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天地の擾乱編 6


 バレン将軍の領地は自然豊かな農業国であった。

 山河が生き生きと領地を覆い、ところどころに畑が見える。その畑では多種多様な魔族が農作業に精を出していた。


 気候も温暖。各地に点在する都市には多くの商人も行き来する。

 この地方はバレン将軍を慕うヴァンパイア――特に異種間とのハーフのヴァンパイアが多いらしい。

 まさにバレン将軍の人柄を存分に表現したような素敵な土地柄だ。


 なんてことを言いたいんだけど、当の本人は今現在、変態の極みを絶賛体現中だ。


「ほら、早くそのマントを脱げ。ぬぐぐぐ……! 闇羽用のマントはどうした? ぐっ。アビレオンに渡すように言ったはずなんだが? ほら、暴れるな!」

「やーめーでー! ぼぐのマンドぉ、ぬがざないでー!!」

「ぐぐっ……無駄な抵抗はするな。早く闇羽用のマントを着ろ。私に闇羽姿を見せるんだ……!」

「いーやーぁーだーぁー! おどーざーん、だまっでみでないでだーずーげーでーぇ!!」


 バレン将軍が泣きわめく俺のマントを無理やり脱がすこの光景。見ようによっては“事案”だよな。小学校を通して注意メールが父兄に送られるぐらいの問題事件だ。


 でも相手がバレン将軍となると、だれも止めることはできない。

 バレン将軍が本拠地とする城の城門前で、俺はバレン将軍に襲われ続けた。


 つーかさ。闇羽って秘密の組織なんじゃねーの?

 周りでみんなが引きつった顔を浮かべながら俺たちのことを傍観してるけど、俺が闇羽ってことバレちゃだめなんじ……いや、俺闇羽じゃねーし!


 つーかさ! こんなことやってる場合じゃねぇんだよ!

 フォルカー軍25万弱が到着したんだ! バレン将軍本当にこんなことやってる場合じゃねーだろ!


「よし、そのままそのまま。動くなよ、タカーシ。それで……うむ。いい姿だ。格好いいぞ! なぁ、エスパニ?」

「そ、そうでございますな。父親としてなんと誇らしい」

「そうであろう、そうであろう!」


 まぁいいや。

 バレン将軍からかっこいいポーズを取らされ、挙句は父親から裏切りのような言葉を浴びせられ、俺は全てを諦める。

 2分ほどバレン将軍の舐め回すような視線に耐え続け、そして俺はものすっごい低いテンションで告げた。


「そんなことよりバレン将軍? フォルカーさんといろいろ打合せしなくてはいけないこととかあるんじゃありませんか?

 なにしろ20万を超す軍勢が難民のごとく押し寄せたんです。まぁ、僕もその1人ですけど……」

「あぁ、そうだな。一応フォルカー軍のやつらが寝泊まりする場所は確保してあるんだが、食料がどうにも……。

 フォルカー?」

「はい?」

「今回の件、ビルバオの旺盛を長続きさせるつもりはないが、万が一ということもある。色々と話し合おうではないか」

「そうですね。では」

「うむ。我が城の会議室にくるがよい。幹部の連中もつれてこいよ」

「はい」


 そしてバレン将軍は城の奥へと入っていった。

 うーむ。やっぱり“きりり”としているときのバレン将軍はめっちゃかっこいいんだよな。

 俺たち子ども――とりわけ俺を前にするとなぜにここまで変態に成り下がるのか。

 いや、これもかわいがられている証拠か。それならば……うん、喜んでおこう。


 さて、じゃあバレン将軍とフォルカーさんたちがいなくなったことだし。


「タカーシ様ーッ!」

「ご無事で何よりです、タカーシ様ッ!」


 頃合いを見計らい、周りの集団から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 この声はヨール家の使用人や人間の奴隷たち。バレン将軍に襲われていた時は俺を見守っていたんだが、彼女が姿を消したことでここぞとばかりに俺に近寄ってきてくれたんだ。しかも嬉しそうに。


「皆さんこそ無事でよかったです! あははッ! 重い! 重いってば!」


 双子の奴隷が揃って俺に抱き着き、俺も彼らを受け止める。

 そう、これこそが正しい再会の挨拶だ。

 さっきのは……なかったことにしよう。


「聞きましたよ。鉄砲部隊が大活躍したって!」


 そう話しかけるのは鉄砲職人部隊のリーダー、サンジェルさん。

 その他、セビージャさんやバイエルさんとも挨拶を交わし、中には俺のことを心配するあまり泣きながら抱き着いてきた使用人さんすらいた。


 とはいっても、それは俺も同じ気持ちだ。

 エールディからそう遠くない我がヨール家。そして対ビルバオ大臣勢力となるバレン将軍お付きの秘書官たる親父。

 クーデターが起こったからには、親父の住まいに敵の手が届かないわけがないんだ。

 この使用人たちも相応の修羅場をくぐってここまで来たことであろう。


 注意深く見てみれば、使用人さんたちのうちの数名が手傷を負っている。

 しかしながら人間たちは全員無傷。

 よくもまぁ、ここまでしっかり俺の従業員たちを守ってくれたもんだ。


「皆さん、人間の方々を守ってくださってありがとうございます」


 俺は使用人さんたちに向かってぺこりと頭を下げ、素直な言葉で感謝の気持ちを伝える。

 その態度に感動したのか、またしても使用人さんたちが瞳を潤ませた。


 というほのぼの再会シーンを楽しんでいたわけであるが、こういう時に邪魔が入るのが俺の運命(さだめ)な。


「タカーシ。ビルバオごときの手下、私の敵じゃないわよ。私がいる限り、お父さんにも指一本触れさせないわ」


 その声に振り返ると、そこには血まみれ姿の母親がいた。


 などと表現するとなんかサイコホラーっぽいけど、何はともあれなぜか自信満々そうな表情のお袋がそういいながら俺の方に歩いてきた。


「おかあさ……ママッ!」


 いや、待て。

 お袋ってそんなに強いの?

 そのおびただしい血、ほとんど返り血だろ?

 つーか、親父を守ったのがおふく……えっ!? えぇーッ!?


「ただいま! いや、ここはうちじゃないけど、ただいま!」

「えぇ、おかえりなさい。あなたもだいぶ頑張ったみたいね」

「うん」

「アルメもおかえり。タカーシの面倒よく見てくれたわね。お疲れ様」

「ただいま戻りました。もったいないお言葉を……」


 びっくりだ。あんまりびっくりしすぎてふっつーーっのことしか言えなかったけど。

 つーかなになに? お袋って一体?


 と俺はお袋の強さについて尋ねてみようと思ったんだけどさ。

 こういう時にさらなる邪魔が入るのが、俺の運命(さだめ)……なのかな?


「タカーシ? そこで何をしている? お前も会議に出るんだ」


 一度バレン将軍について城の中に入った親父が戻ってきて、俺にそう言ったんだ。

 くっそ。俺も会議に出なきゃいけないのかよ。


 まぁ、別にいいけどさ。


 なので俺は親父の後を追ってとことこと歩き始める。



「へぇー……」



 城内を歩きながら、俺は城の様子を観察した。

 この城はバレン将軍の本城ともいえる城だ。

 とはいえバレン将軍は1年のほとんどをエールディで過ごしているため、城の手入れはさほど行き届いてはいない。

 それが影響してか、エールディの城よりいくらか古い雰囲気を醸し出していた。

 むしろその雰囲気が中世ヨーロッパ風のいい感じの城になっているので、俺自身はこっちの方が好みだ。


 そしてそんな城の階段を2階まで登ってすぐ左の扉の向こう側に、会議室と呼ばれる30畳ほどの部屋が広がっていた。

 部屋に入ってみると、窓もなく、明かりのたいまつもまばら。

 長いテーブルの上座に王子が座り、向かって右側にバレン軍の重役が列をなして座っている。

 対称的に、左側にはフォルカー軍の重役たちが座っていた。


 しかしながらいつぞやのラハト軍との会議の様に、ピリピリした雰囲気は感じない。

 いや、あの時は俺が会議の場に乱入していろいろと問題起こしたんだっけ……?


 うーん。嫌なこと思い出したな。

 まぁいっか。フォルカーさんは基本穏やかな性格だし、今回は大丈夫だろう。


「全員そろったな。それじゃ会議を始めようではないか」


 俺がフォルカー軍側の席に座ると同時に、バレン将軍が口火を切る。

 それに続いて親父が口を開いた。


「それではまず、フォルカー軍の方から報告してください。特にソシエダ軍とアレナス軍の状況報告を。

 それと、そちらのおられる……あの……マユー将軍がここにいる理由を?」


 うん、まぁ説明なしじゃこの面子――特にマユーさんが当然のように列席しているこの光景は理解しにくいだろうな。

 俺たちですらまだなじんでいないのに。


「それはですね。彼は友人なので、こちらに引っ張り込んだという次第です。タカーシ君にそう言われましたので」


 しかしながら、話を振られたフォルカーさんは自信満々にそう告げるだけ。

 負けた方が相手の部下になるとかそういった細かい話はすんっと省いて、挙句は俺の名前を出しやがった。


 おい! ちょっと待てよ! あの時はいろいろと事情があったじゃ……じゃなくてさ! 俺の名前は関係ないじゃん!


「そうか。タカーシがそれを……よしわかった」


 だがそれを聞いたバレン将軍が納得したように頷いた。

 おい、それでいいのかよ。


「ならしかたありませんな」


 しかも他の幹部も納得したようにつぶやくだけ。

 んでもって、みんなからじぃーっと見つめられる俺。


 もう帰っていいかな……?


 しかし会議は始まったばかりだ。

 俺はみんなの視線攻撃をはじき返すために気を入れ直し、前のめりになった。

 その勢いのついでに、俺は話題を変えようと試みる。


「フォルカーさん? ソシエダ軍とアレナス軍の状況も?」

「あぁ、そうだね」


 そしてフォルカーさんが報告を始める。

 国王消息不明の情報が出回った後、ここぞとばかりにソシエダ軍とアレナス軍が戦いを始め、かつ東の国の軍も混ざった三つ巴の混乱状態に陥っていること。

 結果、両軍は下手に撤退することもできず、今もあの地で戦っているであろうことをフォルカーさんが伝える。

 この点は現地に残っている闇羽からの報告も上がっているらしく、バレン将軍は短く「ふん」と頷くだけであった。


 しかしマユーさんを追って5万弱の兵が投降してきている事実を聞いたときは、バレン軍の幹部たちは信じられないといった表情を浮かべた。


 でもさ。この点は仕方ないよな。ついてきちゃったんだし。

 相応の数の上級魔族も投降してきたし、戦力的に考えるとこれでフォルカー軍もいっぱしの軍隊になれたんだし。


 と俺は1人腕を組んで納得していたが、5万もの兵を受け入れたと聞いたバレン軍の幹部は驚きの表情を次第にざわめきへと変えていく。


 しかし――


「これもタカーシ君の策です。おかげさまで我が軍は戦力だけなら他の軍に引けを取らない規模になりました」


 おい! また俺をダシにしやがったな、フォルカーさん!


「あっ、いや、ちょっと……フォルカーさん?」

「むぅ。またタカーシか。なら仕方ない」


 しかしながら俺がフォルカーさんをたしなめようにも、バレン将軍がまたしても短い言葉で納得するだけ。

 もうさ、バレン将軍も本当にそれでいいのかよ……?


「じゃあ次はそちらの情報をください」


 フォルカーさんがここぞとばかりにバレン将軍に話を振り、バレン将軍も短く「あぁ」と答えながら立ち上がる。

 くっそ。フォルカーさんの野郎、俺に反論する間を与えないようにしてやがる。

 まぁいいや。チャンスはまだある……はずだ。


 と俺は決意を新たにし、会議に集中し始めた。

 バレン将軍が少し移動し、上座に座っている王子の背中に貼ってあった地図を指し示しながら話を始めた。


「国王陛下の不在に伴い、各勢力は様々な行動をとっている。ラハトの奴はサメドゥ軍のしつこい追撃から逃れ、領地へと戻ったらしい。

 しかしラハトの領地は西の国との国境近く。私の領地とはエールディを挟んで反対側に位置するため、我々と連携を取るのは難しい」


 ちなみにサメドゥという魔族は6体いる南の国の将軍のうち、最後の1人だ。

 俺も城で何度かあったことがあるけど、ゴルゴンの将軍で見た目も怪しい女魔族だ。

 土系魔法の高等技術たる“石化魔法”なるものを操るらしいが、それはまだ見たことがない。


「次は首都エールディに飛ばした闇羽の報告だ。

 事件勃発当初は混乱状態だったが、日にちを追うごとにビルバオ大臣の勢力が影響を強めている。

 もちろんめぼしい将軍や大臣たちには懸賞金がかけられており、今はむしろ数百万といるエールディ市民が敵と考えた方がいいだろう」


 そしてエルフ族の長たるラーヨバ大臣やドワーフ族のレバー大臣もそれぞれの領地へと戻り、かつ、軍勢を整えて外部からの侵入に備えているとのこと。

 誰が誰を信じていいのかわからない、まさに戦国時代のような群雄割拠状態だ。


 んでここまではいい。想像通りのクーデター具合だからな。

 問題は国王のことだ。


「国王陛下はやはり消息不明らしい。でも崩御の情報は流れていない。

 とはいえこれほどの数の闇羽をエールディに潜り込ませても、居場所の情報1つ得られることができない。

 いったいどこへ行かれたのか……?」


 そういって、バレン将軍は腕を組みながら悩みこむ。

 同様にフォルカーさんたちもそれぞれ悩み始めたが、困った顔のバレン将軍がめっちゃかわえぇ!


 じゃなくて――その時、沈黙を破るように1人のヴァンパイアが口を開いた。


「先程闇羽から入った情報によりますと、城に不審な結界が張られているとのこと。外向きの防御結界術ではなく内向きの……」

「どういうことだ? なぜ外からの侵入に備えない? 内向きとはいったい……?」

「詳細はわかりません。しかし危険すぎるため侵入することもできず、とりあえず報告をと」

「うむ。わかった」


 ん? 何の話だ?

 と俺は首をかしげるが、ここでバレン将軍が再度沈黙した。


「……」


「……」


「タカーシ?」


 バレン将軍のわるーい笑み。いやーな予感がするんだけど……?


「はい?」


「行ってくれるな?」


「え? 僕? もしかして僕にそれを調べろと?」

「あぁ。お前なら侵入もたやすい。ほかにも顔の割れていないメンツを数人見繕っておけ。

 もしそこに国王陛下がいたとしても陛下を助けなくていい。その居場所を私に伝えるだけでいいから」


 つーかマジか? まじで俺が行くのか?

 すっげぇ嫌なんだけど! 怖すぎんだろ。


 俺は全力で拒否しようと思ったが、しかしここで親父が裏切りやがった。


「おぉ、それは名案にございます」


 結果、俺は思いっきり凹みながらもあきらめることにした。

 親父に逆らうと怖いからな。


 でもさ、凹みながらも悪い癖が出ちまった。

 俗にいう“転んでもただでは起きない”というやつなんだが、ただで行くなんてまっぴらごめんだ。


「えーとぉ……うんとぉ……じゃあ代わりに鉄砲の製作作業場の準備をバレン将軍にお願いします」

「ほう。その心は?」


「もちろん鉄砲の増産です。本来なら生産量の落ちるこの状況ですが、そういう時こそいつも以上の成果を出さないといけないんです。

 あと、20万人分――いや、東の国からの投降兵5万とエールディからフォルカーさんを頼ってきた数千の魔族たちも足して26万ぐらいかな。その分の食料の確保と、来年以降のために新たな農業用地の開墾を提案します。

 今回の件……ビルバオ大臣の反乱を一刻も早く鎮めるのも重要ですが、この状況が長期にわたる可能性も視野に入れ、農業用地を開拓しておく必要があります。まぁ、ビルバオ大臣をさっさとやっつけることができたらそれもそれでよしとなりますし、その場合は農業用地が増えただけで悪いことではないはず。

 農業の仕方は我がヨール家の人間たちに指揮をとらせればいいでしょう。そのように体制を整えておいてください」


「む、むう。確かに……」

「これは絶対。そのかわり、その怪しい結界の正体を暴いてきます」

「わかった。気を付けて行けよ、タカーシ」


 その後、いくつかの議題が話し合われ会議は終わる。

 俺は肩を落としながら部屋を後にした。





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