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無垢なる過怠編 2


 夕方、俺はバレン将軍の城のバルコニーっぽいところで夕陽を見ていた。

 ただ夕陽を見ているだけじゃなく、俺の手元にはアルメさんが寝そべっている。

 つまり夕陽を浴びながらアルメさんをマッサージしているところだ。


「ぐるるるぅぅぅううぅぅ……がるるるうぅうぅぅ……」


 鼻先から顔全体へ。そして首から尻尾の方へ。

 アルメさんの体の各所を優しく撫でまわし、足の筋肉は少し強めにマッサージする。

 たまに逆毛の方向に体毛をわさわさし、新たな刺激をアルメさんの皮膚に与えておく。


 などなどいろいろとテクニックを駆使しながら、そして俺は考え事をしていた。

 その内容はもちろんビルバオ大臣とその一味。

 しかし、敵はそれだけではない。


 会議で得た情報によると、ビルバオ大臣による巧みな世論誘導の結果、エールディの市民の大半が向こう側についているとのこと。

 ならば雌雄を決するためにはこっちの戦力とあっちの戦力の大激突は避けられない。

 それはもはや立派な戦争だ。避けることのできない大きな戦い……。


 いや、それを避ける手立てはないものか?


 例えば戦場に王の旗を掲げ、実際にエールディの民兵たちに国王の姿を見せれば?


 国王の存在は絶大だから、それをやってみる価値はある。

 しかし敵の中にはそれすらもバレン将軍の小細工と思う輩もいるだろう。なにせユニコーンは国王親子の2体だけじゃないからな。

 またはその国王の姿をバレン将軍による幻惑魔法だと決めつけて、国王がこちら側にいるということを信じなかったり……。


 でもまぁ、これはやってみよう。

 それで敵が少しでも減ればもうけものだし。あとでそれをドルトム君に提案しとかないと。


 いや、そんなことをやっても無駄かもしれん。敵は主にヴァンパイア。エールディの市民がやつらの幻惑魔法にかけられていたら、国王の姿すらポニーに見えちまうかも。


 うーん。

 結局はエールディの市民とぶつかり合うしかないのか。



 んで、次の問題はビルバオ大臣に忠誠を誓っているやつらだ。

 悲しいことにヴァンパイアのほとんどがあっちについている。そういう意味ではこの戦い、本質的にはヴァンパイア同士の内輪揉めみたいな感じだ。

 相手が俺と同じヴァンパイアということで、俺にとってこれまでで最も厄介な敵になるであろうということは間違いない。


 そんな戦いにエールディの市民を巻き込むのはやっぱり気が引けるな。

 しかもエールディの市民が民兵として戦力に駆り出されるのはこの国にとって最終手段。その戦力を我々と削り合うということはこの国の国力を大きく落とすことになる。


 それを東の国や西の国に察知され、ここぞとばかりに侵攻されたら厄介だ。東の国に関しては国境近くにまだソシエダ将軍とアレナス将軍の軍がいるから何とかなるだろうけど、ラハト将軍の領地が西の国に近いところにあるんだ。

 我々としてはラハト軍の増援も期待しているところだけど、ラハト軍がサメドゥ軍と西の国の軍から挟み撃ちにされたら大変なことになる。


 今回の件について、東西の国が動き出す前に決着をつけるのが無難だろう。短期決戦だ。



 でも、こんな厄介な状況で果たして俺に何ができるのか?



 俺のできることなんてたかが知れてるし、それは主に幻惑魔法と自然同化魔法ぐらいだ。

 その自然同化魔法のおかげで国王を助けることができたんだけどさ。


 うーん。やっぱりあの時余計なことしないでさっさとビルバオ大臣をやっておけばよかったかなぁ。

 銃声によって部下が来るまでほんの数秒。でも数秒あれば次弾装填の後にさらなる銃撃をくわえさせることができる。

 それをビルバオ大臣の心臓めがけて発射すれば……いや、そう都合よくはいかないか。でも……。



 と自分でも嫌になるぐらいうだうだと考え事をしていたら、ふいに背後から話しかけられた。


「タカーシ」


 バーダー教官だ。


「またアルメ殿をそのように堕落させて……」


 ちなみにバーダー教官は俺のこの趣味に好ましい感情を抱いていない。

 バーダー教官から見ると俺の手つきがやたらと卑猥なんだとさ。

 でもだからといって俺にこの行為をやめさせるつもりはないらしい。何を隠そうマッサージを受けるアルメさん本人が熱望してるんだからな。


 俺としてはこのごつい牛男を一度至極の世界へと導いてみたいのだが、そんなもろもろの理由で俺の願いはいまだ叶えられていない。


 ――なんてことはどうでもいいな。

 こんなところにいきなり来てどうした、バーダー教官?


「フライブたちはどうした?」

「ヘルちゃんたちと野山に探検しに行くと言ってました。そろそろ帰ってくると思うのですが」

「そうか。お前は行かなかったのか?」

「えぇ。僕は病み上がりですので。ここでこうしてアルメさんと日向ぼっこしていたんです」


 ……


 ……


 しばしの沈黙の後、バーダー教官が口を開く。


「お前は不思議な子だ」

「今更何ですか?」

「うむ。今日の会議の場でふと思ってな」


 まぁ、俺は不思議な子だよ。だって大人だもん。


「思えば、お前が国王陛下を救出したという功績。これははっきり言ってここ数百年で一番の功績といってもいい。皆もそう思っている。

 しかし、当の本人はそれぐらいはさも当然だと言わんばかり。その功績すらもまるで日常の一コマとして受け止めているかのように」


 うん。褒められるのは嬉しいが、途中で気ぃ失ったんだ。だから何かをやり切ったという実感が沸かないのも仕方ない。

 あの時だってバレン将軍たちが助けに来てくれなかったらどうなっていたことやら。

 まっ、国民栄誉賞とかもらえるんなら多少は実感沸くと思うんだが。


「ドルトムは特別なものとして……しかし、タカーシはその幼さでさも当然のようにあのような会議に出席している。それだけで十分例外的な魔族だ。

 しかし俺としてはお前にはもっと穏やかな生活を送ってほしいものなのだが。今フライブたちが過ごしているような平和な時を……」


 何が言いたいんだ、この牛野郎は……?

 そもそもさ、俺は今アルメさんを寝かしつけるのに忙しいんだ。


「……」


 ふと視線を上げ、改めてバーダー教官を見てみれば、片手に酒の入ったジョッキを持っている。

 ということは、酔っぱらってここに来たのだろう。


 じゃああれだな。これはチャンスだ。

 俺の兄について聞いてみよう。


「ちょっと待ってください」

「ん? どうした?」

「いえ。そのままそこにいて。でも静かにしていてくださいね。アルメさんが起きてしまいますので」


 そして俺はアルメさんを熟睡の彼方に送り出す。

 できる限り優しく。俺の気配をアルメさんの呼吸に合わせて穏やかに変化させ……。


「ぐるるるぅうぅぅ……がるるるうぅうぅぅう……すぴー……すぴー」


「ふう」

「どうした?」

「お待たせしました。アルメさん、熟睡です」

「ん? むむっ? そうか……。なんという技術だ……あのアルメ殿がこれほど無防備な姿をさらすとは……」

「えぇ。ですので、僕からもお聞きしたいことが」


「うむ。なんでも聞くがよい」



「じゃあ、僕の兄のことについて……」



 次の瞬間、バーダー教官の表情が強張った。

 しかし、何でも聞けといったのはバーダー教官の方だからな。

 ここは遠慮なく攻めさせてもらおう。


「僕は最近まで……それこそバーダー教官から知らされるまで兄の存在を知りませんでした。

 父も母もアルメさんも……そして屋敷の使用人さんたちも教えてくれなかった。

 それはなぜなのですか? それと兄はいったいどういう魔族で? 名前は? バーダー教官とはどういう関係だったんですか?」


「待て待て。そうせかすな。一度に色々聞かれても答えられん」


 俺の質問攻めを受け、バーダー教官が降参だとばかりに両手を上にあげる。

 しかし俺は立ち上がり、少しだけ口調を強めながら質問を続けた。


「百歩譲って兄がどんなヴァンパイアなのかは会ってみればわかるでしょう。名前だって大した問題じゃない。

 でもヨール家のみんなが兄のことを隠していた。僕にとってはそれが大問題です。どうか教えてください!

 なぜ父や母は兄の存在を僕に隠してきたのですか?」

「そ、それはだな……」

「はい、それは?」


 しかし、ここでアルメさんに奇跡が起きる。

 いや、奇跡ってほどのことじゃないけど、爆睡していたはずのアルメさんが起きやがった。


「タ、タカーシ様……ふぁーあ……」

「うおっ、アルメさん!?」

「タカーシ様?」

「は、はい?」


 アルメさんが俺の名前を呼びながら綺麗なお座りをし、それに促されるように俺も正座をする。


「その件はですね……タカーシ様の兄君は……」

「はい、僕のお兄さんは?」

「あれはそう……ひどい嵐の夜でした」

「そうでしたな、アルメ殿。今でも思い出す。あの夜はひどい嵐だった」


 ちょ……その言い方じゃバーダー教官まで関わってるみてぇじゃん!

 なにその夜の話!


「はい。その夜に?」


 しかし俺が前のめりになってアルメさんの説明を促そうにも、アルメさんはバーダー教官とともに遠くの夕日を見つめ始める。

 ちょっと待てって。その流れになると、2人して自分たちの世界に入っちま……


「たっだいまー! タカーシ君! 見て、この大きな翼竜ライオンの子供! みんなで捕ったんだ! 今日はこれ食べよう!」


 しかしながら、ここでフライブ君たちが探検から戻ってきやがった。でっかい魔獣を抱えて……


 そして、それを合図に2人が正気に戻ったかのように口を開く。


「あら、私ったら何を……? 寝ぼけてタカーシ様に余計なことを言うところでした」

「お、おう。それがしも余計なことを……危ない危ない。酒の力とは怖いものだ。はっはっは」

「ふっふっふ! そうですね。お互い気を付けないと」


「いや、そうじゃなくて! なんで教えてくれないのー!」


 あと、フライブ君たち帰ってくるタイミング悪すぎだろ!


「じゃあそれがしはこれで……」

「えぇ。私も夕食の準備を手伝わないと……」

「ちょっとまっ……」


 しかし俺がどんなに地団太を踏んでも、アルメさんとバーダー教官はここぞとばかりに姿を消しやがった。


 そして俺は……


「んな? どどど、どうしたの、タカーシ君? そんな……急に泣き出して……」

「えぐ……ひぐ……聞いて……フライブ君……」

「う、うん。どうしたの?」

「みんなが……ヨール家のみんなが僕に隠し事してるんだ……えぐ……ひぐ……」


 どっちかっていうとフライブ君たちが帰ってきたせいで兄の話を聞けなかったんだけどさ。

 なんか仲間外れにされている感じが切なかったので、フライブ君の胸を借りて少しの時間泣くことにした。




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