌だけどな!


「タ……タカーシ君、だい、大丈夫……?」


 しかも俺たちの苦戦を察知していつの間にかドルトム君までここに来てくれたし!

 おいっ、ちょっと待て! もしかしてここってマジでそんなにヤバいんか!?

 ドルトム君が急遽助けに来るほどの……


「タカーシ君? 一度戦線を離脱して鉄砲部隊に戻って。そして部隊のみんなに僕の指示に従うように伝えて。

 でもすぐ戻ってきてね。タカーシ君がいないと幻惑魔法の掛け合いに負けちゃうから」


 しかしながら、ここでドルトム君は流暢な言葉使いで俺に指示を出す。

 それは一時的にせよ今行われている激しい幻惑魔法対決から外れ、鉄砲部隊に伝令を伝えにいけとのことであった。


「ぐっふ……」


 その時、周りの円陣を突破してきた敵ヴァンパイアが俺のすぐ頭上で命を落とす。


「タカーシには指一本触れさせませんわよ!」


 気づけば、ヘルちゃんやガルト君、そしてフライブ君が俺の周囲に展開して奮闘していた。

 おそらくドルトム君の護衛として一緒にここに来たんだろうけど、この子たちは連携を組んでやっとヴァンパイア1体に太刀打ちできる程度の力しか持ち合わせていないから――うん。ゆっくりしている暇はないな。

 もちろん迷っている暇なんてもってのほかだ。


「わかった! じゃあちょっと行ってくる!」


 俺はドルトム君にそう告げ、自然同化魔法を発動する。

 味方の円陣をすり抜け、それを囲んでいた敵たちをも無難に通り過ぎ、俺は鉄砲部隊の待機地点へと戻ってきた。

 地面に着地すると同時に自然同化魔法を解除すると、副隊長が俺の存在に気付いた。


「隊長!?」

「急いでいるので手短に! これからこの部隊の指揮権はドルトム参謀に任せます! 見えますか? あそこの戦場の真ん中あたりにいるドルトム君の姿が!?」

「えぇ。見えますな。いつも通りドルトム閣下は我が鉄砲部隊を指揮するときに使用する手旗を持っております」

「はい。おそらくあれを振り上げた時に、鉄砲の一斉射撃をすればいいかと。目標はドルトム君の見ている方向にいる敵ヴァンパイアで」

「あい分かりました。それで……隊長は?」

「僕はすぐにあそこに戻ります。ではお願いしますね!」

「ははっ!」


 鉄砲部隊の副隊長とこんな感じで急いでやり取りをし、それを済ませた俺は再びヴァンパイア同士の戦場へと戻る。

 敵を通り過ぎる時は例によって自然同化魔法でやり過ごし、味方ヴァンパイアの円陣の中心に到着した。


「ドルトム君! 伝えてきたよ!」

「う、ん……あり、ありがと……」


 俺の生還にドルトム君はそう言いながらにっこりと笑い、しかしすぐさま周囲の状況に視線と感覚を走らせる。

 気づけば味方の円陣が徐々に強固となり、敵はその円陣に一歩として侵入できずにいた。


「よし。だいぶ戦況が落ち着いてきたね」


 今度は流暢モードのドルトム君。相変わらずキャラ変更が忙しい子だな。


 ――じゃなくて。

 俺としては幻惑魔法を限界まで発動しっぱなしだから、戦況が落ち着かれちゃうとそれもそれでしんどい。


 しかし、俺は見逃さない。

 この時、毛むくじゃらの奥に潜むドルトム君の顔がわずかに笑ったのを。


 敵はこちらの円陣が堅いと見るや、一点突破を目論んで1か所に集まり始めていた。

 おいおい。そんな集中攻撃を受けたらさすがの闇羽といえども……いや、待てよ……。


「今だ……!」


 敵が集まったのを見て、ドルトム君が小さく叫ぶ。

 手に持った小さな旗を高く掲げ――そして遠く離れたところから鉄砲部隊の一斉射撃が発動された。


「そういうことかよ」


 味方には俺を中心に円陣を組ませ、敵にはそれを崩すための一点突破を促す。

 と見せかけて敵が一か所に集まったところに鉄砲部隊からの集中射撃。

 結果、敵ヴァンパイアはその半数が致命傷または重症の状態へと陥り、文字通り戦力を半減させた。


 これを見越して、ドルトム君は俺を鉄砲部隊の元へと行かせたんだ。

 しかもドルトム君の軍略はこれでは終わらない。


「タカーシ君? 自然同化魔法使っていいよ」

「え? あ、うん」

「全隊員! 敵ヴァンパイアの殲滅戦に移行せよ!」


 ドルトム君が俺に自然同化魔法の使用を許可し、続いてドルトム君は周囲にいる味方に大きな声で指示を出す。

 その指示を受けて味方ヴァンパイアたちが勇ましく叫び、円陣を解いて敵陣へと走り出した。


 ヴァンパイアは鉄砲傷を負っても2、3日で回復しちゃうから、さっきの銃撃で重傷を負った敵ヴァンパイアは今ここでとどめを刺しておかなくちゃいけないんだ。

 もちろんドルトム君がそんなことを見逃すはずはなく、すぐさま総攻撃の指示を出したってわけだ。


 んで、ここから圧巻だったのがフォルカーさんとマユーさんな。

 ドルトム君の指示が出るや否や、即座にマユーさんの雷系攻撃が敵全体を覆う。

 銃撃を受けて混乱していた敵兵がこの攻撃でさらなる混乱へと陥り、ワンテンポ置いてフォルカーさんが敵陣の中心へと切り込んだ。


 味方ヴァンパイアの誰よりも早く、そして勇猛に。

 戦っているときのフォルカーさんは、さすが元東の国の将軍といった具合で――あっ、いや、今も南の国の将軍なんだけどさ。

 何はともあれフォルカーさんが敵部隊の中心で大暴れを始め、そこに味方のヴァンパイアたちが攻め込んだ。


 そして自然同化魔法を発動していた俺の周囲にも変化が起きる。


「タカーシ? 俺も行ってくるな?」


 俺を守る必要がなくなったバーダー教官がそう言って前線へと走り出し、アルメさんの野郎は俺の許可も取らずに敵陣に突っ込みやがった。

 代わりにフライブ君たちが俺の周囲に展開し、いつものフォーメーションを取る。


「タカーシ君? そこにいるよね? いつも通り戦おう!」


 フライブ君の言葉を受け、俺は一瞬だけ自然同化魔法を解除して返事を返す。

 そして俺たちはたまに襲い来る敵を4人がかりで――あっ、今回はドルトム君もフォーメーションに入ってるから5人でがかりでじっくり倒していく。

 1体、また1体と敵を打ち倒し……


「余も混ぜよ! ひひーん!」


 なんか来たぁーー!


 おい、なんで王子がここに来んだよ! この戦いにおいてお前はマジで重要な立場なんだから、後方で待機しとけよ!


「おぉ! 王子もやる気満々ですわね!」

「では是非とも私と一撃必殺勝負と行きましょうぞ!」

「ふっ。ガルトよ。余も負けんぞ!」


 でも妖精コンビが王子の戦線加入を許しちゃったから時すでに遅し。

 ガルト君の言う“一撃必殺勝負”とやらが何なのか気になるけど、それを詳しく聞いている暇もない。

 この戦いの味方総大将である国王の息子がさも当然のようにこんな前線に来たものの、これもいつものことと納得して俺は戦い始める。


 たまに味方の体を触ってその仲間も自然同化させたり。または幻惑魔法を使ってフライブ君たちを援護したり。

 主戦場はフォルカーさんたちのところになっているから、俺たちのところまで接近する敵は1分間に1体程度だけど、それらを確実に倒していると、5分ほどしたところでとんでもない敵がこちらに接近してきた。


「ふっ……わかる、わかるぞ、タカーシ。敵味方の魔力が入り乱れるこの戦場で、魔力空間にぽっかりと穴が空いている。

 そこにいるのだな、タカーシ?」


 まさかのビルバオ大臣が、俺たちの戦っている場所に姿を現した。


 ――っておおーぃッ!


 なんでビルバオ大臣までここにいるんだよ!


「ちょっと待って! このヴァンパイア、ビルバオ大臣だ! 下手に近づかないで!」


 一瞬遅れてドルトム君がビルバオ大臣の登場に気付き、ビルバオ大臣に襲い掛かろうとしていたフライブ君たちを止める。


「なんでですの! それだったらこの上ない機会! ここでビルバオ大臣を倒しておけ……いや、そうですわね。ドルトムの言う通りですわ」


 ヘルちゃんが反論したが、それも途中まで。

 ビルバオ大臣はあの時のように妖しいながらも静かな魔力を周囲に漂わせ、隙のない構えをしている。

 ヘルちゃんもその違和感を本能的に察知して、襲い掛かるのを辞めたようだ。


 もちろんこれが正解だ。

 大臣でありながらこのヴァンパイアは相当な実力の持ち主。下手に近づけば、鋭い爪によって一瞬で首を落とされかねない。

 それがビルバオ大臣だ。


 つーかこのおっさん、もう傷治ったのかよ。

 やっぱあれだな。ヴァンパイアはその都度しっかりとどめを刺しておくのに限るな。


 ――なんて悠長なこと言ってる場合じゃない。


 以前一度相対したことがあるからだろう。

 俺は多少の余裕を持ってこの沈黙を過ごしていたが、フライブ君たちはビルバオ大臣の静かな殺気に気おされている。

 他にこの状況でまともな精神状態を保っているのは……王子ぐらいか。


「全員でかかるぞ。全力でじゃ。でないとビルバオは倒せん」


 王子としては珍しいほどに鋭い表情でそう言い、全員が気を引き締める。

 このチームでも指揮官を受け持つドルトム君の小さな合図で、全員が動き出した。


 しかし……


「ぐわっ!」

「がはっ!」

「きゃっ!」


 俺たちの一斉攻撃はビルバオ大臣によっていとも簡単に防御されてしまう。

 接近戦を目論んだフライブ君とガルト君、そしてヘルちゃんに至っては綺麗なカウンターを受けてしまった。


「わっぱども、邪魔をするな……。私はタカーシに用がある」


 おそらくはビルバオ大臣なりの騎士道なのだろう。

 運のいいことにフライブ君たちは命を落とすほどの怪我はしていない。


 だけど……俺に用って……


「……」


 自然同化中の俺はもちろん沈黙を守る。

 そんな俺に業を煮やし、ビルバオ大臣が何か続きを言い出すかと思っていたが、予想に反してビルバオ大臣も口を閉ざしたまま。


 ……


 うーん。


 これさ。この俺に対する“用事”ってさ。

 用があるとか言っておいて何も言わないってことは、もしかして俺を始末しに来たってことじゃね?


 もちろんほかの敵ヴァンパイアも俺の命を狙っていたし、それがビルバオ大臣の指示だという可能性も大きい。

 俺もずいぶん大きく見られたもんだな。


 でもそれならなおさら自然同化魔法を解除できん。

 しかも今はあの時と違い、周りは俺の味方だらけ。


 じゃあやっぱりあの時と同じく、鉄砲で重傷を与えてしまえばいいと思うんだ。


 と意志を決めた俺は背中に背負っていた鉄砲を準備する。

 銃口をビルバオ大臣に向け、火系魔法の呪文を小さく唱えた。


 しかし……


「え……!?」


 驚いたことに、ビルバオ大臣の野郎は俺の鉄砲の銃弾をはじき返しやがった。


 もちろんそれを認識した俺は驚くばかり。

 しかしながらそんな俺の疑問に答えるように、ビルバオ大臣が言う。


「やはりな……」


 何が“やはり”だよ。


「その不思議な武器……鉄の塊を高速で飛ばしているようだが、それが発動する瞬間にほんのわずかだが火系魔法の魔力を必要とする。

 タカーシよ。この戦場にぼんやりと存在する魔力の空白地帯。そこに小さな火系魔法の魔力が発生すればそれが合図だ。

 あとはそれに合わせて一瞬だけ私の防御用魔力を全開にすれば、何とか防げるのだ」


 ヤバい! いろいろとバレてるぅッ!


 いや、ちょっと待て。ここは冷静に!


 じゃあ……今度は3連発の鉄砲で!


 ぱーん、ぱーん、ぱーん!


「ぬっ! ぐっ! はっ!」


 しかしとっておきの鉄砲を用いても、ビルバオ大臣はそれを3度しっかり防いでしまった。


「そ、そんな……タカーシ君の鉄砲が……」


 少し離れたところでフライブ君が驚きながらつぶやき、俺も似たような心境だ。

 まさか3連射の鉄砲ですら完璧に防御されるなんて。


 じゃあどうするか。

 ここは自然同化をしつつ王子に触れて、将軍級である王子の突撃を自然同化状態で食らわせるか。

 うん。それもいいだろう。


 と思ったけど、ここでバーダー教官とアルメさんがあっちの戦場から戻ってきてくれた。


「ビルバオ……まさか貴様が……」

「えぇ。まさかこんな前線に出てくるなんて……でも覚悟しなさい」


 バーダー教官とアルメさんが、ビルバオ大臣を挟む形で臨戦態勢を取る


「ふっ。ラハトのこせがれに、暴れ狼と来たか。これは私も苦労しそうだな。また近いうちに会おう。タカーシよ」


 しかしながら、最後にそう言ってビルバオ大臣は『ひゅんっ』と姿を消した。




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