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天地の擾乱編 3



 森林と草原の分かれ目。そこまでたどり着いたところで対刺客戦が開始された。

 敵と味方がにわかに入り乱れる中、早速アルメさんが動き出す。


 ヴァンパイアといえば、セットに語られるのはライカンと呼ばれるオオカミ男。

 いや、アルメさんはオオカミ女なんだけどそれはどうでもいいとして、襲い来る敵勢力のヴァンパイアたちに向かってアルメさんは早速接近戦を挑んだ。


 あのわんこ野郎、王子はおろか俺を守る気すらねぇ。

 まぁいいんだけどさ。


 攻撃は最大の防御だというし、一騎打ちを済ませたばかりのフォルカーさんとマユーさんが疲弊状態だからな。

 彼らにはしっかり休んでもらうとして、この場合、アルメさんには自由に動いてもらって敵の数を削ってほしいのも確かだ。

 本人もそれをわかっている。だからこそも真っ先に動き出し始めた。


 ――はず……うん。


 んで王子の護衛はというと、バーダー教官をはじめとするフォルカー軍の幹部クラスががっちりと守りを固めている。

 この熱心な忠誠心を目の当たりにするとさ。さっきバーダー教官を疑ったのが申し訳なくなってくるな。


 しかもバーダー教官は襲い来るヴァンパイアたちを蹴散らしながら俺に向かって指示など出してきやがった。


「タカーシ! いつもの連携を組みつつ、お前は幻惑魔法に集中しろ。ヴァンパイアにはそれがいい対抗策だ。

 フライブたちはタカーシの護衛をするんだ」

「はーい!」

「わかりましたわ! うんどるりゃーー!」

「きぇっひっひっひ! この緊迫感、たまりませんね!」

「ぼ、僕もーっ……!」


 そして俺は幻惑魔法用の魔力を最大放出する。これによりヴァンパイアたちが苦しみ始めた。


 ミイラ取りがミイラになる。みたいな感じかな。

 ちょっと違うような気もするけど、ヴァンパイアは幻惑魔法を得意とするだけに、さらに強力な幻惑魔法をかけられると意外と弱い。といった感じだ。

 なので俺は地面に伏せながら思いっきり魔力を放出し、自身の思考をその魔力に乗せる。


 今回の幻は王子の姿を無数に増やすというもの。

 んでもってバレン将軍の多種多様な魔法攻撃、そしてついでにマユーさんの雷系魔法をオプションサービスしておいた。


 いや、もうちょっと手を加えておこう。

 土系魔法によって作った鉄の鎖によって体中の自由を奪われる幻。そんな体を火系魔法によって焼き尽くされる幻。んでもって氷魔法によってできたつららが体を串刺しにする幻。とどめとばかりに風系魔法の上位技術による真空状態の呼吸困難、などなど。


 俺が今この状況でぱっと思いつく幻をここぞとばかりに盛り込んでみたが、これだけ手の込んだ幻を見せておけばたとえ相手がヴァンパイアであっても大丈夫だろう。


「ぐっ……」

「がはっ……」


 俺の魔力が戦場にいきわたったところで、次第に敵ヴァンパイアたちの動きが鈍くなる。

 うひひ。俺の幻惑魔法が効いてきたみたいだな。

 相手にとってはそれらの幻を“偽りの痛み”とともに体験しているんだ。我ながらこの上ない残虐さだ。


 と地面に伏せながら気持ちの悪い笑みを浮かべていたら、フライブ君たちの護衛をぶち破って1体のヴァンパイアが俺に迫ってきた。

 ってあれ? この刺客、3番訓練場の教官じゃ?


「惜しい……貴様をこの場で殺めることになろうとは……本当に惜しいぞ、タカーシ」


 やっぱり! フード付きのマントを羽織っているから最初気づかなかったけど、この魔族、たまにバレン将軍の代わりに3番訓練場で俺たちを指導してくれていた教官じゃん!


 ってゆーか何? そんな身近なとこに敵勢力が潜んでいたの!?

 つーかおい、バレン将軍! この魔族ぐらいは味方に引き入れておこ……


「させるかぁ!」

「きぇー! タカーシ様には指一本触れさせませんよう!」


 しかしながらそのヴァンパイアの剣による一撃を俺は地面を転げまわりながら回避し、そのすぐ後には俺を守ろうと頑張るフライブ君とガルト君の攻撃が襲い掛かる。

 それらを無難に防御した“元”教官であったが、ガルト君の背後に潜んでいたヘルちゃんがガルト君の背中を踏み台にしつつ、さらなる追撃を行った。


「ぶらっしょーッ!!」

「げしゃふ……」


 結果、ヘルちゃんのよくわからない掛け声とともに魔法のステッキという名の鈍器が元教官の頭部をかち割り、そのヴァンパイアは無残に戦死した。


 やっぱヴァンパイアにはスピードと連携にものを言わせた接近戦が一番だな。

 今度アビレオンとディージャに提案してみよう。きっといい議論になるだろう。俺たちの成長にも大いに役立つはず。


 ――じゃなくて。


 その後、俺は再度地面に伏せたまま、幻惑魔法用の魔力を放出し続ける。

 “闇羽”や“跳び馬”に加え、その他フォルカー軍の幹部クラスが奮闘し、およそ15分ほどの熱戦を繰り広げたところで敵の刺客を始末することができた。


 しかし、ここで安心できる状況ではない。

 マユーさんを追って、東の国の軍が2大隊規模で追ってきやがったんだ。


 くっそ。意外と早く動き出しやがったな。もっと悩めよ。


 でもここからはドルトム君の出番だ。


「はぁはぁ……もう来ちゃっ、たね……ふう……タ、タカーシ君のぶ……部隊……借りるよ?」


 おう、マジか。

 全然かまわねぇけど、どうするの?


「はぁはぁ……うん、いいよ……はぁはぁはぁ」


 俺は息を切らしながら答え、その場で横になる。

 いや、もとから地面に伏せていたんだけど、仰向けになって本格的に休み始めた。

 一瞬迷ったけど、よくよく考えたら俺の部隊を預けるのはドルトム君だ。

 何を心配することがあろうか。


 心配をする必要があるとすれば――。


 ドルトム君が俺以上に的確な指示を出すことで、俺自身が自信を失いかねない。ということか……。


 まぁ、それはそれでしかたないかな……いや、しかたなくねぇよ。

 ドルトム君に素晴らしい指揮されたら、鉄砲部隊長としての俺の威厳がなくなるわ。


「よっと」


 ここで予期せぬ危機感に襲われた俺はふと起き上がり、ドルトム君のもとへと移動する。

 まぁ、百歩譲ってドルトム君の指揮力にはかなわないとしても、今後のためにドルトム君の指揮を脇から勉強させてもらうのもいいだろう。


 場所はすでに森林地帯を抜け、先日まで戦いが行われていた草原のど真ん中。

 そこにはすでに鉄砲部隊が集まり始めており、ドルトム君があれやこれやと指示を出していた。


 んでだ。俺は何食わぬ顔でドルトム君の脇へと移動し、ドルトム君の言葉に耳を傾ける。


「……というわけで、今言ったように3人単位で第1小隊から第100小隊まで組織して。

 そして20小隊をまとめて1中隊として、5つの中隊単位で陣を組むね。

 小隊については1、2、3の番号を各魔族に振り分けて、僕の指示した番号の担当が鉄砲を撃つことにしよう。

 あと中隊の位置については……」うんたらかんたら……


 ほうほう。そんなに部隊を小分けして指揮を行うっていうのか?

 さすがドルトム君だ。


「じゃあ時間がないので早速弾を補充してから指示した場所に展開して。くれぐれも味方の撤退に取り残されないようにね!」

「うぃーすっ」


 ドルトム君の流暢な掛け声に、我が鉄砲部隊のチンピラどもがいつもの返事を返し、各部隊が草原へと展開する。

 俺にはよくわからんけど、森から飛び出してくる東の軍の兵を草原との境目で各個撃破していく作戦のようだ。

 もちろんどれかの部隊が戦場に取り残されないよう、段階的に1個中隊ずつ戦線を放棄させ――いや、放棄というよりは“後退”させる感じだな。


 ふむふむなるほど。


 しかもドルトム君の仕掛けた作戦はそれだけではない。

 3体の魔族で1つの小隊を組ませ、3人一組の発砲ローテーションを組ませる形だ。

 誰だっけ? 織田信長だっけ? 俺、歴史に詳しくはないんだけど、信長が似たようなシステムで火縄銃の連発を可能にしてなかったっけ?


 と俺がドルトム君の隣でちょっとした感動を覚えていると、早速東の国の追撃部隊が森を抜け出してきた。


「マユー将軍を返せ―っ! ぐぎゃー!」


 んでそれらはドルトム君の指揮のもと、早速鉄砲の餌食になると。


 まぁ、自軍の将軍が敵に寝返ったという状況を飲み込めずにただ追ってきただけの集団だから、たとえそれが2大隊規模であってもこの程度だろうな。

 ドルトム君と鉄砲部隊はそんな敵の進撃を気持ち悪いほどに効率よく抑え続け、およそ2時間の攻防を繰り広げる。

 同時に少しずつ後退し、日が暮れる頃には俺たちは数日前までフォルカー軍が本陣を置いていた小高い丘になんとか舞い戻ってきた。


 んで本陣待機用の戦力と入れ替わる形で休憩だ。

 魔力を枯渇しそうになっていた俺は例の血を補充し、泥のように眠ることとなる。

 朝から戦っていた俺たちはもう疲労困憊なんだ。

 俺の周りにはフライブ君たちも横たわっているし。

 というわけで、俺たちはみんな揃って深い眠りについた。



 そしてその夜。



「お、落ちるぅ―……すぴー、すぴー」

「う、浮くぅ……くーう、くーう」

「ぐるるるるぅ……がるるるぅ……ぺろん……うーん。これはまた美味しそうな、ヴァンパイア……あら、これはタカーシ様の味……ということは……美味しそうな……タカーシ様……?」


 毎度おなじみの物騒な寝言たちに眠りを妨げられ、俺はふと目を覚ます。

 時刻は……夜明け前ぐらいかな……?


「おいしょっと」


 俺に抱き着いて今まさに俺を捕食しようとしているアルメさんの前足を解きほぐし、俺は立ち上がった。


「ふう……」


 寝起きがてらに大きく背伸びをし、俺は周りを見渡す。

 ヘルちゃんがぷかぷかと宙に浮き、その背中にはフライブ君が抱き着いている。ガルト君はというと、アルメさんの大きな背中に隠れ、虚空の敵を狙っているようだ。

 まぁ、これらは全員寝ぼけながら繰り広げる奇跡のような光景なんだけどさ。

 それに見飽きている俺はこれといったリアクションもせずに、ふと1つの事実に気付く。


「ドルトム君……王子……」


 ドルトム君と王子の姿がない。

 ドルトム君に限ってはフォルカーさんやマユー将軍、そして幹部クラスといっしょにいるんだろうからいいんだけど、王子は?


「……」


 ふと気になった俺は寝起きのおぼつかない足取りで周囲を探すことにした。

 およそ5分、陣中を探し回ったところで、明るくなり始めた東の空を見つめる王子の背中を見つけることができた。





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