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天地の擾乱編 2


「わかった! では始めようか、マユーよ!」


 俺の叫びに答え、そしてフォルカーさんはマユー将軍に襲い掛かった。

 対するマユー将軍もさるもので、即座に迎撃態勢をとってフォルカーさんに応戦する。


 俺の目にもかろうじて影が見える程度の速度で動くフォルカーさん。対するマユー将軍は半径50メートル以内を落雷の嵐に変貌させ、高速で動くフォルカーさんをその攻撃魔法でとらえようと試みる。


 接近戦を得意とするフォルカーさんに対し、マユー将軍は中・長距離タイプの戦闘スタイルといったところだ。


「がるるるるうぅ……2人ともやりますね……ぐるるるうううぅ」


 俺のすぐ脇でアルメさんがうなりながらつぶやき、俺も2人の戦況を見守る。


 見守りながら――不思議なことなんだけどさ。さっき無意識で叫んだ俺に対し、しばし遅れて俺自身の思考が追いついた。


 その論理によると、やっぱりマユー将軍を無理やり仲間にすることは絶対に譲れない。

 でないと王子の身が危ない。


 なぜそう思ったかのは不思議だけど、おそらくソシエダ将軍とアレナス将軍の存在を知っていたからだろう。

 バレン将軍からいざというときには気をつけろと言われていた2体の将軍。そして東の国の軍隊。

 東の国の軍は敵と判明しているからいいとして、この2将軍が王都エールディで起きた事件に対してどう出るかが不明だから、フォルカー軍所属の俺としては少しでも多くの戦力を手元に置きたかったのかもしれない。


 それにマユー将軍だけこちらに引き入れておけば、トップを失ったマユー軍は即座には動けなくなるだろう。

 昨日までの上官が――しかも一軍を率いる最強の戦士がいきなり敵側に下ったんだからな。


 んでもってここからはドルトム君の仕事と被るんだけど、2人の勝負がついて――しかもフォルカーさんが無事に勝利した暁には、マユー軍の幹部たちに「時間をあげるから少し考えろ」と伝えるつもりだ。


 もちろんこれにも理由がある。

 国王を失って混乱状態にある我が軍。しかしながらあっちにもマユー将軍以外の魔族の裏切りという因子を振りまいておけば、それなりに混乱する。


 この混乱はマユー軍以外の2つの敵軍にも及ぶはず。そこにあえて考える時間を提示することで、一時的にせよこれで東の軍の内部分裂は確実、かつ、その混乱が収まるまではこちら側の軍に総攻撃を仕掛けることなどできなくなる。

 という時間の隙を狙って俺たちは王子の護衛システムを整える。


 王子の身を守りながらも軍を移動させつつ、さらには後ろを警戒するなんて無理もいいとこ。

 だから一度軍を立て直さなくてはいけないんだ。

 まぁ多少の敵軍勢が追撃に来るだろうからそれは俺たちが何とかするとして、王子の護衛にはマジでこの軍の最高戦力を充てないとな。


 といろいろ策を考えていたら、隣でアルメさんが遠吠えを始めやがった。

 おそらくフォルカーさんを応援しているんだろうけど、やっぱアルメさんって強いけど将軍の器じゃないんだよな。

 本人もそれをわかって俺の護衛役程度にとどまっているっぽいし。


 んでもってそんな感じで気の向くままに興奮しているアルメさんとは対照的にバーダー教官が俺に近寄ってきて、さっき俺が叫んだ件について聞いてきた。


「タカーシよ。どういうつもりだ?」


 ついでにいつの間にか俺の近くに来ていたドルトム君も。


「タ、タカーシ君? エ……エールディでな、なにがおこ……起こってるの?」


 うーん、そうだな。この2人には詳しく説明しておいたほうがいいだろう。

 俺の仕入れていた情報や、そこから想像できる俺個人の考えも含めてな。


「はい。詳しくは僕もわからないのですが……お恥ずかしながら我がヴァンパイアの一族から謀反を起こした者がいるみたいで」

「いつからその兆候に気付いていたのだ?」

「いえ、僕も本当に詳しくわからないのです。でもバレン将軍からちらほらと噂は聞いていたのです。バレン将軍の“闇羽”が秘密裏に反乱勢力と戦っていたことも。それがどうやらビルバオ大臣の勢力だってことも。

 でも“闇羽”ですら抑えられなくなったら、その反乱勢力はいずれ大胆なことをするんだろうなぁって。

 だからこうなることは頭のどこかで予想していたのかも……」


 いや、うん。我ながらなんと情けない報告だ。いろいろとあやふや過ぎんだろ。

 でも俺自身もこれぐらいしか知らないんだもん。仕方ないじゃん。


「うーむ。風の噂では聞いていたが、まさか本当に国王陛下にたてつくなど……なんと無謀な……。

 いや、むしろその算段が付いたからこそ計画を実行に移したのかもしれんな」


 俺の適当すぎる報告を受け、しかしながらバーダー教官も思い当たる節があるらしく、フォルカーさんたちの戦いを見つめながら考えにふける。


 じゃなくて! 今、俺たちがすべきことは首都エールディの政情不安を憂いてることじゃねぇ!


「んでドルトム君? バレン将軍からいざという時にはバレン将軍の領国に退避せよって言われてるんだけど、これ、その“いざという時”だよね? 撤退戦をしないといけなくなるんだけど、その指揮、お願いできそう?」

「うん。自信はないけどやってみる」


 むしろ流暢な言葉使いで返事をしたあたり、ドルトム君から隠れた自信を垣間見れたんだけど。


 よし。じゃあ決まりだな。撤退だ、撤退。

 さっさとバレン将軍の領国に撤退して――あとバレン将軍と早く合流して今後の対策を練らないと。

 なにせ我々は20万近くの兵を従える大集団だ。

 撤退と簡単にいっても、それには大きな労力と指揮力が必要となる。

 鳥人さんの報告の後、特段何も言うことなく呆然と戦いを見つめる王子のことが心配だけど、何が何でもあの子を守らなきゃいけないんだ。


 っとその前に――


「そうそう。バーダー教官?」


 俺はふと大切なことを思い出し、バーダー教官に剣を向けた。

 同時に殺気と魔力をバーダー教官に向けつつ、低い声で問いかける。


「なんだ?」


 対するバーダー教官も俺の脅しに屈するどころか、相応の態度と魔力で俺に返事を返した。


「バーダー教官はここで王子を――ウェファ5世と、その父親であるウェファ4世を……裏切るつもりなんてないですよね?」


 そうだ。この国は実力主義の縦社会。

 頂点に君臨する国王がいなくなったとして、その座を狙う輩があっちこっちから湧き上がってもおかしくはない。


 バーダー教官だってそれは同じだ。

 将軍級に比べれば少し見劣りするけど、それでも十分国王の座を狙える強さ。というか、正確にはバーダー教官の父親であるラハト将軍がその争いに名乗りを上げたとき、バーダー教官は立場上父親についていかなくてはいけない、という事情もある。


 でもそんなことは俺が許さん。

 俺はバレン将軍派。フォルカーさんは早速王子を守るための行動に出てくれているわけだし、アルメさんは俺の飼い犬だからいいとして。


 もしバレン将軍が次期国王に名乗りを上げたらそれこそびっくりだけど、ここ数年国王の座を狙う勢力と実際に戦ってきたのは闇羽率いるバレン将軍だからそれはない。


 唯一この場で説得を……そう、絶対に俺じゃ敵わないけど、それでも勇気を振り絞って威嚇交じりの説得をしなければいけないのはバーダー教官なんだ。


「ふふふ。ふはははははっ!」

「な、なにがおかしいんです!?」

「いい。いいぞ、タカーシよ。時勢を読む能力とまっすぐな忠義。お前のそういうところも素晴らしい。バレン将軍が肩入れするわけだ」

「ふざけないでください。王子を狙おうというのであれば、僕が……いや、“我々”が相手をします!」


 その時、俺の背後にフライブ君たちの気配を感じ、かつ彼らも俺にならってバーダー教官に殺気を向けてくれていたので、俺は複数形でバーダー教官に言葉を返す。


「ひぃっひっひっひ。ついに教官殿をぶち殺すときが来たのですね!」


 まじで戦おうとしているガルト君が若干不安だけどな。


 しかし、そんな俺の努力も即座に水泡に帰す。


「安心しろタカーシ。俺も、そしてバレン将軍も俺の親父もウェファ親子派だ」


 そう言ってバーバー教官はすさまじい速さで俺の背後に回り、俺やフライブ君、そしてヘルちゃんやドルトム君といったメンバーの頭を順番にやさしくなでた。


 いや、それだけじゃ信用できねぇよ。


「そ、その根拠は?」

「いいか? 俺は“教官”だ。相手の強さはその魔族の将来性も見込んだうえで評価する」

「え? あ? はぁ……?」


「俺の見込みによれば、王子は本当に将来性豊かな魔族。武力の伸びしろが把握できんほどにな。それこそ父君を超えるほどの……。

 それも含めたうえで俺はこの国最強の魔族を王子と見込んでいる。もしうちのバカ親父が何か企んだとしても、俺は王子につく。そういうことだ」


 あぁ、そういうことですか。

 それならひとまず信用できるな。


「そうですか。なら大丈夫です。申し訳ありません、この場で唯一バーダー教官が危険だったもので」

「かまわん、かまわん! あっはっは! それより冗談を言い合っている場合ではない。撤退戦と対刺客用の準備をしろ。国王が狙われたとなれば、エールディから送られた刺客がすぐにでも王子に襲い掛かろう」


 冗談でもないんだけどな。

 まぁいいや。次は王子だ。

 つーかまだ“消息不明”という情報だけ。もし討ち取られていたらそれは必ず“暗殺成功”という情報で出回るはず。ビブリオ大臣の手柄になるからな。

 それがないんだから希望はまだある。


「王子?」


 俺は早速王子のもとに近寄り、やさしい声で話しかけた。


「なんじゃ?」

「大丈夫?」

「大丈夫なわけなかろう。実の父親が殺されたんじゃ」


 おっと、マジで凹んでいるっぽい。

 そりゃそうだよな。

 でも今は凹んでる場合じゃないんだ。


「まだ希望はあるよ。王子のお父さん、行方不明になっているだけだから」

「それは……どういうことじゃ……?」

「いい? もし本当に国王様が殺されていたならそれは“暗殺成功”とか“討ち取った”っていう言葉で情報が来るはず。

 でも鳥の獣人さんは“消息不明”といっただけ。そもそもあの国王様がそう簡単にやられるはずはないんだ。

 どこかに逃げたか、または捕らえられているか。でもいずれにしても死んだという可能性は低いんだ。そうですよね?」


 ここで俺はたまたま近くに来ていた鳥の獣人さんに問いかける。

 伝令役でありながら、それなりに死線をくぐっているであろう例の鳥人さん。この魔族はただの伝令役などではなく、そういった分析能力だって持ち合わせている。

 なにせこんなボロボロになりながらここに伝令を伝えに来たんだからな。

 すでに敵の追撃を受けたとみていいだろうし、それはつまりすでに敵と接触していたということだ。


 んでそんな鳥の獣人さんは案の定、敵と戦いながらも俺の予想と同じ結論に達していたようだ。

 そんで鳥人さんは俺の言葉を受けて不敵にほほ笑んだ。


「さすがバレン将軍のお気に入り……あの時よりさらに成長しましたね」


 うん。最初の言葉はいらねぇよ。

 ――じゃなくて。

 やっぱりな。実際にエールディの混乱を見てきたであろうこの魔族がそう言うんなら、希望はまだ十分にある。


「そういうこと。王子? わかった?」

「む、うむ。さすれば……」

「王子の存在は敵にとっても邪魔だからもうすぐ刺客がくる。それを僕たちと――あと“闇羽”と“跳び馬”の皆さんで一緒に守るから」


 ちなみに王子には常に20体規模の護衛がついている。

 彼らは今も王子の背後200メートルほど離れたところに潜みながら王子を警護していた。

 俺としてはどうせなら彼らも一緒に戦ってくれればと思うんだが、彼らの任務はあくまで南の国のヴァンパイア反乱勢力から王子を守るだけ。

 戦場において王子にいい経験をさせるという意味でも、王子が俺たちと一緒に敵軍幹部クラスと戦っていた時だってそれを見守るだけだった。


 まぁいいや。それもそれで王子を育てる1つの考え方なのだろう。

 そんなことより、俺との会話を経て王子が少し元気になった。


 じゃああとは――とりあえずのところ、フォルカーさんとマユー将軍の戦いの行方だな。


「ぐ……ごふ……」

「はぁはぁ……勝負がついたようだね、マユーよ。約束通り僕の部下になってもらおう。僕の右腕にね」


 って、いつの間にか勝負がついてるぅ!!

 くっそ! めったに見れない将軍同士のマジな一騎打ちだったのに!


 ――なんてことどうでもいいわ!

 さっさと撤退しないと!


「よし、じゃあ早速みんなでマユー将軍の体を運んであげてください!」


 ちなみにどうでもいいことだが、俺とフライブ君はマユー将軍に対して若干のトラウマを持っている。

 なので地面に横たわるマユー将軍の……いや、この魔族はすでに将軍ではなくなっているな。

 じゃあ今後は“マユーさん”と呼ぶことにしよう。

 んでそのマユーさんの運搬を近くにいた兵たちにお願いしつつ、俺はここで大きく息を吸った。


「東の国の兵に告ぐぅ! これにてマユー将軍はわが軍の一員となりましたぁ!

 マユー将軍と一緒にこちらの軍門に下るも、または東の国に帰るも皆さん次第でーす! 1日だけ時間をあげますから皆さんでよぉーく話し合ってくださーい!」


 そして撤退開始。まずはこの山岳地帯を脱出し、以前陣を張っていた草原まで撤退することにした。

 でも、そう簡単にいかないのが戦場というものな。

 いや、戦場というより、エールディで起きた反乱の方の影響が早速俺たちに襲い掛かってきたというべきか。


 草原への移動中、バーダー教官が走りながら俺の隣にやってきた。


「タカーシよ。西の方から早速刺客が来たようだ」

「えぇ。ヴァンパイアの集団ですね」


 俺たちの今の位置から西の方角というと、それはエールディ。その方向から俺によく似た魔力を持つ集団が2つ、俺たちを迫って来ていたんだ。

 これがバレン将軍直属の闇羽部隊だったらいいんだが、どうもそういうわけではないらしい。


 らしいっつーか、この2部隊……こっちに移動しながら戦ってねぇか?

 どっちだ? どっちが俺の――王子の味方だ?


 しかし、そんな俺の疑問はすぐに払しょくされた。

 なぜか片方の勢力に俺がよく知っている2人の若者がいたんだ。


 その2人のうち、女の子の方が敵との接近戦を繰り広げながら叫んだ。


「くっ! えい! ……タカーシ!? 我々闇羽が王子を守るからあなたたちも協力しなさい。つーか、あなたも今から“闇羽”の一員ね」


 そしてもう片方の男の子も。


「ほら、タカーシ。これが闇羽のマントだよ。受け取るんだ」


 ……


 う、うん。俺もう闇羽の一員なの? それもう決定なの?


 というかディ、ディージャ……? アビレオン……?


 2人はすでに……や、闇ば……ね……?


 まじかよ……。




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