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天地の擾乱編 10

 ……しゅっ……。



 しばしの静寂の後、俺は先行して動き出す。

 相手は俺のことが見えないんだ。俺が先に動くのが当然だろう。


 武道家のような隙のない構えをしているビルバオ大臣の迫力がちょっと不安だけど、まぁカウンターを受けることはないよな。


「えっ……!?」


 しかしながら、俺が放った斬撃はビルバオ大臣の防御用の魔力によって簡単にはじかれてしまった。

 そう。相手は防御の動きを見せることもなく――ただ構えたまま突っ立ているだけなのに、俺の攻撃は簡単にはじかれてしまったんだ。

 これ、普通にバーダー教官やバレン将軍並みの防御力なんだけど……!


「ふむ。感じる、感じるぞ。貴様の攻撃を……。

 それにしても目に見えず、魔力も感じない相手との闘いとはなかなかに新鮮だ」


 そして俺の側頭部のすぐ脇をビルバオ大臣の鋭い爪が通過する。

 あっぶねぇ。この野郎、当てずっぽうで攻撃してきやがった。


 しかし運のいいことにビルバオ大臣の攻撃は空を切っただけ。

 俺は再度気合を入れ直し、攻撃を仕掛ける。


 そんな感じでいくらか驚きながらその後2度3度と剣戟を与え、ところがそれらもビルバオ大臣の体に届くことはない。

 ちょこーっと……そう、本当にちょこーっとだけやつの服を切り裂くことができたけど、それだけだ。


 こんなんさぁ……凹むわぁ……。

 俺どんだけ攻撃力ないんだよ……。


 ――じゃなくて、さてどうするか?


 このままでは永遠に膠着状態になりかねん。次いではビルバオの部下がここに姿を現しかねない。

 ゆっくりしている場合ではないことも含め、俺は次の手を考える。

 とその時、ビルバオ大臣が再度口を開いた。


「驚いているのであろう? 我が実力と己のそれの差を?」


 あぁ、そうだな。ただの文官かと思っていたが、そんじょそこらの武官よりも武人っぽい。

 さすがはヴァンパイア族の頂点に君臨する男だ。バレン将軍がいなかったらヴァンパイア最強という評価もうなづける。


 だけどそんな威嚇におびえる俺でもない。

 今度は自然同化魔法を少しだけ弱め、余った魔力を攻撃力へと移す。


「ふん。うっすらと貴様の存在を感じ取れるようになった。今度は我が身を顧みずに攻撃すると申すか」


 あぁ、そうだよ。こうやって少しずつ攻撃用の魔力の割合を増やして、自然同化と攻撃力が釣り合う配分をなんとか見つける感じだ。


 俺は自身の腕とバレン将軍モデルの剣にいくらかの攻撃性が増したのを確認し、またまた攻撃に打って出る。


 しゅ……しゅ……


 しかしながら、ビルバオ大臣の野郎はそれらを巧みな体術で無難に防御した。

 くっそ。これもダメか。


 でも今の俺の攻撃に対して、ビルバオ大臣はさっきとは違って一応防御行動を取った。

 これは少し状況が変化したことを示唆している。

 俺がちょこっと攻撃用の魔力を上げただけで、ビルバオ大臣は防御が必要となったわけだ。


 じゃあお次はもっと多くの魔力を攻撃用に振り分けてみよう。


「ふっ。貴様の輪郭がぼんやりと感じ取れるようになってきたぞ。それで大丈夫か?」


 俺自身の攻撃力が増し、と同時に自然同化の威力が低下したところで、ビルバオ大臣の口元がかすかに緩む。

 でもさ、俺としてはそれも織り込み済みなんだ。


 時間をおかずに俺はまたしても攻撃を再開する。

 相手が俺の輪郭を把握し始めていることから、今回の攻撃はガルト君のように一直線に突撃するわけではなく、フライブ君のように多種多様なフェイントを動きに混ぜながら接近することにした。


「やぁ! とう! ふりゃ!」

「せい! はっ!」


 でもやっぱり俺の攻撃は見事に防御され、それどころかビルバオ大臣の野郎、俺のみぞおちのあたりに重い掌底突きをカウンターしてきやがった。

 それを見事に食らい、俺は腹部の強烈な痛みとともに背後の壁へと打ち付けられた。


「ぐうっ……がはっ……!」

「今のは“入った”な。どうだ? 貴様ごときが勝てる相手ではないのだ。いい加減諦めるがよい。同じヴァンパイアとして悪いようにはせんぞ?」


 挙句はビルバオ大臣から降参を促される始末。

 くっそ。やっぱこのおっさん強えぇ……!

 どうしようか。降参しちゃおうか? それとももっかい自然同化魔法の威力を強めて撤退するか?


 まぁ、降参はあり得ないとして、よくよく考えたら国王の居場所を発見したんだ。国王が存命だという情報も一緒にな。

 これ、俺に与えられた役割は十分果たしただろ。

 ここはもう目的を達成したということにしておいて、撤退した方がいいかな。



 ――なんちゃって。


 ふっふっふ。実は今の一撃、俺にとっては大した攻撃ではなかったんだ。

 俺だってバレン将軍やバーダー教官に防御力がすさまじいと言わしめるヴァンパイア。

 たまたま打ち所が悪かったから少しの呼吸困難に陥ったけど、それももう大丈夫。

 こんな状況で諦めてたまるかよ。


 そしてもう1回、ふっふっふ!

 俺には奥の手がある。というか今までの格闘戦は俺がただ自分の力を試してみたかっただけだ。

 んで、それはもう終わり。

 遠くで繰り広げられている王子とマユーさんの魔力がかなり減っているし、にもかかわらず2人を囲む敵兵の数は時間を追うごとに増している。

 あっちもそろそろ潮時だ。


 ならこっちもそろそろ潮時だ。

 ケリをつけようじゃないか。


「ふん!」


 俺は再度自然同化魔法の威力を強め、気配を消す。


「むっ? 魔力が消えた。

 つまり……諦めて逃げると申すか? まぁ、それもいいだろう。バレンに伝えよ、いずれ雌雄を決しようと」


 勘違いするなバカ。諦めてなんかいねーよ。

 あとお前のその薄汚い口からバレン将軍の名を出すな。


 俺はよくわからん少しの怒りとともに、背中の武器を手に取る。

 いっひっひ。これはもちろん鉄砲だ。

 しかも、一度の着火で3発の銃弾を同時発砲することができる試作品だ。


 そのニューモデルをビルバオ大臣に向け、俺は小さく呪文を唱える。

 指先からマッチ棒程度の炎が発生し、それを鉄砲の銃底部の小穴に入れた。


 ぱぱぱんっ!


「ぐぉ! なんだこの魔法は……! げほっ……!」

「くっくっく。秘密の魔法だよ。覚悟しろ!」


 んで、ここでとどめを!


 と思ったけど、銃声を聞いてビルバオ大臣の部下たちが部屋になだれ込んできやがった。


「陛下!」

「今の音は!?」


 2、3、4……部屋に新たに現れたのは4体のヴァンパイア。

 でもちょっと待て。“陛下”っていうのはそっちで倒れているヴァンパイアではなく、あっちでぷかぷか浮いているユニコーンだよ。


 なんかあったま来たな。

 こいつらも鉄砲の餌食に……いや、ここは冷静に。

 これ以上の長居は無用だ。

 ちょっとわかりにくいけど、国王を拘束している結界魔法のうちの1つ。それの触媒となる魔方陣を守っている別の結界魔法への魔力の供給が途絶えたからな。


 つーかあの結界魔法、ビルバオ大臣から魔力の供給を受けていたわけだな。

 そんで致命傷ともいえる深手を負ったビルバオ大臣はそっちへの魔力の供給を諦めた、と。

 ふっふっふ! ならチャンスは今こそ!


「ぐふ……それより……け、結界を……!」

「しゃべらないでください、ビルバオ陛下!」

「げほ……け、結界を……タ、カーシが……」

「おいっ! 陛下を救護室へ! 急いで運ぶぞ!」

「はいっ!」


 こんな感じでヴァンパイアたちはビルバオ大臣を運びながら部屋から去っていった。

 10畳ほどの部屋に再度俺と国王のみ。

 足音が遠くなるのを待って、国王が口を開いた。


「大儀である、タカーシよ」


 対する俺は自然同化魔法の威力をいくらか緩め、俺の声のみ相手に通じるようにしておく。


「はい。けっこうヤバい戦いでしたけど……まさかビルバオ大臣があんなに強いなんて……」

「しかしおぬしの勝ちじゃ。背中に背負っている……えーと、鉄砲といったか?」

「えぇ。これを持ってきておいてよかったです」


 さて国王とちんたら会話をしている場合でもない。

 俺は会話をしながら、床に刻まれた魔方陣を剣でがりがりと削る。

 国王を束縛していた結界魔法が徐々に弱まり、ある時点で空中をぷかぷかと浮いていた国王が床に降りてきた。


「むう。やはり体が弱っているな」


 国王よ。あんた、弱っているっていうか、相当な消耗状態だから。

 もう立つことすらままならない状態じゃん。

 うーん。これ、俺が国王を担いで逃げた方がよさそうだな。


「国王様、失礼します」


 俺は短くそう伝え、国王を担ぎ上げる。

 もちろん魔族の俺にとってユニコーン1体を背負いながら走ることなんて序の口だ。

 問題は俺たちを追ってくるであろう追跡者の多寡。でもそれもマユーさんたちにお願いすれば何とかなるだろう。


「では行きますね?」

「ん? どこへじゃ?」

「バレン将軍の領地です。そこで態勢を立て直し、再度エールディに戻ってきましょう。バレン軍やフォルカー軍と一緒に」

「ふっ。その2軍をもってビルバオの手下たちを滅ぼすと申すか?」

「えぇ。エールディの住人がどちらにつくかわかりませんが、こちらだって相応の兵力が必要です。ですのでもろもろの事情も含め、国王様には1度バレン将軍の領地へと来ていただきたいのです」

「好きにするがよい」


 じゃあ好きにさせてもらおう。

 俺はまず国王を背負ったまま、再度自然同化魔法を強化する。

 そして部屋を飛び出し、さっき来た道を戻ることにした。

 もちろん今度は全速力で。途中で数体の魔族とすれ違ったが、相手が俺の起こした風に気付き、警戒態勢に入る前にそこを通過する。


 ほどなくして俺と国王は城の中庭に出ることができた。


「マユーさん! 王子!」


 ちなみにこちらではマユー将軍と王子が数十の敵と戦っていた。

 いや、地面にも同じ数ぐらいの敵兵が倒れているから、当初は今の倍近い敵をたった2人で相手していたのだろう。

 マユー将軍は息を切らし、王子も魔力をだいぶ消耗している。

 そりゃさすがの2人といえども、これだけの数の上級魔族を相手にしたらただでは済まない。


 しかし、2人はなんとか無事。ここからバレン将軍の領地まで逃げ切る魔力も何とか残っているようだ。

 俺はまたまた自然同化魔法を少しだけ緩め、2人に向かって大声で叫ぶ。


「はぁはぁ……おぉ、その声はタカーシ君かい? 国王は?」

「大丈夫です! 逃げましょう!」

「よくやったのじゃ、タカーシよ! はぁはぁ。では撤退するぞ!」


 そして王子が神速の突撃。俺やマユーさんの退路を切り開き、俺は即座にその退路へと身を入れる。

 最後に大きく跳躍して城の城壁を飛び越え、こうして俺たちはエールディの城から脱出することに成功した。





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