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天地の擾乱編 7


 さて、エールディ潜入作戦の開始だ。


 メンバーは俺を含めて2人。バレン将軍からは複数の仲間を人選しろと言われたが、人数は少ないほうがいいだろう。

 というわけで俺は今、1体の魔族と行動を共にしている。


 そのパートナーは何を隠そうマユーさんだ。

 雷系魔法を得意とする中・遠距離タイプのマユーさん。同じく中・遠距離タイプで幻惑魔法を得意とするヴァンパイアと相性がいいはず。

 というのが理由の半分ぐらいで、もう半分を占めるだけの大きな理由もある。


 先日突如味方になったマユーさん。うちの幹部連中からよく思われていないのも事実だ。

 最近怪我のせいで休養ぎみだったし、その怪我が大方治ったんだ。働いてもらわなくっちゃな。

 つまりはマユーさんに早い段階でそれなりの手柄を納めてもらい、副将軍としての箔をつけてもらおうという魂胆だ。


 まぁ、この潜入で手柄を上げることができるかなんて俺にもわからないけどな。


 あと、ちょっと怖いけど、マユーさんと仲良くなっておこう。というちっちゃな理由もある。

 四足歩行の麒麟。アルメさんのように体毛もふもふじゃないけど、俺のストライクゾーンをぎりぎりかすめているんだ。

 この鱗の皮膚、果たしてどんなマッサージを施せばいいのか……? うぇっひっひ! 腕がなるぜ!


「どうしたんだい? そんな気味の悪い笑顔を浮かべて……」


 その時、マユーさんが引きつった顔を――いや、これが麒麟なりの引きつった顔なのか断定はできないけど、そんな雰囲気の声で話しかけてきた。

 おっと。マユーさんに俺の魂胆がばれそうになっちまった。ここはごまかさないと。


「いいえ。麒麟という種族。しかも将軍級。

 いざ敵との交戦が始まったら、マユーさんがどんな戦いをするのかなって想像してたら楽しくなっちゃって」

「僕の戦いは先日見ただろう? フォルカーとの闘いの時に……」

「いえ、あの時は国王様の行方不明の件がありましたし、それどころじゃなかったんです。

 だからマユーさんとフォルカーさんの戦いをよく見てなくて……」


 ちなみに俺たちは今エールディに向かって駆け足で移動している。

 めぼしい“高速道路”はビルバオ大臣の監視下に置かれ、関所のように敵勢力の魔族が待ち受けているらしい。

 万が一に備えてその他大きな道路も避けているため、俺たちは道もない山の中を駆け足で走っている最中だ。


 背中には“いくつか”の鉄砲も装備し、準備は万全。ヴァンパイアは夜目も効くので、山林の移動は苦痛ではない。

 苦痛どころかちょっとずつマユーさんと打ち解けている感じがしてきたので、俺はむしろ若干ご機嫌だ。


「そうか。君は不思議な子だね。こんなにも幼いのに自身が置かれた状況を冷静に、かつ前向きにとらえようとする。

 そもそもなんで君は……その……気配を消すことができるんだい?」


 ほらな。マユーさんも俺に興味津々だ。


「さぁ、僕にもわかりません。むしろマユーさんに聞きたいぐらいです。知りませんか? 精霊さんとよく似たこの現象の理由を?」

「そ、そんなこと言われても……しかし……そうだな。確かに精霊の加護を受けているようにも見受けられる。

 緑の石に記憶はないかね?」


 え!? まじか!


「あります! あるある! え? マユーさんはその石をご存じで!? どういう石なのですか?」


「その石は精霊の加護を具現化したものだ」


「ふむふむ。それでそれで?」


「ん? それで終わりだが……?」


 終わりかい!


「終わりかい!」


 しまったぁ! 思わずツッコミをぉ!


「あぁ、終わりだ。すまんね、力になれなくて」


 しかし、対するマユーさんは俺のツッコミに動じることもなく淡々と答えるだけ。

 でもこんな感じで会話を進めていると、やっぱりマユーさんと徐々に打ち解けている気がするな。

 ――じゃなくて。ツッコミの件謝らないと。


「あ、いえ、こちらこそすみません」

「うむ。君はごくまれにそのような……なんというか、感情をあらわにする性格なのだな。よくわかった」


 よくわかられちゃったよ。

 まっ、いいか。俺たまに地が出ちゃうしな。


 そんな感じで山林を走っていると、俺たちはヨール家の屋敷からそう遠くない森の中まで到着した。

 ここはエールディに30キロほどの距離にある森で、フライブ君たちとよく遊んでいる森林だ。

 んでもって、ここで俺たちは思わぬ魔族に出会うこととなる。


「ん? 何かいますね」

「あぁ、何者かが警戒用の魔力をうっすらと広げている。これは……?」

「近隣に住んでいる魔族じゃなさそうです。ということは……敵かな?」

「いや、それにしてもおかしい。こんなところに単独でいるなどと」


 そうだよな。敵勢力なら4~5体のグループで警戒態勢に入っているのが普通。

 じゃあなにか? 闇羽や跳び馬といった秘密組織の隊員が何かを調査しているのか? またはエールディから逃げる途中バレン軍とはぐれてしまった魔族とか?


 いや、ビルバオ大臣直下組織の隊員という可能性だってある。

 この広大な森の中を単独で各地に散開し、有事の際には何らかの手段をもって離れたところにいる味方に情報を伝える。

 そして時間をおかずにわらわらと敵が集まってくる。

 みたいなシステムで俺たちの侵入を阻もうとしているのかもしれない。


「迂回するかい?」

「いえ、単独でいるのは不可解ですが、このまま直進しましょう。迂回先にも似たような魔族が単独でいるかも。僕たちの侵入を何らかの方法で伝達されたら厄介ですので」

「じゃあ、殺るかい?」

「いいえ。僕の自然同化魔法で通り過ぎるのが無難かと思います」


 そして俺は隣を走るマユーさんの背中に飛び乗る。

 いつも通り魔力を放出し、俺とマユーさんの気配を周囲の自然に紛れ込ませた。


「でも一応確認しておきましょう。視認できる範囲まであの魔族に近寄ってください」

「あぁ、わかった。それにしても……やはり便利な能力だな」

「褒めても何も出ませんよ」


 と最後に軽い雰囲気で会話を済ませ、俺たちは沈黙する。

 俺たちが自然同化魔法で気配を消しても、足跡や高速移動の際に発生する風から俺たちの存在がバレる可能性もあるので、マユー将軍は走る速度をゆるめてくれた。

 んでもって、徐々にその魔族の姿が近づき……ってあれ?


「王子ぃ!?」


 なんで王子がここに?


「え? あれ? なんで?」


 王子の突然の登場に俺は思わず自然同化魔法を解除してしまった。

 そしてマユーさんの背中から飛び降り、王子へと駆け寄る。


 でもよく考えたらこれ失敗だったんだよな。

 今回の件における主な敵はヴァンパイア。

 つまり、これは敵の幻惑魔法による王子の姿だったのかもしれなかったんだ。


 しかし混乱しながら近づく俺に対し、王子は当然のように答えるだけであった。


「待っていたぞ、タカーシよ」

「いや、そうじゃなくて! なんで王子がここに?」

「父上を助けるためじゃ。当然じゃ」

「まじか……でも、僕たちがここを通るってよくわかったね」

「うむ。この森は昔よく皆で遊んだ森だからな。おぬしらがここを通るという余の予想、ばっちり正解じゃ!」


 そして嬉しそうに尻尾をパタパタさせる王子。

 どうやら本物の王子らしい。

 うーん。まぁ王子はこういう無謀さも持ち合わせているから、これも今更……なのかな。

 それにしても俺たち“高速道路”は使っていないにしても、結構早めに走ってきたんだけど。

 どうやって先回りした?

 いや、聞いてみよう。


「王子?」

「ん?」

「王子はどうやってこんなに早くここに来たの?」

「決まっておろう。山々の頂上を飛び越えてきたんじゃ」

「え? あれ? それじゃあさ、その山々の頂上には敵がいなかった?」

「いたぞ。蹴散らしてやったわ! ひひーん!」


 あぁ、このバカ……それじゃ俺たちがこれからエールディに向かうってもう敵にバレてんじゃんよ。

 何てことしてくれたんだよ。


 と俺は頭を抱えて膝をつく。

 こういうとこはやっぱ子供なんだよな、このユニコーン。


 それにしてもどうしよう……?


 俺たちの計画だと、行けるとこまで隠密行動で進み、いざとなったらマユーさんを囮にしながら俺が城に潜入しようと思っていたんだ。

 でもすでにエールディに王子のことがバレているとなると、俺の計画もこれじゃ……いや、待てよ。王子も相当に強いし、マユーさんと一緒に囮になってもらえば……いいかも……?


 いや、それはあまりにも危険すぎるな。

 国王も大事だが、王子だって重要な存在なんだ。

 そんな王子を囮に使うのはさすがに危険すぎる。


 しかし……。


「余が囮になればよかろう? 久々に腕がなるわ!」


 王子はもうすでにやる気満々だ。

 くっそ。心配して損した。

 じゃあ王子はいざという時の“囮その2”な。


「うーん。わかったよ……じゃあ王子も一緒に行こう」

「よし、それでこそタカーシじゃ!」

「ご機嫌よくならないで! 仕方なくつれていくんだからね! それとマユーさん? もしもの時には王子を守ってください」

「わかったよ。君たちの国はなかなか面白い王族がいるんだね」

「笑えない冗談です」

「ひひーん! よいぞよいぞ! ではともにエールディに行こうぞ!」


 俺が承諾したらわけのわからんテンションになった王子。

 そんな彼に若干の不安を抱きながら、結局俺たちは3人でエールディに向かうことにした。




「止まれ止まれーっ!」


 そして次の日の夜中、俺たちはエールディに到着した。

 そんでもってエールディの街を前に、俺たちは警備の魔族たちに捕まった。


「むむっ! こんな夜中に街に入ろうとはなんと怪しいやつ!」


 どこかで聞いたことがあるようなベタなセリフを警備のヴァンパイアが叫び、俺たちは足を止める。

 つーかさ。このエールディって都市は夜行性の魔族とかもいるから夜も街道の往来が多いんだ。

 横を見れば多種多様な魔族が俺たちを通り過ぎ、挙句は急いで作ったであろう簡易的な関所も多くの魔族が素通りしている。


 それなのになんで俺たちばっかり止められた?

 なんて思うのも当然なんだけど、今回ばっかりは無理もない。

 俺は今世間を騒がせているヴァンパイアの一族。

 そしてマユー将軍と王子は、ぼろ切れの布をかぶせているけど国王と同じ四足歩行。王子に至っては布から角がはみ出しているからな。

 そりゃ怪しまれて当然だ。

 というかこの警備の態度、明らかに王子を狙った警備体制を敷いているよな。


「はい?」


 しかし、このタイミングでわざわざ暴れ始める必要はない。

 俺はすっとぼけたような声で返事を返し、子供の笑顔を相手に向ける。

 とはいえそんなしょうもない演技は相手に見透かされていた。


「ごまかすな。今我々ヴァンパイアが大事な時期ということは知っているだろう? 貴様はどこの家のヴァンパイアだ?

 それとそちらの魔族よ。布を剥いで姿を見せよ!」


 うーん。めんどくせぇな。

 まぁいいや。俺はとりあえずこないだヘルちゃんに殺された3番訓練場の教官の名でも使っておこう。


「僕は“元”ヴィセル家の者です」

「ほう。元とは?」

「僕はその昔家を出まして……そして今はこの方々について世界中を旅している最中なのです。

 久々にエールディに戻ってきたのですが、これはいったい何の騒ぎですか?」

「むう。そうか。それはそれはその若さで大変な。この状況はなんでもない。それより一応そちらの魔族の顔も確認してよいか?」

「はい。では“ユーマ”様? 布を取りますね? それと“坊ちゃん”も」


 そして俺はマユーさんにかぶせていた布を剥ぎ取る。

 南の国では比較的珍しい麒麟とあって、警備のヴァンパイアたちは驚きながら後ずさりした。


「我が名はユーマ。世界を回り、魔力の礎を研究する者。そしてこちらは我が息子だ」


 んでここまではいい。マユー将軍も俺のウソにノってきてくれたからな。

 問題は王子だ。

 ここに来る途中、一応道端で拾った木の枝を王子の角の両脇に括り付け、麒麟とユニコーンのハーフっぽい感じにしてみたのだが、果たしてこれで相手をだませるか。


「坊っちゃん? 布を取りますね?」

「え、えぇ? 怖いよぅ……この街、魔族がいっぱいだぁ……僕、布に隠れていたい……」


 あはははっ! 王子! なんだよ、そのキャラ!?

 ちょ、笑いそうになっちゃったじゃねーか!


「ふむ。麒麟だけではなく、麒麟とユニコーンの混血児とは……なんと珍しい」


 しかも王子の頭につけた木の枝がいい感じで役立ってるし!!


「はい。ではここを通っていいですか?」

「あぁいいぞ。旅の疲れをエールディでゆっくりとるがよい」


 結局、こんな感じで俺たちはエールディへの侵入を成功させた。




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