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天地の擾乱編 4


 その背中は、月明かりと朝日の混ざった光に包まれ、神々しいほどであった。


 いや、俺が過剰なまでに感傷的になっているからそう感じるのかもしれない。

 実力主義社会の頂点に君臨する国王陛下の息子。そして、バーダー教官に将来の伸びしろが図り切れないと言わしめたユニコーン。

 そんな王子が無言で東の空を眺める姿は、たとえ後ろ姿であっても他の魔族と一線を画す。


 それが果たして俺と王子の身分の差なのか、または実力の差なのか。

 普段は何気なく話しかけてはいるものの、この時ばかりは躊躇してしまうだけの気配を王子は漂わせていた。


 とはいえ、その気配は別の意味にもとれる。

 実の父親が消息不明。ヴァンパイアによるクーデターで消息不明。

 そんな状況を平然と乗り切れられるほど、王子は大人ではない。

 そういう意味で、悲しみと哀愁を含んだ気配だ。


 もちろん王子が笑顔を振りまいているようなら、俺が王子をぶん殴る。

 まぁ、俺ごときの攻撃など王子には軽く回避されるだろうけどな。


 さて、そんな感じで王子がしんみりと東の空を眺めている。

 この状況で王子を放っておけるわけがない。

 その背中に話しかけるのは、むしろこの時の俺の使命のように感じた。


「王子?」

「タカーシか」


 俺の気配をすでに察知していたのだろう。王子は驚く様子もなく、淡々と俺の言葉に答えた。

 東の空を見つめたまま、振り返ることもなく。そして声にも元気がない。

 予想通りの反応だな。


「うん。王子はいつから起きてたの? ちゃんと寝れた?」

「寝れるわけなかろう」

「そうだよね」

「余の身を狙っている輩がいつ襲ってくるかわからん。そやつらを片付けねばな」


 いや、違う。この仔馬、父親の消息不明にうろたえるどころか、襲い来るであろう刺客を迎え撃つ気満々だ。

 精神力強すぎだろ。


「そ、そうだね。一網打尽にしてやろう」


 しかし、俺がそう言いながら王子の隣に座ったら、王子は俺に体重をかけながら横になった。

 うーん。これは甘えているのかな? よくわからんな。



 それにしてもさ。俺が王子に近づいただけで“闇羽”や“跳び馬”の護衛たちが少し離れたところで魔力をざわつかせやがった。

 王子に近づくものは、たとえそれが俺であっても警戒する必要があるということか。

 まぁ、それはそれで頼もしいけど、さすがに今の状況ぐらい察してほしいよな。

 俺が王子に何をするっていうんだよ。こちとら攻撃力に乏しいことで絶賛悩み中のヴァンパイアだ。百歩譲って俺が王子の命を狙ったとしても、王子に敵うわけないじゃん。


 子供だよ、子供。

 俺たちはあくまで子供同士で――それでいて、片方がもう片方を慰めてやろうというんだ。

 大人の都合でそれを邪魔すんな。


「……」


 なので、俺は魔力をちょっと放出しながら周囲を睨みつけ、魔力のざわめきの発生源たちを順に威嚇する。

 これには「いいから黙って草陰に潜んでいろ」という意思を込めていたのだが、その思いを知ってか知らずか。または俺と王子が仲良く寄り添って座っている光景に安堵したのか、周囲の魔力のざわめきは徐々に収まっていった。

 その雰囲気を察知し、俺は短く息を吐く。


「ふう」

「なんじゃ? 余の護衛が邪魔か?」

「いや、別に。あのまま静かに見守ってくれてればそれでいいから。僕ただ王子とお話ししに来ただけだし」

「ふん。余のことが心配か?」

「うん。まぁね」


 などなど、とりとめのないやり取りから会話を始め、俺は王子の心境をうかがう。

 王子の言葉からは平静さを感じ取ることができたが、同時に無理して平静を保っているような気もした。

 んでこういう時にざっくりと本題に入っちゃうのも俺の悪い癖なのかな。

 いや、なんというか。王子に覇気が無さすぎるんだ。

 そんなもん、1秒でも早く元気になってほしいじゃんよ。


「でもさ。王子の護衛は完璧。もうすぐフォルカーさんも復活するだろうし、2、3日後にはマユーさんも回復して、護衛の戦力になれそうだって。

 闇羽のヴァンパイアたちとか跳び馬のユニコーンたちとか……他にバーダー教官とかアルメさんもいるし、王子の身はあんまり心配していないかも」

「……おぬしも闇羽の一員じゃろ……?」


 ぐっ! 忘れてた!

 俺、そういえば闇羽の一員になっていたんだっけ!

 くそ、嫌なこと思い出させてくれるじゃねーか、このガキ馬め。


「そ、そうだった……」

「くくくっ。おぬしこそしっかりせい、タカーシよ」

「う、うん」


 そんでもってなぜか王子にたしなめられる俺。

 なにをしにここに来たんろうな……?


 いやいやいやいや。ここは真剣に。

 ぶっちゃけた話、このユニコーンが今の俺たちの――そしてフォルカー軍の命運を握っているといっても過言ではないんだ。

 フォルカー軍の士気や統率に影響しかねないからな。

 王子には是非とも早く立ち直ってもらわないといけないんだよ。


「んでさ。昼間言ったように、国王様はただの行方不明。別に殺されたって決まったわけじゃないんだから大丈夫だよ」

「そうじゃな」

「なんだったらそのうち『国王様が反乱の首謀者を討ち取った』って情報がそのうち出回るかもね。あの国王様だ。それぐらいのことは簡単にやってのけそうだ」

「そうじゃな」



 そしてしばしの沈黙……



 くっそ。俺はこういう時にこの程度の励まししかできないのか?

 薄っぺらいにもほどがあるだろ!


 いや、でも手ごたえはある。

 王子が俺に掛けている体重が徐々に重くなっている。

 これ、少しずつ安心し始めているってことだろ?


 ふっふっふ。なんとわかりやすい子だろう。

 言葉では――いや、こういう時。そしてこういう子には着飾った言葉なんていらないのかもしれないな。

 じゃあここはあえてストレートに。


「僕たちは王子の味方だからね。なにがあっても……だから元気を出して」

「そうか。それはありがたい」


 王子の返しは短く素っ気ない。しかしながら俺の太ももに首を乗せる王子は、やはり俺に甘えているようだ。

 というか、俺に甘える王子がめっちゃかわええ!

 うし! ここは1つ、アルメさんで鍛えた俺の手技を……。


「ひひーん……ひーん……」


 それからおよそ5分。俺は流れるような手つきで王子の体をいじくり回す。

 王子も俺の美技に酔いしれ、しかしながら会話のない、静かな時間が過ぎていった。


「も、もうやめよ……タカーシ……余の筋肉が堕落してしまう……」

「いいからいいから。僕、ちょっと楽しくなってきた!」

「ぎゃははっ! そこは触るな! くすぐったいんじゃ! ちょ、タカーシよ! やめ……やめるのじゃ!」


 んで、あるタイミングでこんなやり取りをしつつ、俺たちはげらげらと笑いあった。

 というとても友情あふれるシーンを繰り広げていたわけであるが、こういう時に邪魔が入るのが俺の運命(さだめ)な。


「タ、タカーシ……? 王子にいったい何を?」

「うわ! バーダー教官!?」


 そうだ。

 王子の体を弄ぶのに夢中になっていて気付かなかったけど、いつの間にか背後にバーダー教官がいたんだ。

 そんでもって怪訝な表情で俺たちのことを見つめてやがる。


「ち、違うんです! これは……王子と遊んでいただけで……決して王子の体を弄んでやろうとか、そういう気持ちでは……」


 あぁ、俺のバカ。

 なんて胡散臭い言い訳だ。


「そ、そうなのか? 本当か?」


 バーダー教官にめっちゃ疑われてるしぃ!


 でも、ここで王子が助け舟を出してくれた。


「はぁはぁ……そ、そうじゃ。ひ、昼間の疲れを取るため、タカーシがわしの体をほぐしてくれておったのじゃ……はぁはぁ」


 俺と王子、2人そろって浮気がバレたときみたいな言い訳になってるけどな。

 まぁいいや。さすがのバーダー教官といえども、王子の言葉には逆らえないからな。


「そ、そうですか。それは失礼しました、王子。このバーダー、ついつい邪推を……」


 邪推すんなよ! 子供同士が戯れてる素敵な光景だろうがよ!


 ――じゃなくて! 昼ドラみたいなコントしてる場合じゃねぇ!

 つーかバーダー教官、俺たちになんか用事があったんじゃねーの?


「ところでバーダー教官? 何か用事でも?」

「あぁ、そうだったな。タカーシよ。会議が先程終わってな。今後のフォルカー軍の方針があらかた決まった。それをお前に伝えに来た。ちょうど王子もおられましたので、王子のお耳にも入れていただきたいのですが?」

「かまわぬ。伝えよ」

「はっ」



「明日早朝に旧マユー軍からの投降者を受け入れ、その後バレン将軍の領地へと撤退することとあいなりました。

 運のいいことにソシエダ軍とアレナス軍がすでにぶつかり合っております。そもそもあの2人は仲が悪かったし当然といえば当然でしょう。

 こちらへも攻撃の手を伸ばすかと思っていたが、マユー殿がフォルカー軍に下ったという情報があちらにも入ったのでしょうね。将軍級が2人もいるとなるとおいそれと手を出せません。

 ゆえにソシエダ軍とアレナス軍は勝手に争わせておくとして、この2軍の脅威は無視していいでしょう」

「うむ」


 ほうほう。なるほどな。

 やっぱあの時、マユーさんを引き入れるように叫んだのは正解だったな。


「タカーシよ。あの時のお前の判断は正解だったな。

 しかしマユー殿も鉄砲の傷から回復しているわけではないし、そもそもあの2人は一騎打ちの疲労や負傷で随分と消耗している」


 そうなんだよな。その情報もソシエダ軍とアレナス軍に伝わっているはずだし、やはりここでゆっくりしているわけにはいかないか。


「えぇ。フォルカーさんの疲労は明日明後日にも回復するでしょうが、マユーさんの鉄砲傷は10日前後の休養を必要とするはず。

 まぁ、マユーさんは雷系魔法の使い手でどちらかというと中・長距離での戦闘を得意とするようですから、肉体の傷はあまり関係ないのかも知れませんね。最悪僕ぐらいの機動力さえ戻れば……?」

「あぁ、そうだな。いい分析だ、タカーシ」


 俺の言葉を受け、バーダー教官がそう褒めながら俺の頭を撫でまわす。

 精神的には大人なので、そんなことされてもうれしくはなかったが、一応笑顔を返しておいた。


「そしてそのマユー殿だがな。この軍の副将軍になるということが決定しました。王子? それでよろしいでしょうか?」

「うむ。よきにはからえ」

「はっ。それではそのように。明日投降してくるであろう東の国の兵――マユー殿について来ようとする兵たちをそのままマユー副将軍の直属部隊として配備し、我々がバレン将軍の領地まで移動する間の支援部隊とします」


 これはおそらくドルトム君の判断だろうな。

 信頼度の低い東の国の兵たちについては、撤退戦の殿(しんがり)や王子の護衛といった重要な任務には回さず、食料運搬や退路の確保といった補助的な役割を与えておこうというものだ。

 まぁ、これは正しい判断だろう。


「ふむ。それでよかろう。他には?」

「はい、東の軍からどれぐらいの兵がこちらに来るかわかりませんが、その数を把握し次第、再度会議を行うとのことです。

 おそらく正午ぐらいになりますでしょうが、王子もご列席くださいませ。タカーシもな」

「あぁ、わかった」

「はい……って、え? 僕も?」

「あぁ、当然だろう。お前は殿(しんがり)戦を務める部隊――というかお前の鉄砲部隊も殿を受け持つ部隊に配属された。

 だからお前も会議に顔を出せ」

「はぁ、わかりました……」


 まじか。なんかめんどくせぇな。

 いや、会議もそうなんだけどさ。撤退戦の殿部隊ってのがなおさらめんどくせぇ。


 と俺が少し不機嫌そうな顔をしたら、またしてもバーダー教官が俺の頭を撫でた。


「やはりお前は不思議な子だ。子爵の家柄でありながら、こんなにも王子と仲良くしている。

 それでいてバレン将軍や我が父からさえ一目置かれている存在……」

「ふん。余とタカーシは親友じゃ」

「それはよきことで。それでタカーシ? 今回の鉄砲部隊の活躍もお前の功績というにふさわしいし、仲間にも恵まれている。俺にすら警戒心をむき出したあの時の冷静さも素晴らしい」


 なんか心苦しいな。バーダー教官に褒められてはいるんだが、それが恥ずかしいのかな。

 それともバーダー教官を疑ったことを責められている感じがするからか?

 ……わ、話題を変えよう。


「それはそうと我が家の皆さんは大丈夫なんでしょうか。使用人は魔族だから何とかなるかもしれないですけど、人間の皆さんが特に心配です。ヨール家はある意味ビブリオ大臣にとっての反乱分子ですから」

「あぁ、その点は心配ないだろう。エスパニ殿のことだ。万事事なき処置を済ませているはず。

 今頃はバレン軍と一緒にバレン将軍の領地へと向かっているだろう」


 そうか。なら安心だ。

 俺はふと遠くを見つめ、安どの表情を顔に出す。

 バーダー教官も一仕事終えたように軽く息を吐いたので、おそらくこれで連絡事項は終わりだろう。


 3人そろって東の空を見つめ、太陽が徐々に姿を現すのを観察する。


 ……


 ……


 いや! なんだよ、このシーン!?

 居づらいわ!


 と、俺が何か新しい話題がないかと考えていたら、ここでバーダー教官がとんでもないことを言いやがった。



「しかし、お互い次男という身なのに、兄が自由すぎると家のことがいろいろとのしかかってきて大変だなぁ。なぁタカーシよ」



 ……



 ……



 えぇ! ちょっとまって!! 俺って次男なの!? えっ? えっ?


「ちょっとまってください! それってどういう……」

「あ、やば……! もしかしてエスパニ殿の長男殿についてはお前の家では触れてはいけないことだったのか?」

「んな! んな! んな! それどういうことですかぁッ!? 僕に兄がいるんですか?

 ちょ、バーダー教官! 兄の事、詳しく教えてください!」

「詳しく教えてと言われてもなぁ。数十年前に家を出て北の国に向かったとしか……。

 あ、俺が口を滑らせたということは父上には内緒な」


 しかしながら結局この程度のことしか教えてもらえずに、バーダー教官は「ひゅん」と音を残して姿を消しやがった。




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